スイスの対核防衛力は?
ロシアが核兵器の使用をちらつかせて脅しをかけている。核兵器がウクライナで使用されると、周辺国にはどのような影響をもたらすか?スイスにはどれほど備えがあるのか?
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は先月27日、核戦力を含む抑止力を「特別態勢」に移すよう命じた。プーチン氏はそれまでにも核兵器の使用をちらつかせていた。冷戦の終結以来、忘れられていたはずの懸念がヨーロッパを再び覆っている。
スイスのヴィオラ・アムヘルト国防相は同28日の記者会見で、国民に恐れることはないと呼びかけた。「我々の調査によると、これら核兵器が使用される可能性は低い」
連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)安全保障研究センターで核兵器を専門とするオリバー・トゥレネルト氏も、「現時点では核兵器が使用される可能性は低い」とみる。「プーチン氏の脅しの狙いは西側諸国を分断し、西側の国民の政府に対する不信感を煽ることだ」。人々の核戦争に対する恐れを効果的に利用した戦略だ。
核兵器を実際に使用すれば、プーチン氏が国内から大きな政治的圧力を受けるのは必至だ。トゥレネルト氏は、ロシア国民が核兵器の使用を許さないだろうと話す。
数千の核を保有
プーチン氏の真意はさておき、核兵器が実際に使われた場合はどのような結果をもたらすのか。
ロシアは多種多様な核兵器を保有し、陸でも海でも使用できる。ベルリンやパリ、ニューヨークまで飛翔できるものもあれば、ウクライナなど短距離に的を絞って使用できるものもある。前者は戦略核兵器、後者は戦術核兵器と呼ばれる。
トゥレネルト氏は「全てが現時点で使用可能なわけではないが、ロシア全体で6千を超える核兵器がある」と話す。
原発事故と同様の影響
トゥレネルト氏は、ウクライナで核兵器が使用されれば、たとえ短距離の戦術核兵器だとしても「当然に」スイスや欧州全体に影響が及ぶとみる。風や雲となって放射能が運ばれるためだ。
スイスの軍事戦略家アルベルト・A・シュタヘル氏は、「プーチン氏がウクライナ上空で戦術核兵器を爆発させれば、爆発物や風向きにもよるが(スイスで)ある程度の放射性物質の降下が観測されるだろう」と見積もる。
トゥレネルト氏は、その影響は兵器によって差があるものの、原子力発電所の事故に近い事態が生じ、チェルノブイリ事故よりも深刻な被害をもたらすとみる。「今は戦術核でさえ、長崎や広島に投下された原爆よりも強力になっている」
スイスはどれだけ備えているか
スイスは「シェルター精神」を持つことで有名だ。法律外部リンクにより全ての居住者に避難所が確保されている。連邦政府はどの食料を備蓄しておくべきか国民に指示する。
だがシュタヘル氏は、スイスはかつてに比べ核兵器への備えが緩んでいると指摘する。「我々は十分に守られていたが、今日まで残っているものは少ない」。軍の防空壕は過去の遺物となり、民間企業に貸し出されている。世界に誇ったスイスの防衛力は昔話になってしまった。
スイス連邦国防省は「スイス国民全員分の避難所があり、シェルターに関してスイスは極めて充実している」と反論する。各州はシェルターを割り当て、定期的に見直す必要がある。「だがシェルターの割り当ては、治安上必要が生じたときにのみ公表される。現時点はそれに当てはまらない」
国立警報センターは、独自の放射能測定網を運営している。国防省によると、スイス全土に76本のゾンデが設置され、10分ごとに測定値を送信する。しきい値を超えると、自動的に警報が鳴る仕組みだ。つまり放射線は24時間監視されている。
スイスには危機時に鳴らされるサイレンが7千カ所以上に設置されている。放射能雲がスイスに飛んできた場合、国民は自宅にとどまり窓や扉を閉めるか、数日間シェルターにこもるように指示される。吸入された放射性ヨウ素が甲状腺に沈着するのを防ぐために、ヨウ素錠剤の摂取を求められることもある。
(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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