スイスの銀行で女性を阻む「ガラスの天井」は本当に打ち破られるか?
世界の金融機関でもトップクラスに保守的なスイスの同族経営型プライベートバンクも、近年は変化する世界への順応を強いられてきた。経営陣もかなり遅々とではあるが、「新しい」タイプの人材、女性に門戸を開き始めた。
スイスの銀行は銀行秘密から移行(スイスは2017年、海外顧客に対する守秘義務放棄に関する国際法を施行)してグローバル化を進め、サステナブルファイナンス(持続可能な社会を実現するための金融)のハブとしてスイスをアピールしている。しかしその裏で、同業界のジェンダーバランスに対する考えは、いまだに漠然としたものにとどまっている。
スイスでは21年に取締役会と執行役員会におけるジェンダーによるクオータ制が法制化し、上場企業は最低でも取締役員の30%、執行役員の20%を女性にすることが目標となった。それでもなお、スイス企業は女性登用の割合で近隣諸国に大きく遅れを取っている。ヨーロッパの上場企業の指導的な役職に占める女性の割合の最近の調査では、スイスはランキングのほぼ最下位(19カ国中16位)だった。また、スイス株式指数(SMI)を構成する20社の内、女性を最高経営責任者(CEO)とする企業はゼロだ。
クオータ制にしても、拘束力のある義務ではなく、目標未達でも罰則はない。
こんな逸話がある。ジュネーブのある中規模プライベートバンクの広報担当者が最近、電話でジェンダーの「ダイバーシティー(多様性)」について記者に問われ「多様な」投資対象にリスクを分ける分散投資戦略のタイプの説明を始めた。記者に指摘されるまで、男女の平等な登用についての質問だと気づかなかったという。
「非常に保守的な企業文化が、そういった保守的な考えを持つ人材を引き寄せる」。ルツェルン応用科学芸術大学で多様性を専門に研究するアニーナ・クリスティーナ・ヒレ氏は、女性を経営陣に加えたがらない企業が存在する理由をこう説明した。
スイスの金融メディアAWP通信によると、創業者一族の少数の男性メンバーがパートナーの役職を長年務めてきたジュネーブの11のプライベートバンクでは、パートナー、取締役員、上級役員などトップレベルの権限を持つ役職の内、女性が占めるのはたった10%だ。ロンドンやルクセンブルクといった他の金融ハブにおける、同様の銀行についての国際的な比較は存在しない。
例えば、ボルディエとゴネでは、取締役にも最高経営者層にも女性が含まれない。swissinfo.chの問い合わせには、両行とも無回答だった。同じく経営幹部の全員が男性のバンク・エリタージュのマルコス・エステーベCEOは、同社がダイバーシティーに対する懸念を「真剣に」受け止めており、「取り組んでいる最中だ」とswissinfo.chにメールで回答した。
古いマインドセット
自分は場違いだと感じさせるようなマインドセットや職場環境など、女性に対する制限やハードルが業界全体にいまだに存在している。
ジュネーブ州政府で財務を担当するナタリー・フォンタネ参事は「スイスには共同経営権が息子、そのまた息子へと引き継がれ、男性によって運営されてきたプライベートバンクの一族の歴史がある」と説明する。「しかし、我々はその中での女性の役割、そして役割が存在するという女性自身の自信向上に取り組む必要がある。女性も(男性と)同様に、一族の中でそうした役割を引き継ぐ立場に立てると示さなければならない」
政界に入る前は金融業界にいたフォンタネ氏は、長年、株式会社や財団の取締役会に対するジェンダー平等法制定の運動を続けてきた。
ピクテの人事グローバル責任者クリステル・ヒス・ホリガー氏は、スイスのプライベートバンクにおけるジェンダーの多様性を改善するには「時間と信念を要する」と話す。16年に同行で初めての女性エクイティー・パートナー(40人余りの株主でもある上級役員の1人)に就任した際、同氏は昇進に勇気づけられ、また自分の昇進がこの問題に影響を与えることを願うと語った。
経営人材コンサルティング会社エゴンゼンダーの金融サービスコンサルタント、シモーネ・ステブラー氏は、スイスでは高い保育料に加え、子供を中心となって育てるのは母親だという古い考え方が「女性の活躍を妨げている」と話す。上級職を中心に、フルタイム以外の雇用形態に移りにくいとも指摘する。
ステブラー氏は「こうした考え方を改める必要がある」と主張する。銀行では女性が自らミドルオフィスやバックオフィスでの仕事にとどまりたがる傾向がある。「顧客への対応時間を取られ、会食も求められるフロント業務の責任に対して、女性はためらいがあるようだ。『自分は十分な顧客を獲得できるのか、フロント業務を遂行できるのか、そして本当に自分がやりたい仕事なのか?』という疑問を女性は抱いている」
ステブラー氏は、女性を銀行セクターに引きつけ、サポートする方針を打ち出すことが、ジェンダーの多様性拡大の助けになると述べる。「この問題に手っ取り早い解決策はなく、包括的な視点から真に取り組む必要がある」
変化の途上?
一部の銀行は動き始めている。
エリフ・アクトゥグ氏は21年、スイスで第4位のウェルスマネジメント銀行とされるピクテで、初の女性マネージング・パートナーに就任した。同行の25億ユーロ(約3300億円)に上る欧州エクイティー戦略のリーダーを務めた後の昇進だった。
同氏は昨秋、銀行セクターや国連などの国際機関がサステナブルファイナンス推進のために開催したカンファレンス「ビルディング・ブリッジ(Building Bridges)」で、ジェンダーについてのパネルディスカッションに登壇した。ピクテの女性ネットワークグループの共同創立者として、現状を改善するためには女性の職業経験に対する理解について「話題に取り上げる」ことが大切だと強調した。このセッションに参加した男性はわずか数人。職場での男女登用の割合の議論が、影響力を持つ男性の注目をいかに得られていないかを参加者に認識させる、悲しい現実を反映していた。
「ピクテで次に女性パートナーが加わるのはいつになると思うか」とのswissinfo.chの質問に、アクトゥグ氏は笑って答えた。「216年以内であれば、と思っています!」(訳注:同氏がマネージング・パートナーに就任した21年当時、同行は創立216年だった)。ピクテは1805年の創立以来、現在の8人を含めて合計わずか45人のパートナーによって経営されてきた。
ヒス・ホリガー氏によると、ピクテはメンタリング、従業員リソースグループ(ERG。人種、ジェンダー、宗教、ライフスタイルなど種々の属性で共通点を持つ従業員のグループ)でのダイバーシティー&インクルージョン(D&I。組織内などで多様性を認め合い、活かす取り組み)のディスカッション、子育て支援、柔軟なワークスケジュールを導入している。
21年に新規採用された従業員の女性の割合が約45%と過去最高を記録したと明かしたが、経営陣における割合は言明を避けた。「ピクテは、ダイバーシティー推進を達成したいと本当に考え、アファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置。差別是正のため、少数人種集団や女性を優先的に採用・昇進する措置)を進めてきた。採用・昇進候補者の最終リストに女性が含まれない原因の究明・解消にも取り組んでいる。それは人材活用のための社内異動制度についても同様だ。同社のパートナー全員が、ダイバーシティー推進について非常に積極的に議論している」
ジュネーブの別のプライベートバンクも、ゆっくりとではあるが女性に門戸を開き始めている。ロンバー・オディエでは、17年からアンニカ・ファルケングレン氏が、5人の男性メンバーに加わってパートナーを務めている。同じく老舗銀行のミラボーでは、12年に4人のマネージング・パートナーの1人としてカミーユ・ビアル氏が加わった。
見せかけでない女性登用
銀行に多様性の向上を求める顧客からのプレッシャーも、変化の要因と考えられている。また、ある研究では、男女の平等登用のスコアが高い方が、イノベーション面と財務実績でも優れた結果につながると示されている。
しかしながら、他の業界と同様、金融業界も見せかけの女性登用と無縁ではないと専門家は主張する。
ジュネーブの人材紹介会社ロータス・パートナーズの創業者で銀行業務のスペシャリストであるネール・トレデニック氏は、プライベートバンクでは女性候補者を探そうとする「非常に強いトレンド」があると話す。候補者リストの作成時、女性だけに限定するか、特に女性を含むようにとの要望があるという。
「銀行は明らかに、女性が占めるポジションを増やす目標を達成しなければならず、場合によっては、それが理由で女性採用の割合が40%増加することもある」とトレデニック氏は分析する。
だがビルディング・ブリッジのパネルディスカッションでは、スイスの金融セクターがサステナブル投資のハブとして自らをアピールするには、雇用パターンだけでなく、ジェンダーの多様性を重視した投資アドバイスにおいても、ジェンダーレンズ(男女平等の推進を意識した視点)が本物であることが重要だとの指摘が挙がった。
その一方で、リクルーターは銀行に、人材の争奪戦が起きると警告してきた。
この現実への適応に遅れを取っている銀行は、高い代償を支払うことになるかもしれない。トレデニック氏は「銀行は、男女を問わず、従業員が求めるものを提供しなければならない。さもなければ、人材流出のリスクが生じる」と警告する。「最終的には人材やポジションに合った候補者の不足、人件費の高騰につながっていくだろう」
(英語からの翻訳・アイヒャー農頭美穂)
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