コロナが迫る黒字財政の放棄
新型コロナ危機はスイス連邦財政に数十億フランの拠出を迫っている。スイスにとっては大きな支出だが、国際的にみれば慎重な財政政策を取ってきたおかげで、公的資金で賄うのは割と容易だ。
失業率の上昇や税収減、大きな打撃を受けた業界への支援策―新型コロナ危機はスイスでもその他の国でも、国家財政の大きな負担になろうとしている。
ウエリ・マウラー財務相は4月末、コロナ対策を盛り込んだ今年度予算の改定値を公表した。800億フランと、年間の連邦予算に相当する額の赤字が見積もられている。
今のところ、増税や歳出カットは議論されていない。いずれもコロナ危機収束後に期待される経済のV字回復を妨げることになるからだ。ギー・パルムラン経済相はフランス語圏のスイス公共放送(RTS)のインタビューで、「税金の引き上げは既に危機に瀕している企業や個人の状況をさらに悪化させる」と述べた。
一義的には公的債務を増やす形で帳尻を合わせる。スイス国立銀行(中央銀行)のトーマス・ジョルダン総裁は10日、フランス語圏の日刊紙ル・マタン外部リンクとドイツ語圏のターゲス・アンツァイガーの各日曜版で、コロナ危機の発生時点で多くの国は過重債務を抱えているが、スイスの債務状況は良好だと指摘した。「スイスの公的債務は過去10年間、『債務ブレーキ制度』のおかげで削減された。一方、他の欧米諸国では2008年の金融危機後にとられた経済対策により、急激に債務が増えた」
2006年以降、スイスは14年を除き毎年、年数十億フランの黒字をはじき出してきた。世界経済が危機に陥った08~09年でさえ、黒字を保った。
健全財政の背景にあるのはスイス経済の強さだけではなく、債務ブレーキ制度もある。連邦財政の構造的な不均衡を解消し1990年代のような債務の累積を防ぐため、2003年に導入された仕組みだ。
だがこの数週間、多くのエコノミストがこの債務ブレーキ制度を一時停止し、コロナ危機がこれ以上深刻にならないようスイス経済への投資を増やすよう政府に求める声が大きくなっている。
低すぎる債務
しかし一部の政治家は連邦財政の債務が膨らむことに極めて消極的だ。エコノミストの間では、それがスイス経済のV字回復を妨げる可能性があるのとの不安が大きい。
「裁量の余地があるなら、お金を構造改革や経済成長のために投資する方が建設的だ。その方が債務の返済は楽になる」。CAインドスエズスイス支店のチーフエコノミスト、マリー・オーウェンズ・トムセン氏は、フランス語圏の公共放送(RTS)内のラジオ番組でこう指摘した。
ジュネーブ大学院の国際経済学教授のセドリック・ティーユ氏は、swissinfo.chの取材に「スイスには大きな裁量の余地があり、債務の大幅増加に伴うコストを容易に吸収できる」と話した。「債務の積み上げがそれほど痛手ではなく、30年債ですらマイナス金利により国家財政にプラスをもたらす今はなおさらだ」
純粋に経済的にみると、スイスの公的債務は低すぎるとティーユ氏は考える。「債務(Verschuldung)は単なる負担やドイツ語の語源である『責任(Schuld)』がもたらす罪ではない。将来世代のために重要な投資をする手段の一つだ。個人投資家が非常に高く評価する安全資産でもある」
債務ブレーキが止めるもの
他の経済学者、特にドイツ語圏のスイス人は予算規律を緩めすぎることにより慎重だ。「今回の救済策で満足感を得ている多くの政治家は、債務ブレーキ制度に一種の履歴機能が働くことを意識していないだろう」。ルツェルン大学の政治経済学教授、クリストフ・シャルテッガー氏はドイツ語圏の週刊誌「ヴェルトヴォッヘ」のインタビュー外部リンクでこう指摘した。
同氏は今回の緊急拠出を今後6年間の通常予算で穴埋めしなければならないと指摘。「遅くとも次の予算審議では、政治家は裁量の余地がどれだけ小さくなったかに気付き、冷静さを取り戻すだろう」
一方ティーユ氏は、債務ブレーキ制度が厳しすぎるとの見方だ。今は何かを手放す必要があると主張する。「この制度は債務を大幅に減らすのではなく、安定させることを目的として導入された。毎年構造的に黒字を出しているのは、10年以上も連邦憲法に違反し続けていることになる」
政府債務を巡る論争は現在の危機に始まったことではない。国際通貨基金(IMF)は昨年、国内経済を支えるために投資額を増やすようスイス政府に求めた。
左派政党は過去10年、右派が多数派を占める政府・議会に財政政策の転換を要求し続けている。好況でも緊縮財政を貫けば国が弱体化すると批判するが、無駄な努力に終わっている。
前例のない健康上の危機に対する拠出をひねり出すために、連邦財政をどうやりくりするかという議論は、スイスの政治史に深く刻まれることになりそうだ。
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(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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