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「今ではスイスが好き」 日本人女性がアルプホルン路上演奏

アルプホルンと伝統衣装でカメラに微笑む行武ゆいさん
スイスの伝統衣装に身を包む行武ゆいさん www.thealpinesisters.org

スイスで暮らす日本人は、「外国人」としてスイスで何を感じ、どう生活しているのか。3年前に一人でスイスに渡った後、軽い気持ちで始めたアルプホルンが意外にもスイスを知るきっかけになったという日本人女性に話を聞いた。

スイスで暮らす日本人

連邦統計局の最新の調査結果(2017年5月末)外部リンクによると、スイスで暮らす日本人は現在約5200人。そのうちスイス入国後の滞在期間が4年以内の日本人は約2200人で、割合として最も多い。

国の研究機関NCCRが行った追跡調査で、1998年にスイスに移住した日本人の80%以上は15年以内に日本に帰国し、そのうちの半数以上は2年以内に帰国したことがわかった。他国と比べ、スイスを入国から15年以内に離れる割合がとりわけ高い国に数えられる。

 7月初旬の午後1時半、首都ベルン。真昼の強い日差しが降り注ぐ連邦議事堂前の広場では毎週火曜恒例の市場が開かれ、地元住民や観光客でごった返している。

 乾燥した街の騒音を掻き分け、ゆったりと、伸びやかな音色が聞こえてきた。スイスの伝統楽器、アルプホルンだ。

 アルプホルンを演奏しているのは、行武(ゆくたけ)ゆいさん、29歳。花柄のワンピース、麦わら帽子にサングラス姿で、4mほど長さのあるアルプホルンを演奏する。深い息継ぎが必要なのか、息を吸い込む動作が少し離れた場所からもわかる。

 「暑いと、みんなあまり足を止めてくれないんですよね」。演奏を終えてすぐ、マウスピースの痕を唇にくっきりと残したまま、行武さんはそう言って微笑む。午後2時まで、あと15分。ベルン市内で路上演奏が許可されているのは、午前11時から午後2時までだ。

 最後の演奏が始まった。スイスらしさが溢れる響きと旋律に、周りに居た地元住民が足を止める。観光客が、カメラを構える。

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日本人女性が首都ベルンでアルプホルン路上演奏

このコンテンツが公開されたのは、 首都ベルンの連邦議事堂前の広場付近で路上演奏する、ホルン演奏家の行武ゆいさん。演奏曲はスイス人作曲家Hans-Jürg Sommer外部リンクの「Uf Bereten外部リンク」。(撮影・編集 大野瑠衣子)

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ただ「暮らす」だけではわからない

 行武さんは3年前、国立チューリヒ芸術大学の大学院でホルンを学ぶため、スイスにやってきた。

 スイスに来てからしばらくは孤独を感じていた。「始めの頃は、なんだかスイス人は冷たいなと感じていました。こっちではみんなで連れ立って飲みに行ったりご飯に行ったり、日本では毎日のようにしていたことがあまり無くて」。加えて大学には外国籍の同級生が多かったことから、スイスの一般的な暮らしや文化から少し離れたコミュニティーでの交流が増えていった。

 そんな時、カナダ人と英国人の同級生に誘われ、アルプホルンの路上演奏を始めた。すぐにその面白さに目覚め、3人でアルプホルン・トリオ「アルペン・シスターズ外部リンク」を結成。中古で20万円のアルプホルンを購入し、伝統衣装も入手。ソロとトリオの両方で路上演奏する傍ら、イベントなどでの演奏依頼を受け始めた。

色々な角度からスイスを知るきっかけに

 軽い気持ちで始めたアルプホルンの演奏活動だった。しかし、これがスイスの暮らしや社会との接点を増やし、結果としてスイス社会へ溶け込む第一歩となる。

 まず、普段は足を踏み入れないような場所に行くことが増えた。最近特に印象に残ったのは、アルパカにも会えた老人ホームだ。他にも森の中の結婚式や、家族がたくさん集まる誕生日パーティーに呼ばれた。「演奏活動がなければ、このようなごく一般的で典型的なスイスのイベントに参加する機会はあまり無かったと思います。多くのスイス人政治家が集まるイベントなど、演奏の依頼が無ければ絶対に入れないような場所もありました」と行武さんは話す。

 また、路上で演奏活動をしていると「意外によく話しかけられる」という。「スイス人作曲家の曲を、スイスの伝統楽器アルプホルンで演奏しているのが外国人ですから。しかも女性なので、もともとは男性だけが演奏していた楽器だというアルプホルンの歴史を知っている人には、『女性が吹くのも素敵だね』と声を掛けてもらえます」

 「さっきも」と行武さんは続ける。「連邦議事堂前の広場で演奏していた時も、7年間アルプホルンを演奏していたという高齢の男性が『素晴らしい演奏だった』と褒めて下さったんです。でも、アルプホルンのマウスピースは伝統的な木製じゃないと駄目だと注意されました。私はホルン奏者としての活動がメインなので、あえて金属製のマウスピースをアルプホルンの演奏にも使うのですが、木製のマウスピース以外は本物のアルプホルンではないという辺りが、まさに典型的スイス人のコメントですね」と楽しそうにそう話す。

 ベルンでアルプホルンを路上演奏するスイス人とも声を交わすようになった。「連絡を取り合って、お互いの演奏時間や場所がかぶらないようにしています」

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 アルプホルンを通し、スイスの社会にようやく溶け込んできたと感じる行武さん。スイスに来た当初に抱いていた孤独感は薄れ、「今ではスイスが結構好き」だと思えるようになった。

 また、路上演奏を通じ「ヨーロッパ出身の作曲家が暮らしていた土地の社会を知ることで、ホルン奏者として演奏曲への理解を深めることができた」。そして「度胸がついた」ことも意外な収穫だった。「スイスでは自分からアクションを起こさないと溶け込んでいけません。今では路上演奏中も『今こう演奏すれば、あの通行人は振り向くだろう!』とか考えながら、演奏が出来るくらいになったんです」

 現在は、ホルン奏者としてスイスに残るために、国内外のオーケストラのオーディションを受け続けている。「スイスはつまらないと感じる面もあるけれど、生活の質が高いところや、のんびりしているところがいい」と行武さん。

 路上演奏の際の移動を楽にするため、軽い素材で作られたアルプホルンに新調する資金もクラウドファンディングで集めた。「これからも、演奏活動を続けていきたいと思っています」

伝統楽器アルプホルン

アルプホルンはトウヒの木から作られ、柔らかく、加工しやすいという特徴を持つ。楽器が出来上がるまでには約150の工程がある。制作時間は約60時間。

アルプホルンに関する最古の記録があるのは1527年と、その歴史は長い。牛飼いが牛を牧草地から小屋に呼び込むための道具および、山の牛飼いや谷の住民同士のコミュニケーション手段として活用されていた。しかし1800年頃、山でのチーズ作りが平地でのチーズ作りにとって変わったことをきっかけに、伝達手段としての役割が終わる。

今日、アルプホルンはスイスの伝統文化の象徴として知られ、伝統的なフェスティバルにも欠かせない存在となった。先月22日から25日まで開催されたヨーデル・フェスティバルには約1万1千人のヨーデル歌手、アルプホルン奏者、旗回しが集結し、その腕前を披露。約15万人の観客が訪れた。また今月21日からはヴァレー州ナンダでアルプホルン国際フェスティバル外部リンクが行われる。同フェスティバルには今年初めて日本から19名が参加する。



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