金融のグリーン化に取り組むスイス
スイスの金融機関や政府当局は今、スイスをサステナブルファイナンス(持続可能な社会を実現するための金融)の国際ハブにするという壮大な目標に向けまい進している。だがその実効性については、環境団体などからは懐疑的な声が高まっている。
資産運用の世界的な拠点・スイスは、債券やファンドなどの金融商品を気候変動に配慮した投資に移行し、グリーンファイナンスの分野でも先導的な位置に立つことを目指す。
今秋、英グラスゴーで開催された「国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)」をきっかけに、金融分野でも次々と新たな取り組みが生まれた。公的・民間機関や有識者、投資家などで構成される業界団体スイス・サステナブルファイナンス外部リンクは、持続可能な金融ハブを目指すロードマップを策定。これにはスイス資産運用協会(AMAS)外部リンクからの一連の提言も反映されている。
スイス政府は今月1日、UBSとクレディ・スイスと共同で開発途上国の社会・環境対策プロジェクトに投資する10億フラン(約1230億円)のファンドを立ち上げた。また、環境分野への取り組みに特化した資金調達に発行される債券、グリーンボンドを来年末までに発行する方針だ。見せかけのグリーン金融商品(グリーンウォッシュ)と戦うための対策も検討している。
だが環境NGOのグリーンピースが最近、スイスとルクセンブルクにおけるサステナブル・ファンド51件を調査したところ、「多くの問題がある」ことが判明。そして「現在提供されている『サステナブル投資』は、サステナブル(持続可能)からは程遠く、かえって気候にダメージを与える」と指摘する外部リンク。
有害な投資
NGOや圧力団体は、金融セクターが約束する内容に懐疑的だ。そして銀行や保険グループ、年金基金といった機関投資家は、サステナブルファイナンスの分野でひともうけしようと考える前に、まず自分たちの活動をクリーンにするべきだと主張する。
また世界自然保護基金(WWF)は、スイス国立銀行(SNB、中央銀行)と金融規制当局の取り組みを「気候危機と生物多様性の損失に対処するには全く不十分」と指摘している。
更に環境NGOのスイス気候アライアンスは、金融セクターの化石燃料プロジェクトへの投資が世界中の子供たちの栄養失調や死を招いていると非難している。
チューリヒ大学のサステナブルファイナンス・コンピテンスセンターの局長を務めるマーク・チェスニー教授は、「言葉だけでは不十分だ。私たちは金融業界に横行する大規模なグリーンウォッシュに直面している」と警鐘を鳴らす。そして「本当に環境に優しい金融セクターに変わりたいなら、化石燃料エネルギーへの融資を止めるべきだ」と指摘した。
同氏によると、世界の大手銀行とSNBが現在行っている融資や投資などの金融活動がもたらす気温の上昇幅は、今世紀末までの世界平均気温の上昇と一致しており、パリ協定が目標とする1.5~2度を大幅に上回っている。
連邦環境省環境局(BAFU/OFEV)の調査でも、金融機関が再生可能エネルギーよりはるかに多く化石燃料に投資しており、石炭や石油の生産量拡大に寄与している可能性が指摘されている。
ハードルが低い目標から
スイスのプライベートバンカーのパトリック・オディエ氏は、11月下旬~12月上旬にジュネーブで開催された持続可能な金融会議「ビルディング・ブリッジ(Building Bridges)」において、石炭生産への投資を段階的に削減するなど、まずは「ハードルの低い目標」から気候変動に関する約束を「有言実行」するよう銀行に求めた。同時に二酸化炭素(CO₂)排出量削減に向けた具体的な計画の提示も求めたが、化石燃料への投資を全面停止することには消極的だ。
ドイツのコンサルタントグループZebは、気候に有害な投資から撤退しなければ、いずれ銀行の存在自体が脅かされると見る。Zebのパートナー、ディルク・ホレンダー氏は、「関係者がすぐに結果を出せなければ、近い将来、政府や監督当局が相応の規制をもって包括的に介入してくるだろう」と述べた。
だがスイスでは、この先1、2年はそういった動きはなさそうだ。サステナブルファイナンス基準を執行するための法整備は、2022年末までに財務省が提案外部リンクすることになっている。
金融機関には環境リスクを連邦金融市場監督機構(Finma)に報告する義務があるが、自主規制に委ねるスイスの伝統に則っている。連邦財務省国際金融問題局のダニエラ・シュトッフェル局長はビルディング・ブリッジ会議で、「スイスには現在、強制的な規制はない」とし、「私たちは市場のメカニズムを信じている。仲間に加わるか外から眺めるかは、それぞれ当事者が決めることだ」と述べた。
他の自主規制の例には、ウエリ・マウラー財務相が提示した「気候スコア」システムがある。これは金融商品が地球温暖化を1.5度に抑えるというパリ協定の気候目標にどれだけ近づいているかを評価するもので、来年夏頃の導入が予定されている。
「悪い冗談」
一方で、チェスニー氏は「自主規制がうまくいくわけがない。悪い冗談だ」と反発。「スイスはサステナブルな金融商品の品質を定義するためのラベルを開発すべきだ。その開発には、利害関係のない独立した専門家が携わる必要がある」と述べた。
スイスがサステナブルファイナンスの国際ハブとなるための課題を克服すれば、その見返りは大いに期待できる。スイスのサステナブルファイナンス市場は昨年31%成長し、現在1兆5200億フランに達した。ただしベンチマークがないため、これら商品の質を評価するのは難しい。
スイス・サステイナブルファイナンスの代表も務めるオディエ氏は、COP26の公約実現に際し「非常に多くの経済的・財政的な価値が生み出され、同時に消えて行くだろう」とし、「その反面、気候変動は(全世界で)年間5兆5千億ドル(約625兆円)に値するチャンスをもたらすと私たちは予測している」と述べた。
この利益の一部は、例えばスイスを環境に優しい最先端技術の輸出国にするために投資することが考えられる。ロンバー・オディエ銀行とオックスフォード大学の研究外部リンクによると、スイスは1995年以降、他の競合国と比べ、この分野での競争力が低下してきている。しかし太陽光発電や風力発電などの分野における技術革新を促進すれば、ドイツなどの諸国との差を縮められるかもしれない。
また、持続可能な投資を目指す財団「エトス(Ethos)」の報告書外部リンクでは、ネットゼロ達成に向けてスイス製造業のトップ企業が年間280億フラン拠出した場合、エネルギー、水、土地などのコストを年間合計340億フラン節約できるとの試算が出された。
(英語からの翻訳・シュミット一恵)
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