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「エゴだけじゃ駄目」 スイスで世界一になった日本人バリスタ

窓の外を眺めるバリスタの深堀絵美さん
10代で母国を離れた深堀さんは、協調性よりも多様性の中にいるほうが居心地の良さを感じると話す ©RUDE – Rahel Schneuwly

日本出身の深堀絵美さんは、スイス・チューリヒ市内のコーヒーショップMAMEの共同オーナー兼バリスタだ。異業界で働く「普通のコーヒー好き」が、約半年でスイスのトップバリスタに。2018年にはブリュワーズ部門で世界一に輝き、今や世界のコーヒー業界が最も注目するバリスタの一人となった。「私のエゴだけじゃ駄目」と話す深堀さんがプロのバリスタとして大切にすること、そしてこれまでの道のりを聞いた。

2014年夏。チューリヒの大手旅行代理店で働いていた深堀さんは、同じ屋根の下で暮らすドイツ人フラットメイトたちの、味への無関心さに物足りなさを感じていた。「ただ単に『美味しいね』をわかちあいたい」と、同じ趣味や興味を持つ人が集まるMeetup外部リンクのオフ会「コーヒークラブチューリヒ」に参加。定期的に市内のカフェやコーヒーショップ、焙煎所を訪れた。

バリスタへの道を歩むきっかけとなったのは、同クラブで訪れたビューラッハにある焙煎所Henauer Kaffee外部リンクでの出来事だ。コーヒー選手権大会に出場予定だった(ドイツ人で2014年チャンピオンの)女性バリスタのリハーサルに偶然立ち会い、即席審査員に駆り出された。いちご味のカプチーノを出され、疑心悪鬼で飲んでみると意外にもおいしくて「感銘を受けた」。

どうしたらこんな風に淹れられるのかと矢継ぎ早に質問を浴びせる深堀さんに、同焙煎所の共同オーナーで焙煎家のフィリップ・ヘナウアーさんは「うちで大会トレーニング講座も開講していることだし、気になるなら自分でやってみたら良い」と背中を押した。焙煎所ではバリスタ養成講座も開かれるため、設備はそろっている。時間もある。断る理由はなかった。

持前の性格と職人気質で突き詰める

トレーニングを開始した半年後の翌年2月、スイスのコーヒー・チャンピオンシップ・バリスタ部門で優勝。「プロを差し置いて」トップに輝き、米シアトルで開催される世界大会への出場権を手に入れたときは誰もが驚いた。

本音を言えば「コーヒーじゃなくても良かった」。でも、コーヒーの世界が持つ深みが、父親譲りの職人気質を揺さぶった。世界大会には、自国の国内大会を勝ち抜いた60人以上の経験豊富なバリスタたちが出場。ここで世界のレベルの高さを痛感したこともモチベーションアップにつながった。どうやるかは身についていても、なぜそうしなければならないのかをわかっていない自分に気が付いたからだ。

「興味があることはずっとコツコツやるし、とことん突き詰める。興味がなければ全くやらない(笑)。一人っ子なので欲しいものは手に入れたいタイプ」と自身を分析する深堀さんは、それを機に一気にバリスタへの道へと突き進んでいく。

エゴは無用

「ただやみくもにトレーニングを重ねるだけではどうしようもない」ことは身に染みて分かっていた。例えばカプチーノなどで使う牛乳のフォーミング技術は、練習すれば誰でもできるようになる。大切なのはそこからで、「スイスは放牧だから、夏の牛乳は脂肪分が少ない。そのような変化をフォーミングでとっさに察知し、お客さんとしゃべりながら対応できなければ意味がない」。

レシピボード 
店にあったレシピボード。数字は常に書き換えられていく swissinfo.ch

豆の挽き方(レシピ)も1日に最低5回は変える。風味は段階的に変化をつけてわかりやすくする。深堀さんは、エゴでコーヒーはつくらない。味の違いを作るにしても、順序良く段階をつけて提供できなければお客さんが混乱するだけ、と話す。「私のエゴだけじゃ駄目」

そうしてコーヒーへの向き合い方を確立させた2016年、深堀さんは旅行代理店を退職。他のコーヒーショップ勤務を経て、同年12月、同じくバリスタのマシュー・タイスさんと共同でMAME外部リンクをオープンした。

日本人の強みを生かして

コーヒーショップMAME 
MAMEには心地良い空気が流れる swissinfo.ch

「日本人独特の感覚かもしれないが、お客さんの前に商品を出すときは、それまでにあった苦労などは見せたくない」と語る深堀さん。このような、日本で生まれ育ったことがコーヒーに生かされた部分はたくさんあった。

まず、日本にはコーヒーの知識を深めるための専門書がたくさんあった。「日本のコーヒー業界は世界で1、2を争うくらい、きちんとコーヒーを掘り下げている。そういう意味ではスイスのコーヒー業界よりも発展している」。フランスからスイスへと移住したパティシエの秋山美佐子さん外部リンクとタッグを組み、「ゆずタルト」など、日本らしい食材を生かしたサイドメニューも充実させた。そして何より、「日本人は舌が敏感で、味に繊細」だ。食を五感で楽しむという日本ならではの食文化もコーヒーに生かされた。

今はオリジナル焙煎豆の発売を間近に控え、さらに忙しい日々を過ごす。世界中から舞い込む講師の依頼にもできる限り応えたいが、国外に出る日数が多くなりすぎないよう、月2回までに抑えているという。

世界一という誰もがうらやむ地位を手に入れたのに、この職業に執着しているわけではない、と本人はあっけらかん。「時間、人、給料(評価)、場所のうち、どれか2つが駄目になったら、その仕事は潮時ということ」。知人に言われたこの言葉は、今も忘れないようにしているという。

深堀絵美さん略歴

1987年佐賀県生まれ。2006年英ロンドンに語学留学。2007年から2009年まで日本とスイスで進学・就職を経験したあと、2010年にスイスの大手旅行代理店で働き始める。2015年「スイス・コーヒー・チャンピオンシップ」バリスタ部門優勝。2018年に世界コーヒーチャンピオンシップ・ブリュワーズカップ優勝。世界に4人しか存在しない女性チャンピオンの一人。

現在、パートナーとハムスター2匹とチューリヒ市内で暮らす。朝の通勤時間(徒歩10分)は社会問題や人道支援がテーマのPodcastを聴いてモチベーションを上げる。仕事が終わると外出し(特に異業種の)人たちと交流してリフレッシュするのが好き。

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