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スイスに住んだレゲエ界の伝説 リー・スクラッチ・ペリー

リー・スクラッチ・ペリー
ジャケットにスイス国旗のワッペン。30年間スイスで暮らし、85歳で他界したリー・スクラッチ・ペリーとはどんな人物だったのか。2015年、英レスターのコンサートで Ollie Millington/Getty Images

ジャマイカが生んだ最も偉大で最もエキセントリックな音楽プロデューサーの1人、リー・スクラッチ・ペリー。先月29日に85歳で他界する直前まで、ペリーは30年にわたり、中央スイスのアインジーデルンに住んでいた。

リー・スクラッチ・ペリーが残した最大の遺産は、彼がレゲエ界のレジェンド、ボブ・マーリーの音楽に与えた影響かもしれない。ペリーに押されてよりスピリチュアルなアプローチを取るようになったマーリーは、ペリーのボーカルフレーズを一部借用しつつ、ベースが主体の新しいサウンドを開発した。次々と曲を発表し始めたマーリーは、世界的スターの座を手に入れる。

2人は、マーリーがソロアーティストとして大成功を収める前にけんか別れしている。しかし、若いマーリーはその成長期にペリーの型破りなスタイルを吸収した。けんかはペリーの身辺では珍しいものではなく、それゆえ昔から「the upsetter(混乱を引き起こす人)」のあだ名でも知られていた。

ペリーの生涯は、輝かしい才能と狂気の間の微妙なバランスの上に成り立っていた。ジャマイカの田舎町ケンダルで、農場労働者の母と道路作業員の父の息子として生まれたペリーは、きわめて貧しい家庭で育った。早々に学校を去ると放浪生活を始め、北西部に落ち着いてからはプロのダンサー、ドミノプレーヤー、ブルドーザーの運転手といった仕事で食べつないだ。音楽シーンに足を踏み入れたのは、1960年代に移り住んだキングストンでのことだ。

ペリーは音楽に関しては門外漢だったが、正規の教育を受けたミュージシャンらを相手に彼らが考えもしないようなアイデアを出し、それを押し通す術を知っていた。最初は取り合おうとしなかったミュージシャンたちも、根負けして試みるうちに考えを変えるのが常だった。1970年代後半、そのエキセントリックなスタイルによって、レゲエ音楽プロデューサーとしてのペリーの名声は頂点に達する。首都キングストンの伝説的スタジオ「ブラックアーク」外部リンクを根城に、彼はジャマイカの音楽シーンを席巻した。

ペリーが独特のサウンドを生み出し、「ダブ」スタイル発祥の地の1つともなったこの小さな正方形のスタジオは、奇妙なオブジェで溢れ返っていた。ペリーはサウンド・エンジニアのキング・タビーと共にレゲエ音楽をエッセンスにまで削ぎ落とし、音響効果やリバーブ、電子効果をミックスした不協和音を乗せて新しい形に組み立て直すという実験的作業を重ねた。

しかし、終わりは突然やってきた。スタジオが火事で焼失してしまったのだ。創作の場は失われ、ペリーは放火容疑で逮捕された。証拠不十分で釈放されたものの、事件の真相は分からずじまいだった。常に謎めかして話すことを好むペリーは、真相究明の助けにはならなかった。

この事件後に米国に渡ったペリーは、さらにアムステルダム、ロンドン、そしてスイスへと移り住んだ。そして1991年、スイスでミレーユ・キャンベル・リュエグと結婚し、2人の子供をもうけた。

それを機に彼の生活と仕事はアインジーデルンを軸として広がった。主なプロジェクトに、フォルカー・シャーナー監督が15年間にわたり世界各地でペリーを追ったドキュメンタリー映画「ヴィジョン・オブ・パラダイス外部リンク」がある。同作品ではアインジーデルンも存在感を発揮し、修道院や黒いマリア像、牛や山々が繰り返し登場する。

2015年12月5日、スイスにあるペリーのレコーディングスタジオ「ブルーアーク」が火災の被害を受けた。このスタジオは、鏡を貼りつけた帽子に聖書のページを並べてペイントしたブーツという格好を好んだ自称予言者ペリーが、この地に長い年月をかけて作り上げた新たな「箱舟(アーク)」だった。それはシンボルやしるしの集合体で、燃やし、彩色し、何重にも重ね、コラージュし、のりで貼り、太陽や風雨にさらし、埋めるなどした様々な素材から成っていた。当時のコメントでペリーは、彼の「秘密の実験室」である一生のコレクションがまたも破壊されてしまった、と述べた。彼のフェイスブックには「I am so sad and my wife is so mad.(私はとても悲しく、妻はとても怒っている)」と書き込まれている。

2020年、ペリーの死の少し前、夫妻はジャマイカに戻った。

本名レインフォード・ヒュー・ペリー。1936年、ジャマイカ、ケンダル生まれ。2021年8月29日没。アインジーデルン(スイス)とネグリル(ジャマイカ)を行き来する生活を送った。ミュージシャン兼プロデューサーとして、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ、ジュニア・マーヴィン、ビースティ・ボーイズ、ザ・クラッシュなど多くのアーティストと仕事をした。03年、グラミー賞最優秀レゲエ・アルバム賞を受賞。最近の主なプロジェクトに「Lee ‘Scratch’ Perry at Haus zur Liebe, Schaffhausen」(2018年)、「Jamaica Jamaica! at Philharmonie de Paris」(2017年)などがある。

(独語からの翻訳・フュレマン直美)

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