ダンス界で明るみに出るハラスメント
今年、世界的に有名な「ベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)」を含めたスイスの3つのバレエ団が、パワハラやセクシャルハラスメントの疑いで調査を受けた。ダンス界のハラスメント-これはスイスに限った話ではない。
17年、性的嫌がらせや性的暴行で複数の女性から告発された米国の大物プロデューサー、ハーベイ・ワインスタイン氏の事件をきっかけに、これまでの我慢が限界に達した女性たちが声を上げ始めた。性的暴行やセクハラに抗議して07年に米国で生まれた「#MeToo(私も)」運動が復活し、性被害を受けた世界中の多くの女性たちに闘う勇気を与えた。
欧州では、芸術と文化界(映画、テレビ、劇場、ダンス、出版など)で長い間隠れていたいくつかのケースが明るみに出た。フランスで発覚した複数のスキャンダルの中でも、編集者ヴァネッサ・スプリンゴラ氏の、14歳の時に著名作家から受けた性的虐待を告発する自伝、「Le Consentement(同意)」(2020年1月出版)は、世間に衝撃を与えた。ベルギーでは、世界的に著名な振付師、ヤン・ファーブル氏がセクハラで告発された。
BBLとその他のバレエ団
スイスも例外ではない。今年の夏には、ベジャール・バレエ・ローザンヌの芸術監督ジル・ロマン氏が、ダンサーに対し怒鳴る、罵倒するなどのパワハラ行為で監査を受けた。今年1月には、ヴァレー(ヴァリス)州の地元紙ル・ヌーヴェリストが、同州のバレエ団「インターフェイス(Interface)」で、創設者がダンサーを「心理的に支配」し、人心操作や性的虐待があったと報道している。今秋には、国際的に活躍するジュネーブのバレエ団「アリアス(Alias)」で、創設者とディレクターからセクハラを受けたとするダンサーたちの証言を日刊紙ル・タンが報道した。
だが、なぜダンス界でハラスメントが多いのか?ジュネーブで振付作品の創作と主催を目的とする「パヴィヨンADC(コンテンポラリーダンス協会)」を運営するアンヌ・ダヴィエ氏は、性的虐待はあらゆる社会分野で起きていると断言する。中でもダンス界で被害が多いとすれば、「この職業では身体が主な仕事道具であり、身体的な接触が多いから」だと話す。
「また、ヌードが芸術的プロジェクトの一部になっていることもある。アーティストは、演技指導を『虐待』ではなく芸術的プロジェクトへの貢献と捉えるべき、とする先入観もある」とし、ダヴィエ氏は、そういった全ての要素が、「超えてはならない『限界』を曖昧にし、性的搾取の温床を作りかねない」と続ける。
ではなぜスイスのフランス語圏なのか?同氏は、「権力の乱用は、特定地域に限られたことではない。ドイツ語圏のダンス界では事例がないが、だからと言って存在しないわけではない」と強調する。さらに、フランス語圏のメディアがこのテーマを熱心に取り上げ、被害者の声を集めて伝え、それが反響につながったことも忘れてはならないという。
労働組合の反応
これらの報道に最初に反応したのは「スイス・フランス語圏演劇・舞台労働組合(SSRS)」だった。「サポートユニット」を設置し、11月1日に活動を開始した。
スイスで唯一のこの機関は、「職場でパワハラやセクハラなどの苦痛や困難に直面した人を、中立的で親身にサポートすること」を目的としている。医師や法律専門家、心理学者などで作られ、フランス語圏の文化界で働く全ての被雇用者とフリーランサーを対象に、予防措置や被害者のとるべき行動手段などを助言し、サポートする。
確かに、スイスには職場のハラスメントを罰する法律がある。だがSSRSのアンヌ・パピルー事務局長は、「残念ながらこの法律が必ずしも守られているわけではない。法律が存在するだけでは十分ではない」と嘆く。「私たちのユニットは、法律で定められた保護措置を適用促進する。11月1日からの問い合わせは5件。ここでは、個人情報や秘密は完全に守られる」と話す。
恐怖心
パピルー氏によれば、恐怖心から告発を断念するアーティストも多いという。「バレエ団『アリアス』の件では、ハラスメントを受けたダンサーの中には、キャリアへの影響を恐れて告発しなかった人もいる」という。
ダンスはスポーツや映画界に比べると、密室性が高い環境での活動だ。ダンス界の虐待やハラスメントがあまりメディアの注目を集めないのはそのためだろうか?パピルー氏は、「誰が告発されたか、その人の知名度によると思う。虐待は、誰がやっても言語道断なことに変わりはないのだから」と言い、「ヴァレー州のバレエ団のディレクターよりも、ワインスタイン氏のほうが騒がれるのは明らか。だが、ベジャール・バレエ団のスキャンダルが発覚した際は、世界中のメディアが報道した」と話す。
国際俳優連盟(FIA)のアヌーク・ファン・デン・ブッシェ広報部長は、舞台芸術界におけるハラスメントは「スイスに限ったことではない」という。ベルギー・ブリュッセルに本部を置くFIAは、SSRSを始め複数の団体会員から構成されている。
「ハラスメントやモビング(嫌がらせ)対策のために、多くの戦略的な情報を会員と共有している。ベジャール・バレエのケースは、特にフランス語圏の国々で大きなインパクトがあったことは忘れてはならない。メディアを中心に大きな反響があった。このスイスのケースは、ベルギーのヤン・ファーブル氏のケースと似ている」(ファン・デン・ブッシェ氏)
研修と防止策
数カ月前、アントワープ出身の国際的に有名な振付師、ファーブル氏がセクハラで告発された。この事件をきっかけに、ベルギーの芸術界では抗議運動が起こった。3カ国語のデジタルプラットフォームも設置され、被害者が証言できるようになった。
だが闘いはインターネットや労働組合の外にも広がっている。ハラスメントを阻止する対策を取り始めた国もある。スウェーデンがその一例で、ファン・デン・ブッシェ氏は、「スウェーデンでは、振付家や舞台演出家、映画監督を対象に、ハラスメント防止の研修を行っている。研修に参加しないアーティストは、国からプロジェクトの助成金を受けられない」と話す。
ではスイスは?パピルー氏は、「今のところ、国レベルではそうした規定がない」という。だがスイスでもそうなる日が早く来ることが望まれている。
(仏語からの翻訳・由比かおり)
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