コワーキングスペースでは仕事場が共有されるが、利用者同士が共同で働いているとは限らない
‘Work’N’Share
スイス人労働者のほぼ半数が、場所に縛られずに働けるようになってきた。背景にはデジタル技術やシェアリングエコノミーの普及があるが、「コワーキング」という仕事場を共有する働き方の登場で、この傾向がさらに強まっている。
このコンテンツが公開されたのは、
2017/03/28 11:00
インド出身の私は、神経が高ぶった同僚リポーターやあたりをうろつく編集者がいる騒がしいニュース編集部で仕事を学んできた。ジャーナリズム以外の仕事についた時もあったが、集中して考えることに価値を置く職場でさえも静かだったことはあまりなかった。しかし、これはコワーキングスペースには当てはまらない。
コワーキングを広めたい人なら誰でも言うことだが、コワーキングスペースは単なる物理的なスペースではなく、何よりもコミュニティーである。そこでは人々が共同または個人で働き、各人の雇用主が違うことも度々ある。
コワーキングはホットデスキングとも呼ばれ、1990年代中頃にドイツで始まり、サンフランシスコで形を整えた後、世界的に広まったとされる。従来の仕事場に取って代わるものとして、スイスでもコワーキングスペースは急速に増えており、その数は2年前の25から現在は約100に達しようとしている。約80のコワーキングコミュニティーを代表するCoworking Switzerland外部リンク によると、コワーキングスペースは予想通りジュネーブとチューリヒに最も集中しているが、郊外エリアにも続々とオープンしているのは興味深い。
スペースを求めて
私がこのようなコミュニティーを探し始めたのは、キャリアの転向を図っていたおよそ2年前にさかのぼる。私は数年前、ミャンマーのエーヤワディー川を終日ボートで巡っていたときに、スーザン・ケインのベストセラー本「内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力」を読み終えた。ケインは、協働やオープンオフィスを強調する「新集団思考(new groupthink)外部リンク 」に疑問を唱えている。人々が本当に必要なのは、実際に考え、働ける静かな場所なのだと。ケインはあるインタビュー外部リンク でこう語っている。「人々、とりわけ内向的な人々は、じっくり時間をかけて集中し、フローと呼ばれる心理的状態の中で、仕事をこなしたいと思っている」。私はその著書に感銘を受けた。
モダンで、光があふれ、ソフトな色合いが特徴的なコワーキングスペースWork’N’share外部リンク を見つけたとき、ここが私の隠れ家になると確信した。そこは広いオープンオフィスで、以前はガレージおよび建築士事務所として使われていたところだ。ここでは様々な分野の人たちがおおよそ各自で「選んだ」仕事をこなしている。登録者は約100人おり、1日に平均25人ほどがここで働く。
ここのコミュニティーは様々な人々から成り立っており、食品・ビール会社を立ち上げた企業家から、プログラマー、テクノロジーやライフサイエンスのギーク(おたく)、マーケティングのプロなど幅広い。学者やデザイナーと共に働き、ついでにこうした特別な友達が持てることが私には嬉しかった。
窓際の席
私は大抵、窓際に座る。特定の場所というのは実際にはないが、なぜだか「オフィス」にいるときは、そこがいつも私の場所になっている。もちろん、デスクを借り、そこを仕事場として定着させて「住人」になることもできる。単純に「ノマド」となって来たいときにいつでも来ることもできる。1カ月に一度だけ来て、その日の利用料だけを支払うこともできる。多くのコワーキングスペースには高いテーブルがあるが、そうしたテーブルに着いて仕事もできる。私が見た人の中には、立ったまま仕事をするトレーダーもいた。
ここで働く人たちは互いにスペースを譲り合う大人ばかりで、他人に配慮をして静かに働くということを心得ている。ここでは言い争いをする同僚を見つけるのは難しく、居心地がいいのは、幾人かの同僚がするような競争が行われないからかもしれない。ここが「静か過ぎる」と感じる人もいるが、私のように書き物を生業とする人や、プログラマー、開発者などにとってはパラダイスだ。
一息入れる
時折、甲高い笑い声やフランス語(私のコワーキングスペースはフランス語圏のローザンヌにある)が休憩所から聞こえてくる。気詰まりな政治に関する話題から、ベンチャーキャピタルを立ち上げた共通の経験にいたるまで、様々なテーマの雑談が平日を彩る。足のストレッチのために外出する人や、一服しに行く人、ただ外の空気を吸いに行く人もいる。昼休みには他の人と一緒に昼食を食べる人もいるし、湖畔沿いをランニングしにいく人もいる。金曜日には仲間とビールを飲んだり、週の半ばにヨガをしたりする人さえいる。
「たくさんの人がそれぞれ独立して働いているここの雰囲気が気に入っている」と、コワーキング仲間で、オフィス向けの家具デザインを提供する会社を運営しているアーサー・ヴィーンハイズは私に言った。「彼らは自分たちがしていることを楽しんでおり、仕事をするのが嬉しいのだ。これほど幅広い分野から集まった人たちと一緒にいることは素敵だし、建築という自分の世界から抜け出すきっかけにもなる」
他のコワーキングスペース利用者で、同じような考えを持った職業人や、こうしたことに関心のありそうな人たちを結ぶためのイベントが開かれることもある。こうしたスペースは創造性とイノベーションの可能性を秘めた、都会における重要なパイプになっている。自分の仕事とは無関係の人たちに出会うと、思いがけないコラボレーションが生まれることもあるからだ。非営利社団として登録されているWork‘N’Shareは、コワーキングする人が多ければ多いほど運営が安定するという経営モデルを取っている。コワーキングをしている私の同僚たちは、こうしたイベントの参加者がコワーキングスペースを訪れるとコミュニティーは拡大すると話す。
監査法人デロイトが2016年に出したレポート「未来の職場(The Workplace of the Future)外部リンク 」によると、スイスでは現在、労働者の4人に1人がフリーランスとして働いており、フリーランスではない労働者の3分の1が1年以内にフリーランスになりたいと思っている。将来的に、スイスの全労働者の半数が「場所に縛られずに働けるようになる」と、デロイトは予測している。
デロイトのスイス支部で不動産サービス部長を務めるカール・フランク・マインツァー氏によると、コワーキングが世界的なトレンドとして成長している背景には三つの推進力があり、それはスイスにも当てはまるという。「経済がサービス指向型の、知識型経済へと移行していることに加え、デジタル技術の重要性が増していることで、場所を問わずに働ける人の数が増加した」(マインツァー氏)。さらに、シェアリングエコノミーの登場でフリーランスの数が増え、コワーキングスペースの需要を押し上げたと、同氏は付け加える。
生産性を上げる
同レポートによれば、企業もこのトレンドを認識し始めた。フレキシブルな働き方はコストを下げ、スペースをより効率的に活用でき、被雇用者の生産性を向上させることができるからだ。
企業も外部ネットワークを広げたり、自らコワーキングスペースを提供することで社外の知識から利益を得られたりすると、マインツァー氏は話す。
このトレンドはまだ飽和状態に達してはいないものの、スイスでは定着しつつあり、「ブロガーやプログラマーの隠れた選択肢ではなくなった」とCoworking Switzerlandのジェニー・シェッパー・ウスター会長は語る。
注意散漫
それに、家から働くことがいつも良い選択肢とは限らない。孤独を感じたり、気が散ったり、またはそのどちらにもなったりすることがあるからだ。「孤独を感じる人は社会との交流や職場の規律がないことを寂しく思う。(従来の仕事場では)仕事とプライベートな時間の線引きも簡単だ」とシェッパー・ウスター氏は語る。
社会的、文化的、経済的な要因が同時にやってくることで、コワーキングに追い風が吹いている。未来の働き方はすでに到来しているのかもしれない。
「女性がフィクションを書くのであれば、お金と、自分だけの部屋を持たなければならない」と、ヴァージニア・ウルフは1929年に著書「自分ひとりの部屋」に書いている。ウルフは現代のコワーキングスペースのことをほのめかしていたのかもしれない。ただし今のワーキングスペースは女性専用ではないが。このようなスペースがあれば、彼女は幸せだったに違いないと思う。
(英語からの翻訳・鹿島田芙美)
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母親2人が立ち上げたスイスで人気の求人サイト
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今日、スイス社会でも女性の活躍が目覚ましい。ところが妊娠・出産後に母親が再就職するとなると、そこには厳しい現実が待っている。そこで昨年3月、チューリヒに住む母親2人が、経験とスキルを持った子育て中の女性のために、求人情報サイト「jobsfürmama.ch(ママのための仕事)」を立ち上げた。その一人、ナネッテ・シュタイナーさんに話を聞いた。
「産休後はフルタイムで働くか、それが無理ならば辞めてもらうしかない」。勤務先に第一子の妊娠を伝えたナネッテ・シュタイナーさんは、上司から厳しい選択を迫られていた。チューリヒ大学で経済学を学び、卒業後はフルタイムで働いてきた。電子機器産業の製品・事業開発部責任者としての仕事は楽しく、やりがいも感じている。
しかし、生まれたばかりの娘を抱えたまま、すぐにフルタイムで職場に復帰することはできなかった。結局16週間の産休後、退職を決めた。33歳だった。
「高キャリア組」が抱える問題
「もう一度、働きたい」。シュタイナーさんがそんな風に思い始めたのは、子育てにも多少慣れた34歳の時だ。
子育ての傍ら、友人が経営する店の販売やマーケティングの仕事を手伝ってはいたし、夫の収入だけで家族は十分暮らしていけた。それでも子どもの母親としてではなく、一個人として社会から認められたいという気持ちがあった。「子どものことは大切だが、家族とキャリアの両立ができるなら、それがベストだと思った」
将来はフルタイムで働くにしろ、まずは勤務日数が週2日の仕事を探し始めた。しかし、シュタイナーさんはすぐさま「高キャリア組」ならではの問題につきあたる。(スイスでは正社員であっても勤務日数を週3日や4日に減らすことは珍しくない)
出産前のスキルを生かしたいと思えば、フルタイムの仕事しか見つからない。勤務日数を制限して探せば、経験やスキルが問われない仕事しか見つからない。
一度、出勤日が週2日という理由で秘書の求人に応募した。とりたてて就きたいポジションではなかったが、もしその会社で自分の経験が生かせるポジションが空けば、すぐに応募できるだろうと考えた。しかし採用企業側からは「キャリアが高すぎるので秘書には採用できない」と断られた。
希望するワークライフバランスを実現しながら、出産前のキャリアや学歴を生かした職に就くことはできないのか。ひたすら求人に応募する日々が続いた。
サイトの立ち上げ
きちんとした学歴や資格があり、出産前にキャリアを築いてきたにも関わらず、それを生かした再就職が思うようにいかない母親は、きっと他にもたくさんいるに違いない。そんな、経験やスキルを持った子育て中の女性のための求人情報サイトがあれば…。
ちょうどその頃出産を終え、子育ての真っ最中だった友人のジル・アルテンブルガー・ソブリックさんにサイトのアイデアを伝えたところ、すぐに話が盛り上がった。ビジネス化の可能性を感じ、友人や知り合いのヘッドハンター、子育て中の母親たちにサイトのアイデアを話してみると、肯定的な反応を得ることができた。「やってみよう」。そう決めた。
それから1年かけて、アルテンブルガーさんとともにサイトの立ち上げ準備をした。求人広告を掲載しないかと企業に声を掛けてまわりながら、PR戦略を練った。立ち上げ資金は全て自分たちで用意した。また、スイス社会全体における女性の積極的な登用を評価する風潮や、企業がスイス国内にいる人材だけで労働力不足をカバーしようとする動きも追い風となった。確実に始め時は今だと感じた。
こうして2014年3月27日、経験とスキルを持った子育て中の女性のための求人情報サイト「jobsfürmama.ch(ママのための仕事)」がオープンした。
母親が安心して応募できる求人
サイトがオープンしてからの反響は予想を超えるものだった。ドイツ語のみで、かつスマートフォンアプリも未開発の状態でのサイトオープンだったにも関わらず、戦略的に行ったPR活動が功を奏し、登録者はオープンから4日で500人を超え、5カ月を待たないうちに2千を突破した。「本当に驚いた。こんなに一気に増えるとは予想していなかった」
基本的なサイトの仕組みは、他の求人情報サイトと変わらない。個人情報を記入して登録すると、サイトに掲載されている求人情報を検索・閲覧出来る。女性に限らず、子育て中の父親など基本的に誰でも無料で登録可能だ。一方、企業は1件の求人広告につき、30日の掲載期間で300フラン(約3万6千円)を支払う。求人欄にはマーケットリサーチアナリストや人事課長など、経験や学歴を生かせるポジションが並ぶ。
「このサイトに求人広告を掲載していることで、その企業が子育て中の母親の雇用に積極的だということがわかる。そのため子育て中でも安心して応募できる。このサイトの利点はそこにある」という。
また、「Klein aber fein(小規模だが質が良い)をモットーに運営している」ところが、他の求人情報サイトと大きく違う点だとシュタイナーさんは説明する。登録者が自身のアカウントに載せる履歴書には運営側からチェックが入り、「きちんと目を通し、登録者による記入漏れや誤記入を防ぐことで、サイトの質を高く保てるよう管理している」。
求人情報と併せて設置されているのが、働くママのためのノウハウ情報ページだ。就職活動における用語説明からはじまり、働くママとしての注意点や託児所の連絡先など、ためになる情報が多い。
母親は優れたオーガナイザー
現在も営業活動の一環で企業訪問を続けるシュタイナーさんは、「基本的に子育て中の女性を雇うということに積極的、もしくは好意的な企業は多い」という。ただ、小規模の会社の中には、急な欠員が出たときにその代わりがいないという理由から、子育て中の女性の採用をためらうところもある」と現状を話す。
しかし、「それは個人の仕事に対する向き合い方の問題であって、母親であるかどうかは関係ないことだ」とシュタイナーさんは反論する。
「基本的に母親は再び働けることに喜びを感じ、モチベーションが高い。また子どもを迎えに行く時間があるため、無駄に残業することは出来ない。だからこそ制限された時間の中で集中して効率的に仕事をするし、段取りも良い。そして忘れてならないのは、彼女たちは母親であるという時点で、既に優れたオーガナイザーであるということだ」
ただ、母親は欠勤・遅刻・早退しやすいというようなイメージを避けるためにも、「例えば大事なミーティングがある日に子どもが風邪をひいてしまった場合は、数時間だけ子どもを見てくれる人をオーガナイズし、そのミーティングだけは参加できるようにする姿勢が大切だ」と話す。
優秀な人材を雇用するためのカギ
では、こうした母親を採用するために雇用者側に求められることは何かという問いには、「もっとフレキシブルでダイバーシティー(多様性)のある働き方を提供することだ」と話す。そうすれば、「優秀な人材を更にたくさん見つけることができるし、出産・子育てを理由にした離職率もさがる」。
また、「柔軟で多様な働き方を求めているのは、もはや子育てをする母親に限ったことではない」とシュタイナーさんは付け加える。
スイスでは母親と父親がそれぞれ時短で働き、2人で子どもの世話をするというケースが増えつつある。また高齢化社会が進み、高齢の家族の世話をするためにフルタイムで働けない人も増えた。そして、インターネットが身近な若い世代にとってはもはや、時間や場所にとらわれない働き方はごく普通のことになっている。趣味に本格的に打ち込み、仕事と両立させるために柔軟な働き方を希望する人も増えた。
サイトの今後
シュタイナーさん自身も現在、子育てと仕事を両立させながら、時間や場所にとらわれない働き方を実現中だ。満足のいくワークライフバランスが築けているという。
「きっかけは働く母親の再就職支援という形で始まったこのサイトだが、ゆくゆくは在宅勤務やジョブシェアリングなど、多様な働き方を推進する求人情報サイトにしていきたい」と将来の展望を語る。
また、スイスに住んでいるが母国語が英語で、スイスの公用語は満足に話せないまでも、それまでのキャリアを生かして働きたいと思っている人たちの就職も支援出来るようなサイトのビジョンも描いている。
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