スイスにある一次産品貿易企業 人権侵害で訴えられるリスク
スイスの一次産品貿易部門は過去10年で驚くほど業績を伸ばし、機械や観光産業を追い越して国内総生産(GDP)の3.5%を占めるまでに成長した。しかし多くの企業が規制も受けず、また市民の目にも触れず、ひそかに企業活動を行っている。だが、こうした企業が途上国で引き起こす労働者の人権侵害は、スイスにとって大きな問題に発展しようとしている。
スイスにあるグレンコア(Glencore)社、エクストラータ(Xstrata)社、トラフィグラ(Trfigura)社といった資源企業で貿易の大手は、(例えば途上国の鉱山で働く労働者の人権問題で訴えられるという)リスクを抱えており、また企業としての責任も大きいと指摘する声が上がっている。
「我々は(こうしたリスクに対し)カチカチと鳴る時限爆弾付きの椅子に座っているようなものだ」と、スイスのデイック・マーティー検察官は言う。スイスの連邦外務省 ( EDA/DFAE )が11日に開催した「ビジネスと人権」をテーマにした講演会でこう語るマーティー氏は、スイスに本拠地を置く企業はすべて、労働者の人権と労働環境に関する世界的なスタンダードを守るよう監視すべきだと主張する。
「スイスに本拠地を置く企業のトップマネージャーたちは、現地の子会社の活動に対し責任を持つべきだ。人権の被害者 や劣悪な労働環境で働かされている労働者は、スイスの裁判所に問題を持ち込む前にまず現地の会社に対し補償を求める制度を作るべきだ」とマーティー氏は続ける。
50に及ぶNGOはキャンペーン「企業の正義」を支持し、13万5285人分の署名を記載した嘆願書を政府の行政関係部署に今年6月提出した。これにはコンゴ共和国にあるグレンコアの子会社やエクストラータのペルーやアルゼンチンにある子会社が引き起こした人権問題などが明記されている。
スイスの懸念
「子会社を途上国に持つ企業の労働者の人権に対する問題は、国際的に進展を見せる。その一方、スイス国内では(批判を受けるリスクに対する)懸念が高まっており非常に複雑だ」と語るのは、外務省の人権やセキュリティーを担当するクロード・ヴィルト局長だ。
「スイスにある貿易会社は、クリーンで同時に透明性を持ってほしい」と強調するヴィルト局長は、「税制面で有利だというのでスイスに本社を置く企業は、その有利な点を利用するだけではなく、スイスの伝統である人権擁護にも力を入れるべきだ」と言う。
実際のところ、この問題は過去数年間しばしば連邦議会議員によって取り上げられ、リスクと長期的視野に立った対策のアウトラインを提示するよう政府に求めてきた。
最近の政府の返答で8月15日に発表されたものは、次のように述べている。「途上国の鉱山で労働者の人権が侵害されているということを訴えた案件は、もしこの訴えが正当だと認められた場合、スイスの評判を傷つける可能性は高い。またそれは、スイスが労働者の人権と労働環境に対し行ってきた方針と矛盾するものだ」
任意対応
しかしスイス政府は現在までのところ、規制を強化するというより、企業による任意対応を勧め、経済協力開発機構 ( OECD )が多国籍企業向けに出したガイドライン「セキュリティーと人権に関する任意の基本方針」や国連(UN)の「人権とビジネスに関する国連の基本方針ガイド」などの指針を推薦している。
アメリカ、イギリス、ドイツ、オランダといった国々は、すでに国連の基本方針を国政に適用する方向で動き出している。また「人権を容認できる範囲はどこまでか」、「どのような人権を尊重すべきか」といった問題に取り組み始めている。
とはいえ、スイス政府もまったく何もしないで手をこまねいているわけではない。今年の5月には、一次産品貿易部門に関するレポートを作成するために、連邦外務省、連邦経済省 (EVD/DFE )、連邦財務省 (EFD/DFF )から専門家を招集した。同時に外務省と経済省は国連のガイドラインを国政に適用できないかの検討を始めている。
内部で凍結
前出のキャンペーン「企業の正義」を提示した活動家たちは、今後の動向に対し、さまざまな感情を持っている。
「私は希望を持っている。政府内でも(スイスが批判の的になるという)危険を感じている人は多い。誰も銀行守秘義務の例のように、 スイスの評判が落ちるのを好まないからだ」と、NGO「スイスエッド(Swissaid)」のロレンツ・クッマさんは言う。
一方、NGO「ブレッド・フォー・オール(Bred for All)」のシャンタル・ペイエーさんは、懐疑的だ。「政府は復古的な傾向にある。公に情報を流さないし、(労働者の人権問題を定義するような)決まった用語さえ存在しない。三つの省でレポートを作成するというが、そのレポートで何をするのか?何が目的なのか?全体のプロセスが内部で凍結している。労働組合も連邦経済省経済管轄局 ( SECO )も本物の議論を起こさない」と嘆く。
さらにグレンコアのような企業に対しては、「彼らは、例えば国連のガイドラインで書かれている基本方針の意味さえ理解していない。労働者について考えたりする時間もなければ、人権擁護を実行する意志もない」と付け加える。
だが、スイスはやがて国際的なプレッシャーにさらされるだろう。なぜならアメリカでは今年8月、米国証券取引委員会(SEC)が、海外の鉱山や原油採掘を運営する企業でアメリカに登録しているものに対し、金融面の開示を厳しく求める基準を適用すると決めたからだ。欧州連合(EU)も今年の末には、アメリカの基準を採用する予定だ。
こうした、スイスが将来直面する「孤立化」に対し、前出のマーティー検察官はこう警告する。
「危険なのは、現実に問題が起こったときにやっと対応する姿勢だ。それはホロコーストの犠牲者問題、スイスエアー(swissair)の倒産、さらにUBS銀行のスキャンダルのときも同じだった。これらの『災害』には前兆があった。だがその前兆を無視した。今回はスイスにとって『今までとは違う』ということを見せるチャンスになるかもしれない。しかしそれには勇気と創造力が必要だ」
ヴィンタートゥール、ローザンヌ、ルツェルンといったスイスの都市は、綿花、コーヒーなど農業一次産品貿易の伝統を持つ。それは、スイスが地理的にヨーロッパの中心を占めていたからだ。
ヴィンタートゥールに本社を置くフォルカート・ブラザーズ(Volkart Brothers)社は、1857年にインドとスリランカで綿花、コーヒー、香辛料の生産と貿易をスタートさせた。
バーゼルのユニオン・トレイディング・カンパニー(Union Trading Company)社は、カカオ豆の貿易を早くから始めた会社として有名。
第2次大戦後、農業一次産品貿易会社は積極的にスイスに本社を置くようになった。理由は、スイスが大戦中無傷だったのはその政治・経済的な中立性のお蔭だからだという。
ジュネーブに関しては、穀類貿易会社がまず1920年代にスタートした。
中東からの観光客が集まるジュネーブは、石油の取引において有利になり、石油貿易会社がこの都市に創設された。その後1960年代、エジプトから来た綿花貿易会社もここに会社を開いた。
1990年代には、ロシアの石油グループがにツーク(Zug)に会社を創設している。
現在、以下のような一次産品貿易の大手企業がスイスを本拠地にしている。グレンコア(Glencore)、エクストラータ(Xstrata)、トラフィグラ(Trfigura)、ヴィトル(Vitol)、ガンバー(Gunvor)、リタスコ(Litasco)、マーキュリア(Mercuria)、アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)、バンジ(Bunge)、カーギル(Cargill)、ドレファス(Dreyfus)、ホルシム(Holcim)、コルマー(Kolmar)。
(英語からの翻訳・編集 里信邦子)
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