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世界一高いステーキは信頼のスイス産

Swiss cows in close up
Keystone/Sigi Tischler

なぜスイスの肉は世界一高いのか―畜産農家、消費者団体、食肉業界の専門家にそれぞれの意見を聞いた。

 1キロ50ドル(約5634円)近い牛モモ肉や、1キロ20ドル以上する骨つき豚ロース肉を買える人は世界にそう多くはいない。だが、スイスのスーパーマーケットでは、肉の切り身にこの金額の値札がついている。ケイターウィングスが発表した2017年の食肉価格指数外部リンクによれば、スイスの食肉価格は世界で最も高く、実に世界平均の2.42倍だ。

 ケイタ―ウィングスの試算によれば、スイスの非熟練労働者はたった3.1時間の労働で牛肉1キロを買うことができるが、インドでは22.8時間働かなければ同じ量の肉を買うことはできない。スイスの極めて高い物価はある程度、食肉価格の高さの説明にはなるが、食肉価格指数から算出される肉の買いやすさでみれば、スイスはまだ他の多くの西欧諸国に後れを取っている。

 さらに詳しく分析すると、さまざまな要因がスイスの食肉価格に影響を与えていることが分かる。

 スイス・ビーフ外部リンク会長のフランツ・ハーゲンブーフさんは、「給与、光熱費、肥料、家畜の医療費、建設費、保険料、飼料費」などの生産コストがスイスでは高いことに一因があると言う。

 ベルン州トゥーン湖畔で小さなオーガニックビーフ農家を経営するケヴィン・モアートさんも、スイスでは経費が非常にかさむという意見だ。「財政的に難しいかもしれません。私たちのような小規模農家にとって保険料は大きなコストです。健康保険や自動車保険に加えて、私自身の保険料もあります。私に何かあれば、困ることになりますから」とモアートさんは話す。

 農家に掛かるあらゆる細かいその他経費を集計すると、調査の結果、スイスでは例えば農業機械に掛かる費用が隣国のフランスやドイツよりも25%以上高く、農薬は70~75%も高いことが明らかになった。

 しかしながら、スイスの食肉価格の高さには構造的で文化的な理由もある。

 国内の食料供給を保障する環境に優しく持続可能な方法に基づいたスイス農業政策外部リンクが一役買っている。農家の大多数は「環境配慮義務」として知られる最低限の基準を満たしている。これは、生物の多様性、家畜を尊重した飼育、土壌改良、有機肥料の使用などの措置を奨励する生産方法のことだ。基準を満たす農家に対し、全体として、年間28億フラン(約3238億円)相当の補助金が支払われる。

 スイスの農家は典型的に小規模で伝統的な組織だ。山岳地帯ゆえの制約があり、平均して18ヘクタールの土地を持ち、20頭前後の牛を飼う。約10%の農家が有機飼育を行っている。オーガニック・フードの認定を受けるためのすべての要件を満たすためには、認定農家にはさらなる要件が求められる。

肉の消費量

 スイス食肉業協会によれば、16年、スイス人が消費した肉は、1人当たり平均51キロだった。15歳から70歳のスイス人の70%は、週に最低3~4回は肉を食べる。豚肉の1人当たり年間消費量は22.5キロ、鶏肉は12キロ、牛肉は11キロだった。

 肉の消費量がピークだったのは、1人当たり平均71キロの肉を消費していた1987年だったが、90年代は減少に転じ、過去10年間は停滞している。

 スイス食肉業協会によると、16年、ソーセージ、コールド・ミート、缶詰め肉を含むあらゆる種類のスイス産肉の平均購入価格は1キロ当たり20.56フランだった。

新鮮な空気で育つ牛

 家畜が確かによく世話されていることが重要なポイントだ。スイス食肉業協会(Proviande)外部リンクは「スイスの動物保護法は世界で最も厳しいもののひとつだ」と主張する。スイス食肉業協会は、スイス動物保護協会(STS/PSA)外部リンクが10年に行ったEU12カ国の比較研究を引用し、家畜を尊重する飼育という点で、スイスは近隣諸国に抜きんでていると指摘する。

 スイスでは、最低限の動物福祉基準を上回る連邦の特別プログラムに参加することが、農家に「財政的に」奨励されている。15年、スイスにいる家畜の4分の3以上が、「家畜を定期的に戸外に出す(RAUS/SRPA)」外部リンクプログラムに、半分以上が「特に動物に優しい家畜小屋システム(BTS/SST)」外部リンクに参加した。スイス食肉業協会によると、約91%のスイス産ニワトリが、一段高くなった場所で眠ることができる、一日中いつでも屋外の安全な場所に出ることができるなどのBTS/SST基準を満たした。同年、81.2%の牛は定期的に戸外に出る時間があった。

 飼料も家畜の輸送法と同様に厳密に管理されている。牛は主に牧草と干し草を食べる。豚の飼料は人が消費する食物の副産物であることが多い。ヨーロッパでは、家畜のトレーラーによる輸送が24時間を超えてはならないのに対し、スイスでは6時間を超えてはならない。

 専門家は、これらの厳格な環境基準や動物福祉基準は、直接に家畜の健康や肉の質に影響を及ぼすと前置きした上で、これらの基準は価格もつり上げると言う。

 「スイスの食肉価格は人件費の高さゆえに近隣諸国よりもかなり高めですが、肉の質も違います。これは家畜の扱い方に関係があります」と説明するのは、スイス食肉業連盟外部リンクの広報部長のエリーアス・ヴェルティさんだ。

 ヴェルティさんは、スイスでは数多くの規制によって、雇用や設備にかかるコストがよりかさむと言う。その一例として、家畜が動き回ったり、横たわったり、えさを食べたりすることができるよう、家畜1頭当たりの空間の広さが行政指令で決められている。スイス法はこの点で他の国々よりもずっと動物に優しいが、そのぶん価格にも影響が出る、とヴェルティさんは話す。
 「ルールは守られるべきですし、監視されるべきです。紙の上の規制でしかない他の国々とは異なります」とスイス・ビーフ会長のハーゲンブーフさんは付け加えた。

食肉生産量

スイス食肉業協会によると、16年のスイス国内の食肉生産量は前年比0.7%増の34万8057トンだった。輸出量は同10%増の8375トン、輸入量は同1.8%減の9万2千トン。肉の80%余りは国内で生産されたものだ。

16年、豚肉の生産量は前年比1.1%減の18万2540トンだったのに対し、牛肉の生産量は同2.8%増の7万8351トン、鶏肉の生産量は同4.5%増の5万8100トンだった。00年と比べて、食肉の総生産量は17.2%増加した。

また、同年、スイス国内にある5万2千の農場が15万3千人を雇用した。14年、食肉産業が雇用した労働者数は2万2千人増加した。

食肉価格をつり上げるスイスの諸制度

 フランス語圏スイス消費者連合(FRC)外部リンクのフードスペシャリストであるバルバラ・プフェニゲーさんは、スイスの農家に課される義務が近隣諸国と大きくは違わないとしても、スイスの諸制度が食肉価格をつり上げていると考えている。

 「スイスには、最低限の法的義務以上のことを農家に奨励する直接補助金制度があります」。実際、牛を戸外の新鮮な空気に触れさせると、その農家にはより多くの補助金が支払われる。直接補助金制度はより健康な家畜を育てるための投資と見るべきである一方、このような家畜の肉に対して生産者はより高い金額を請求するため、この制度によって価格が高くなるとプフェニゲーさんは指摘する。

 しかし、プフェニゲーさんによれば、スイスの食肉価格が世界平均の2.42倍も高いのは、規制や奨励制度、そして農家がそれらをどのように実施し、解釈するかということだけによるものではない。

 スイス最大のスーパーマーケットであるコープやミグロが、食肉価格が高いのは動物福祉基準や環境基準が高いせいだと考えるのであれば、実質の付加価値とは別に、商品価格の一定割合をマージンとして取ることが多いからだ、とプフェニゲーさんは説明する。

 国立農業研究センター・アグロスコープ外部リンクの研究員であるアリ・フェルジャニさんによれば、ケイターウィングスのランキングで2位のノルウェーは生活水準もスイスと似ているが、スイス産牛肉の方がさらに高いもうひとつの理由は「さまざまな保護関税制度」にある。

 スイスで消費される肉の5分の4以上が国内で生産されたものだ。残りの肉は輸入されたもので、世界貿易機関(WTO)が昨年5月の報告書外部リンクで言及した高いスイス関税の対象となる。昨年の輸入農作物の関税は平均30.8%で、中には関税が100%以上の野菜や肉、乳製品もあった。 

進んで多く支払うスイスの国民性

 食肉価格の高さに関して、理論的には、価格は消費者が進んで支払うであろう金額に合致するとプフェニゲーさんは話す。16年の調査によれば、スイス人は国産肉(牛、鶏、豚)に対して、輸入肉よりも27%余分に支払ってもよいと考えている。

 その理由は、スイス食肉業協会が委託実施した12年世論調査で、10人中9人近くの人がスイス産肉と表示されたラベルを信頼していると答えたことにあるかもしれない。全体として、回答者の64%がスイス産の肉やハムは外国産のものより質が良いと感じていた。 プフェニゲーさんは、スイスで売られる牛肉の80%がより高い基準に沿って国内で飼育されたものだとした上で、「消費者はスイス産の製品に高い質を期待しています」と言う。プフェニゲーさんによれば、それこそが、農家が望み、消費者が求めることだ。

(英語からの翻訳・江藤真理)

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