スイス「有事が起きない限りは中立を維持」
スイスは中立国だ。しかし、長年にわたり北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)と安全保障分野で協力している。これは中立と矛盾しないだろうか?そもそも、なぜスイスはそのような行動を取っているのだろうか?
中立国スイスは武力紛争に関与せず、いかなる紛争当事国も支援しない。傭兵派遣は18世紀までスイスで重要な産業分野だったが、今は禁止されている。
一方で、スイスは中立を自力で守らなければならないと盲目的に考えることはもうしていない。むしろNATOやその近隣諸国と個々の点で軍事的に協力している。
冷戦終結後、NATOはかつての敵対国であるワルシャワ条約機構諸国に協力を提案した。そして1994年にはNATO非加盟国との協力を実現させる手段として「平和のためのパートナーシップ(PfP)」を創設した。
連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)で安全保障問題を研究するレア・シャードさんは、「スイスは冷戦終結後、緩やかなPfPの枠組みの中でNATOに近づいていった」と話す。デタント(緊張緩和)の時代に集団防衛を超えた目標を追求することができたNATOが、スイスと協力関係を強化するのは双方にとって魅力的なことだったという。
スイス連邦国防省は、スイスがPfPに参加することには問題はないと考える。PfPの主な目的が、他国と軍事協力する能力を養うことだからだ。PfPには法的義務や自動的な仕組みは含まれていないため、スイスの中立と一致するという。
フィンランド、アイルランド、マルタ、オーストリア、スウェーデンといった他の中立国もこの枠組み文書に署名している。PfPは防衛同盟とは明確に異なるものであり、防衛義務がなく、中立と両立するとされる。マルタを除くこの中立国4カ国は、スイスよりもさらに密接な関係をNATOと結んでいる。
シャードさんは「9・11同時多発テロや2014年のクリミア併合以来、NATOとスイスの利害が一致しなくなった」と話し、両者の関係が冷え込んできたと指摘する。NATOが再び集団防衛を重視するようになったことで、スイスにとってNATOの魅力が薄まったという。「スイスは中立法のグレーゾーンに足を突っ込む気はない」
ウクライナ侵攻でNATO加盟を巡る議論が活発に
ロシアによるウクライナ侵攻で、「NATO加盟への是非」がいかに重大な問いであるかが明らかになった。もしウクライナがNATO加盟国であれば、NATOにはウクライナを今の状況から守る防衛義務が生じ、この戦争に参戦していただろう。ただその場合、ロシアは初めから攻撃を躊躇(ちゅうちょ)していたかもしれない。
中立国でありEU加盟国であるアイルランド、オーストリア、スウェーデン、フィンランドでは、今回の戦争を機に、NATOとの連携強化、ひいてはNATO加盟を巡る議論が再燃している。一方スイス連邦国防省によれば、スイスではNATOの「安全保障の傘」に入ることの是非は議論されていない。同省のカロリーナ・ボーレン広報担当官は「NATO加盟はスイスの中立とは相容れない」と断言する。
フィンランドとスウェーデンは中立を比較的緩く解釈しており、それぞれ「軍事的非同盟」の立場を表明している。スイスがこの2つの国と大きく異なるのは、地理的に欧州の中心に位置するという点だ。どこかの国がスイスを攻撃したり、ましてやスイスだけを攻めたりすることは到底考えられない。
ボーレン氏は「スイスが武力攻撃の標的になれば、中立は無効になる」と言う。スイスは軍事的に自衛できるだけでなく、例えば近隣諸国など他国と協力することもできる。「スイスとしては、こうした行動の余地を確保しておきたいのだろう」
そのため、スイスはEUの「常設軍事協力枠組み(PESCO)」やNATOとの協力強化を模索している。スイス軍によれば、外国と協力することの最大の利点は「我々の周辺国家と軍事協力をする能力を養える」ことだ。そのため、スイスは有事に備えて訓練をしている。もちろん有事が起こるまでは、スイスは当然ながら厳密に中立な立場を維持するだろう。
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(独語からの翻訳・鹿島田芙美)
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