冬のスイス山岳リゾートの魅力を売り込む ターゲットはアジア
スイスに駐在する外交官に観光大使としてスイスの魅力をアピールしてもらうためにはどうすればいいだろうか。先日、ユングフラウ地方のヴェンゲンでは、数十カ国の外交団が丁重にもてなされた。招待客はすっかりこの山岳リゾートに魅了されたようだ。
「アルプスのチーズは4年間保存することができます」。ユングフラウ地方ヴェンゲン外部リンクの観光局長ロルフ・ヴェグミュラー氏は地元の小売店で、製造地であるアルプスの牧草地の名前と熟成期間が表示されたチーズを指差しながら説明する。耳を傾けるのは各国の在スイス大使の一団だ。
こうした村の地元店の見学は、3月中旬に104名の大使夫妻を招いて開催されたイベント「ヴェンゲン・グルメウォーク」で最も好評を博した。
スイス外務省は隔年でスイスにいるすべての外交団を「冬の日」の遠足に招待する。費用は外務省持ちだ。人脈づくりのためのイベントで、外交団にとってはカジュアルな場でスイス政府高官や職員をもっとよく知ることができる機会だ。
そして、イギリス人やドイツ人の保養地として有名なヴェンゲンにとっては、遠く離れた外国の―特に海外旅行がまだ珍しいアジアの比較的小さい国々の―外交団に村の魅力を売り込む絶好の機会だ。
「我々にとってチーズと言えばスイスだ」とチーズ店の軒先で熱々のラクレットを試食しながら話すのは北朝鮮の韓大成(ハン・テソン)大使だ。韓大使はジュネーブの国連で北朝鮮の核開発計画を擁護する姿がしばしば新聞の見出しを飾る人物で、自国の観光産業について自分の考えを公にすることはほとんど無かった。
「北朝鮮でスキーはまだ盛んではないが、10年もすれば人気が出るかもしれない」と韓大使は話す。
ベトナムのファム・ハイ・バン大使にとって、このイベントは冬のスイスアルプスを体験する機会となった。「ベトナム人観光客はたいていの場合、ルツェルンやジュネーブに行き、ヴェンゲンには来ない。将来、ヴェンゲンにもベトナム人観光客が来るようになるのでは」
山小屋風の観光局のオフィスで行われたインタビューの中で、ヴェグミュラー氏は「ヴェンゲンという村を紹介し、有意義な一日を過ごしてもらうのが我々の目的だ」と説明する。
長年にわたり、スイスアルプスのユングフラウ地方に大挙してやってくるのはアジアの比較的大きく豊かな国々から観光客だ。地元の鉄道会社ユングフラウ鉄道は、昨年、100万人もの観光客をヨーロッパ最高地点の鉄道駅、ユングフラウヨッホへと運んだ。その70%が中国、インド、韓国、日本からの観光客だった。お目当ては、雪に覆われたアルプスの山々とヨーロッパアルプス最長のアレッチ氷河を一望する絶景だ。
ヴェグミュラー氏によれば、ユングフラウ鉄道外部リンクが成功したのは同社に先見の明があったからだ。同社は、まだ異を唱える人の多かった20年前に、中国まで行って宣伝したという。
ユングフラウヨッホを将来の中国人向けヨーロッパ周遊ツアーにおいて必見の観光スポットにするという当時のユングフラウ鉄道経営陣のビジョンは「大きな成果を上げている」とヴェグミュラー氏は強調した。
ヴェグミュラー氏にとっての課題は、ユングフラウヨッホに上がる観光客に帰り道でヴェンゲンに立ち寄ってもらい、そこでいくらかのお金を落としてもらうことだ。中国人は通常、パリやミュンヘンに移動する前日に、比較的滞在費の安いことが多いインターラーケン近郊に1泊するだけだ。ヴェグミュラー氏は「中国人のグループツアーに立ち寄ってもらうことは非常に難しい。とても慌ただしいスケジュールで移動するからだ。『時は金なり』の中国人にヴェンゲンは立ち寄るだけの価値があると思わせるのは難しい」と話す。
ヴェグミュラー氏のもう一つのミッションは、ベトナム人など今はまだ数が少ない他のアジア諸国の観光客を惹きつけることだ。
地元観光推進団体ユングフラウ観光の最高経営責任者(CEO)、マルク・ウンゲレール氏によれば、ユングラウ地方全体の宿泊施設でおよそ4日に1晩はアジア人観光客が泊まる。当分の間、中国人観光客の割合は2ケタ台の伸びを見せると予想される。
アジア諸国を巡る観光促進ツアー
この伸びの背景には、海外旅行をする経済的余裕のある中間層がアジア諸国で増加していることがある。しかし、スイスの観光産業がユングフラウ鉄道の例をお手本にして、非常に精力的にアジア諸国にスイスを売り込んでいることも要因の一つだ。
アジア各国の主要都市にあるスイス大使館は、アジアの旅行会社やジャーナリストを招待し、観光促進ツアー中のスイス観光業界関係者と引き合わせている。
東南アジア諸国を巡る今年のツアーに参加したユングフラウ地方の地元企業の中にはシルトホルン・ケーブルウェイ外部リンクもいた。同社は、かつて映画「007」の舞台になったこともあるシルトホルンの山頂まで観光客を運ぶゴンドラなどのインフラを運営している。
「過去5年間で、中国からの観光客を中心にアジア人観光客数は2倍以上に増加した」とシルトホルンCEOのクリストフ・エッガー氏は話す。「今後5年間は、インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピン、ベトナムといった東南アジア諸国が国際観光市場に参入することによって、さらなる純増が見込まれる」
グリンデルワルト外部リンクはユングフラウ地方の中で最も多くのアジア人観光客を集めている村だ。5年前、全宿泊客に占めるアジア人の割合は24%だったが、昨年は33%にまで増加した。近年は台湾や韓国からの観光客の増加が最も著しい。
ラウバーホルン・スキーワールドカップ(W杯)
ユングフラウ観光のウンゲレール氏は、大規模な国際的スポーツイベントは最高の広告になると言う。グリンデルワルトの上からヴェンゲンまでを結ぶラウバーホルンのゲレンデで開催されるアルペンスキーのワールドカップでは、世界各国のテレビ局がゲレンデの周囲を埋め尽くし、ユングフラウ地方のシンボルであるユングフラウ三山(アイガー、メンヒ、ユングフラウ)を背景にしてカメラを回す。
ウンゲレール氏は、2月に開催された平昌(ピョンチャン)冬季五輪も、アジアでウィンタースポーツに対する関心を高め、ユングフラウ地方におけるアジア人観光客の増加につながったと付け加えた。ウィンタースポーツに対する関心の高まりは将来、ユングフラウ地方にとってプラスになるという。
ブレグジット(イギリスのEUからの離脱)やスイスフラン高の影響でイギリス人やドイツ人が減少したため、ヴェンゲンのホテルや観光業者はこれまで以上にアジア人観光客を受け入れるようになった。村にあるヴィクトリア・ラウバーホルン・ホテルではこの冬に入った予約の18%をアジア人観光客が占めた。同ホテルのマネージャー、ロジェ・ヴュルシュ氏によれば、その割合が夏には40%に増加するという。
ヴェンゲン・クラッシック・ホテル協会に加盟するホテルでも状況は似たり寄ったりだ。ホテル経営者のベッティナ・ツィンナート氏は人気のあるユングフラウ鉄道の旅と知名度の高いラウバーホルン・カップを当てにしている。「夏はその波及効果が特に強い。当ホテルの宿泊客の約60%がアジア人だ」と話す。ただし、アジア人の間でスキーがまだ定着していないため、冬はそこまでではないという。
しかし、アジア諸国にスキー文化を築く最初の一歩はすでに踏み出されている。
あるスキーインストラクターによれば、ヴェンゲンやグリンデルワルト周辺のゲレンデで働く彼のチームには、ここ2年のハイシーズン中、中国語を話すインストラクターがいる。彼は1日に最大40人のアジア人客に対応しなければならない。その多くが初めてのスキーを体験したい人々だ。
「アジアに未来がある」とスキーインストラクターのクリスチャン・フューギ氏は言う。
ユングフラウ鉄道は今も観光業界の先端を走る。この夏、ファオ・バーン(V-Bahn)と呼ばれる高速ロープウェイの建設が始まる。開通すれば、グリンデルワルトとアイガーグレッチャー駅直下にできる駅を15分足らずで結ぶため、ユングフラウヨッホまでの移動時間を大幅に短縮することができるようになる。「毎時2400人を運び上げることができるようになる」とユングフラウ鉄道CEOのウルス・ケスラー氏は期待を膨らませる。
ユングフラウ地方の魅力は外交団に明らかに伝わったようだ。外交団のほとんどが村内の見学に参加した。何人かはカーリングに挑戦し、30名程度のグループはスキーに興味津々だった。
ユングフラウ地方にアジア人観光客を引き寄せる取り組みは、時に苦しい戦いになる。しかしひとたびアジア人観光客を山頂まで連れて行くことができれば、あとはスキーで楽々と滑り降りるようなもの。観光業界関係者はそれを経験から学んでいる。
(英語からの翻訳・江藤真理)
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