ジュネーブの豪邸購入でマネーロンダリング?
ジュネーブでは、中央アジアやロシアからやって来た富裕層による大邸宅の購入が増えている。その結果、不動産価格の高騰が懸念されている。
そうした裕福な外国人の到来を歓迎する声もあるが、レマン湖の湖岸に並ぶ豪邸の価格の高騰、そしてそのような不動産の購入を利用したマネーロンダリングに対する懸念が広がっている。
金に糸目はつけない
コロニー ( Cologny) 、アニエール ( Aniére ) 、ヴァンドゥーブル ( Vandoeuvres ) など、ジュネーブの「ビバリーヒルズ」と呼ばれるシックな地域は、市の中心街からレマン湖に沿って北東へ伸びている。これらの地域はロシアや中央アジアの国からの新しい住人を迎え、過去5年間に不動産価格が高騰した。
「まるで隕石にぶつかったかのようです」
とコロニー地区の建設局長ジャン・ミュリット氏は週刊誌「レブド ( l‘Hebdo ) 」に語った。
2003年には1平方メートル当たり650フラン( 約5万4000円 ) だった土地の価格が、今年は3000フラン ( 約25万円 ) 以上に上昇し、7960フラン ( 約66万4000円 ) 相当の値を付けたこともあった。
2010年の初めに、カザフスタンの大統領ヌルスルタン・ナザルバエフ氏の娘で石油業界の大物ティムル・クリバエフ氏の妻ディナラ・クリバエバ氏がアニエールに7400万フラン ( 約61億7000万円 ) の豪邸を購入した。この豪邸は10年前には800万フラン ( 約6億6700万円 ) 相当でしかなかった。
また7月には、ローラ・カリモヴァ・チラエフ氏 ( ウズベキスタンの大統領イスラム・カリモフ大氏の娘 ) の夫ティムル・チラエフ氏がヴァンドゥーブルに、わずか4年前には1400万フラン ( 約11億6800万円 ) だったといわれる邸宅を4300万フラン ( 約35億8600万円 ) で購入した。この地域にはカザフスタン、ロシア、旧ソ連からの富裕層が豪邸を構えている。
ミュリット氏によると、それらの新参者は金に糸目はつけない。
「彼らは『買おう。いくら?』と聞くだけです。価格にゼロを一つ足しても買うでしょう」
高額納税者
高級住宅を扱う不動産会社「ジェロフィナンス・ドゥナン ( Gerofinance Dunand ) 」の取締役ジェローム・フェリシテ氏は、ジュネーブは外国のクライアントにとって魅力的な場所だと言う。
「税金、安全、そして生活の質などの面からいって、ジュネーブは魅力のある場所です」
しかしフェリシテ氏は、高額過ぎる物件もあると認める。ジュネーブ州の建設責任者マーク・ミュレー氏は、不動産価格の高騰は投機のせいではないという。
「購入された場所は、常に富裕なエリート層が求めてきた素晴らしい地区です」
とミュレー氏はスイス国営放送のテレビ番組で語った。
ミュラー氏は、「ジュネーブ州に居住する高額納税者の数が増えることになる」として、新たな居住者を歓迎している。
悪循環
しかし当局の中には不満を持っている関係者もいる。ヴァンドゥーブル地区の区長キャトリン・キュフェール氏は
「不健全な展開になっています。彼らは地元の生活に溶け込もうとしません。そしてすぐに去って行き、不動産価格が跳ね上がるのです。これは悪循環です」
とテレビ番組「ミゾォポワン ( Mise au Point ) 」 に語った。
アニエール地区の区長のパトリック・アシェリ氏は
「不動産の購入に使われた資金はどこから出たものでしょうか? クリーンな資金なのでしょうか? もしそれだけの資金が税金として支払われたのなら喜ばしいことですが、法律に従い、彼らはここで働かず、定額税を支払うだけです。地元に貢献するべき、彼らが持っている本当の納税能力を調べることができません。彼らは、不動産相場に全く関係ない法外な価格を支払って購入するのです」
と説明する。
社会民主党 ( SP/PS ) のカルロ・ソマルガ氏は、どのような素性であろうと、お金を持ってさえいれば外国人がスイスに落ち着くのはかなり容易だと言う。
「億万長者で大きな財力を持っていると言った瞬間から両手を広げて迎えられます。そして彼らは一旦居住許可を手にしたら不動産を購入できるのです」
お金のリサイクル
元ジュネーブ州検事で連邦刑事裁判所の裁判官も務めていたベルナール・ベルトゥサ氏は、全般的に「お金のリサイクル」の疑いがあると言う。
「大半の人々が適正な価格で住めるところを見つけられずにいる州でこうした無作法や挑発が横行しているのですから、不均衡が発生しています」
ベルトゥサ氏はジュネーブ州の状況を南フランスやスペインのコスタ・ブラヴァと比較している。
「これらの不動産市場は、マネーロンダリングに非常に敏感ですが、ジュネーブでは資金源についての調査は行われません。そして家を売る側はどこから資金が来るのか気にしていませんし、仲介をしているのは外国の金融機関です」
とベルトゥサ氏は、今も検事だったならば疑わしいケースは審問を行うだろうと語った。
ジュネーブの弁護士、フィリップ・ケネル氏もまた
「銀行には、もはや正体不明の資金を受け付ける気持ちはありません。そのため資金源のチェックが甘い不動産に資金が集まるのです」
と認めた。
管理の限界
ソマルガ氏はスイス政府に、なぜナザルバエフ家の人間が何の審査も無しに、あのような高額の不動産を購入することができたのか照会を求めた。ナザルバエフ氏には、2000年代の初期にスイスとアメリカを巻き込んだマネーロンダリングの疑いが持たれている。
「スイス政府からは、介入するための法的な手段が全く存在しないため、何もできなかったと返答がありました」
不動産の購入を認可するジュネーブ州経済局長のピエール・フランソワ・ウンガー氏は、操作の余地は限られており「異端審問」をする権力は持っていないと言う。
「わたしたちにできることは、新参者の居住許可を認可するかしないか、そして彼らがここを主要な居住地にするのか、またはその意思があるのかを査定することです」
と語り、連邦法を変更するべきだと付け加えた。
「みな関心が無いのです。支払いが終わった途端、何もかもが許されるようになってしまうのです」
とベルトゥサ氏は結論を語った。
今年の夏、スイスでは不動産市場の過熱の始まりが懸念されたが、ほかの国々に見られたような不動産クラッシュは回避されると予想されている。
低利率にあおられ、住宅価格の高騰と需要の増大が依然として続いている。その結果、過去数ヶ月間に金融当局の上層部から警告が相次いだ。
不動産価格の過熱は、チューリヒとジュネーブのレマン湖周辺で起きている。チューリヒでは住宅価格が1990年代のレベルにまで高騰した。金利はしばらくの間低率にとどまると予測されている。
しかし1990年代に起きた不動産価格の暴落の経験から、スイスの住宅ローンの貸付条件は厳しくなった。住宅購入希望者は、通常住宅ローンの融資を受ける前に購入価格の20%を頭金として支払うよう要求される。
移民の数の減少によって借家やアパートの賃貸料にブレーキがかかっていることから、住宅の購入がわずかに減少すると専門家は見ている。過去5年間に大量の外国人労働者がスイスに流入し、賃貸アパートの需要が増加したが、移民数は2008年のブーム時のわずか半分になると予測されている。
スイスは、先進国の中で持ち家率が最低レベルの国の一つだ。賃貸料の上昇と利率の低下という最近の傾向によって持ち家率は40%に増加したが、ドイツの45%、フランスの54%、イギリスとアメリカの69%、スペインの81%を下回っている。
( 英語からの翻訳 笠原浩美 )
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