ジョルダン総裁 「対ユーロの上限撤廃は正しかった」
スイス国立銀行(中央銀行)は19日、スイスフランの対ユーロ上限撤廃について、記者会見でその正当性を強調した。また、国民に現金を過剰にためこまないよう勧告。さらに、スイス中銀は政治的な干渉や、メディアの「感情的な批判」などには左右されないと断言した。
トーマス・ジョルダン総裁は会見の冒頭で、(上限撤廃を発表した)1月15日以降も為替介入を継続するには、さらに何千億フランもの資金が必要だったと述べた。
スイス中銀が上限撤廃後の金融政策に関して公にその正当性を主張するのは今回が初めてではないが、記者会見では今後の予測が詳細にわたり発表された。
上限撤廃の理由は、昨年下半期のユーロの急落だった。スイス中銀が上限撤廃を決定した時点で、ユーロは対ドルで2014年5月当時の価値から4分の1下落していた。急速に値を下げるユーロとフランの均衡を維持するには、ユーロの買い入れを続行する必要があったが、そうすれば深刻なマイナス結果を招きかねなかった。
「そのような(スイス中銀のマネタリーベースの)拡大は、金融政策における我々の裁量の幅を将来的に著しく狭め、長期的には、我々が達成すべき使命を実質的に脅かすものだ」(ジョルダン総裁)
コンサルティング会社「ウェラーショフ・アンド・パートナーズ」のフェリックス・ブリル主任エコノミストはスイスインフォに対し、「対ユーロの上限維持による潜在的な利益とコストを考えれば、(上限撤廃は)必要だった」と語る。「スイス中銀の通貨準備高が増大していたので、将来の損失リスクが大きくなりすぎていた。ユーロ買いのために紙幣を増刷し中銀のマネタリーベースが増大すれば、インフレのリスクを招く。中銀の自己資本がマイナスになる危険性も出てくる」
成長率の縮小
一方でジョルダン総裁は、上限撤廃はスイス経済にとって「大きなチャレンジだった」と認めている。スイスの主な輸出先であるユーロ圏に対する輸出価格は15%上昇し、スイスを訪れる外国人観光客は宿泊料の値上がりに直面している。
この状況を受けてスイス中銀は、今年上半期の国内総生産(GDP)の伸び率予測を昨年12月の2%から1%に下げた。「企業家や従業員は、その素晴らしい適応力と柔軟性でこれまでにも幾度となくフラン高を切り抜けてきた」とジョルダン総裁は言う。
スイスの銀行大手クレディ・スイスは先週発表した報告書で、対ユーロの適正為替は1.24フランで、為替介入時に設定されていた上限1.20フランもすでに過大評価されていたと指摘している。
スイスフランが1ユーロ=1.05フランに上昇した際、いくつかの産業部門は特に打撃を受けた。同行によると、繊維・印刷・プラスティック・金属製品部門や時計産業では、為替レートが5割過大評価されているが、一方で化学・食品・金属製造業にはあまり影響が出ていないとしている。
国会では記者会見前日の18日、フラン高とその影響に関して長時間討議がなされていたが、明確な結論には至っていない。日刊紙NZZはこれを、「フラン高をめぐるナンセンスなディベート」という見出しで報じ、「政治家は状況打開に向けた妥協案を見いだすよりも、来年の総選挙をひかえ他党に差をつけることに気を取られている」と批判している。
右派政党は1月のスイス中銀の決定を支持し、国にあまり介入すべきでないと論じたのに対し、左派は国がもっと経済に介入すべきだとし、為替介入を再開するようスイス中銀に圧力をかけた。
よりリスクの高い運用利益を求める
スイス中銀は11年に1ユーロ=1.20フランの為替上限を導入して以来、これまでになく政治的圧力を受けてきた。昨年の秋、結果的に国民投票で否決されたスイス中銀の金保有量拡大案が国会で審議された際、議員からスイス中銀に対する圧力が顕著になった。
その時の圧力が、中銀の1月の決定に踏み切らせたのではないかと解説する専門家もいる。
だがジョルダン総裁は、スイス中銀は常に政治的圧力やメディアの「感情的な」大見出しに惑わされることはなく、冷静な判断を保ってきたと強調。記者会見では、為替介入中、終了後に関わらず、多方面からの批判がスイス中銀の決定に影響を及ぼしたことはないと述べた。
また、対ユーロの上限撤廃と同時に拡大されたマイナス金利についてもその正当性を強調した。現在、3カ月物ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の政策金利の幅は、マイナス1.25~マイナス0.25%に引き下げられている。ジョルダン総裁は、デフレで購買力が高まることにより、マイナス金利の影響が和らげられるだろうと指摘した。
「言い換えれば、実質利益に関し、現在よりも貯蓄の意味がない時期はこれまでにもあった」。ジョルダン総裁はそう述べ、銀行から預金を引き出し、現金をため込まないようにと呼びかけた。
UBS銀行は最近の報告書でマイナス金利の影響を予測している。不動産物件に投資が集まり不動産バブルが刺激されるとみる一方で、スイス中銀が市中銀行の預金に金利マイナス0.75%を適用することから、年金機構などの機関投資家には損失が出るだろうと指摘する。だが「現在の状況では、(為替介入停止とマイナス金利拡大の)他には選択肢がない」(ジョルダン総裁)。
しかし前出のブリルさんは、損失の穴を埋めようと機関投資家がよりリスクの高い手段に出るのではないかと危惧している。「誰もがハイリスクの投資に走るようなことになれば、深刻な問題になりかねない」
(英語からの翻訳・編集 由比かおり)
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