スイスの国民投票 異例の長いブランク
連邦レベルの法案に国民投票で審判を下すのは、スイスの有権者にとって年4回の恒例行事だ。ところが今年は9月に3回目の投票が行われたきりで、次は来年6月までお預けとなっている。スイスの半直接民主制史上珍しく長い今回のブランクは、なぜ生じたのか。
今年スイスでは、2月に4件、5月に3件、9月に4件の案件が国民投票にかけられ、通常4回目が実施される11月は0件だった。実施された回はいずれも重要案件が目白押しだっただけに、有権者にとってはフルコースを注文してデザートが出なかったようなものだ。おまけに来年3月の実施も見送られる。「投票準備の整った法案は現在皆無」というのが、10月末に連邦内閣事務局から出された通知外部リンクの内容だ。
次の国民投票の実施は(早くとも)来年6月18日となり、女性の定年を64歳から65歳へ引き上げる法案が僅差で可決された前回9月25日の投票からは、約9カ月空くことになる。
ベルン在住の政治学者で「スイス政治年鑑外部リンク」を主宰するマルク・ビュールマン氏によると「こうした事態はスイスの近代デモクラシー史上、非常に珍しい」。
「スイスの有権者は、原則として年4回、投票の機会を持つ。ただし、国政選挙の年は第3回が国民議会(下院)の選挙に、第4回が全州議会(上院)の補欠選挙に充てられる」(ビュールマン氏)
民主制の危機にあらず
2002年以降、選挙イヤー以外で国民投票が見送られたのはわずか6回。20年5月17日の投票は新型コロナウイルス危機のため直前に中止が決まった。その前は17年11月26日までさかのぼる。投票日程は、連邦内閣事務局によりおよそ20年先まで決められている。
ビュールマン氏は、今回の事態が国民投票を軸とする直接民主制の危機の始まりとはみていない。国民投票にかけるべき法案が無いのには、いくつかの理由がある。「議会が新型コロナ危機への対応に追われたため、他の立法作業、ひいてはレファレンダム(国民表決)の提出が先送りとなった」。レファレンダムは議会が可決した法案の最終判断を国民に問うもので、議会の決定に不服を持つ議員自らが立ち上げることもある。
同氏はまた、議会にはイニシアチブ(国民発議)への対案を作成し有権者に提示するという仕事があるが、イニシアチブの件数が増加の一途をたどっているため、ここでも遅延が生じていると指摘する。
今年2月から9月までの間、スイスの有権者は11件もの案件について判断を委ねられた。しかもその多くが複雑な内容で、例えば源泉徴収税改革案は、専門家ですらその影響を判断しかねたほどだ。
戦術上の思惑
そこで当然生じるのが、連邦内閣はこれらの案件の一部を11月あるいは3月に延期すべきだったのではという疑問だ。そうすれば有権者も、意見形成にもっと時間をかけられたのではないか。
これに対し連邦内閣事務局のベアート・フラー政治権利担当広報官は「法案は、基本的に準備が整い次第、速やかに採決にかけられる」と説明する。
ただし、連邦内閣の決定には他にも考慮される要因があるという。例えばイニシアチブの期限、政令の発効予定日、投票準備の整った法案と準備中の法案の件数、同一省庁から出される法案の総数などだ。
戦術上の思惑が絡むこともある。例えば2021年6月には、農薬使用禁止に関する2件のイニシアチブとCO₂法改正案が同日に投票にかけられたことから、CO₂案支持者の批判を浴びた。
事実、農業の現状に批判的な上記2案を受け大量に動員された農村部や保守層が、同時にCO₂改正案に反対票を投じたことが、後日の分析から明らかになっている。
イニシアチブの長いリスト
いずれにせよ、今回直接民主制に空いたブランクは一時的なものだ。さしあたり州・自治体レベルでは先月に続き来年3月にも住民投票が行われ、多数の有権者が一票を投じるだろう。来年10月22日には連邦議会選挙も行われる。
連邦議会選挙は民主制にとって重要な日付だが、複数政党制の下では仕組みも複雑になりがちだ。特に人口の多い州の有権者は、何十というリスト上の何百という名前の中から候補者を選ばねならない。
現在、連邦内閣外部リンクと連邦議会外部リンクで合わせて9件のイニシアチブが手続き中であることを考えると、2024年は投票案件に事欠かないだろう。それ以降の年も退屈する暇は無さそうだ。新型コロナの世界的大流行で一時落ち込んだイニシアチブの発足数は目覚ましい回復ぶりを見せ、今年立ち上げられた憲法改正イニシアチブ外部リンクは20件と、2011年に次ぐ勢いだ。
政治化する社会
ビュールマン氏は「コロナ危機でスイス社会は一段と政治的になった。この傾向は2021年に急上昇した投票率にも反映されている。また、イニシアチブ数の増加にも確実に影響を与えている」と分析する。
一方で同氏は、今度の連邦議会選挙の影響は小さいとみる。政党、特に右派・国民党は、過去幾度かの大敗を経て国民投票の利用により慎重になった。ここ数年、直接民主制の主力ツールであるイニシアチブやレファレンダムを立ち上げるのは、特定の利害を追求する小所帯の委員会であることが多い。
編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳:フュレマン直美
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