「ファンキー・クロード」―ノブズ氏とジャン・ポール・マルキはモントルーのカジノでフランク・ザッパのライブ中に起こった火事の火消しに当たった。モントルー、1971年
© Alain Bettex
チューリヒ国立博物館で、モントルー・ジャズ・フェスティバルの開催50周年を記念した展覧会が始まった。「モントルー―1967年以降のジャズ」と題し、祭典の創始者、クロード・ノブズ氏(1936~2013年)に焦点を当てた。色鮮やかな展示品や映像、音楽が、人情味あふれるジャズの祭典のあゆみを伝えている。
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2018/01/22 12:02
クロード・ノブズ氏によるアットホームなジャズの祭典が、レマン湖のほとりで初めて開催されたのは1967年。当時モントルーの観光局で会計係として働いていたノブズ氏が開催に向けてまず行ったこと―それは著名人や前途有望な演奏家に会うことと、レマン湖のほとりにある人口1万5千人の小さな町で、のんびりとした休暇をとることだった。この祭典の成功は、ノブズ氏の懐の大きさがカギとなったと言っていい。ノブズ氏は演奏家たちの気まぐれに全て対応し、音楽の幅広いトレンドやスタイルを網羅する大規模な祭典に仕上げた。
モントルーのカジノで行われていたフランク・ザッパのライブ中に、火事が起こったというエピソードをヒントに作曲された、英ロック・バンド、ディープ・パープルのヒット曲「スモーク・オン・ザ・ウオーター」。ノブズ氏はその歌詞の中で「ファンキー・クロード」として登場するが、実際、ノブズ氏は「ファンキー」どころではなかった。フェスティバルでは400曲以上のLPやCD、150枚のライブDVD・ブルーレイディスクが発売され、数千枚の売り上げを記録。音楽家のみならず音楽業界を救った。
ライブが撮影されたのは4500件以上。総計で1万1千時間に上り、08年以降ユーチューブで4億回視聴されている。音源は6千時間で、ほとんどがパートごとに録音するマルチ・トラック形式を取っている。ノブズ氏がデジタル化のために連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)に寄贈したアーカイブ は、2013年に、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶外部リンク 」に登録された。
アーカイブ全体で1万4千本の磁気テープに記録され、納める書庫は幅600メートルにも及ぶ。デジタル化に150人が従事し、EPFLに1万4500テラバイトのデジタルデータとして保存された。
キュレーターの選択
1981年、クイーンはノブズ氏(左から3番目)にお土産として着物を贈った
© Claude Nobs Archives
これだけ材料が豊富に揃っていることから、チューリヒ国立博物館のトーマス・ボヘット学芸員は50周年記念展覧会で、音楽よりもクロード・ノブズ氏に対する敬意を表そうと考えた。そのような理由から、祭典の歴史を説明する展示のあと、観覧者はノブズ氏が彼の別荘のうちの一つに構えたホームシアターの模型を目の当たりにする。そしてマーヴィン・ゲイやヴァン・モリソンからカルロス・サンタナ、ZZトップまで10本のライブ映像が続く。大きなスクリーンの後ろは、ノブズ氏が最も愛した場所、舞台裏だ。ノブズ氏が13年1月に突如この世を去ったため、未完のまま幕を閉じたドキュメンタリーの一部を観賞できる。
その他の展示スペースはノブズ氏の自宅にあった遺品で溢れている。音楽テープで埋まった本棚、サイン入りギターを飾ったショーケース、オブジェ、自作の料理ノート、ジュークボックスのほか、クイーンのフレディ・マーキュリーから贈られた着物など特別なプレゼントも展示。壁は、ノブズ氏の別荘を模した壁紙で装飾し、音楽が演奏された場所を忠実に再現しようとしている。
ノブズ氏は、ジャズの限界を超えた領域へと祭典を高め上げた。その彼に焦点を当てた展覧会にすることで、博物館はただの展覧会ではなく、音楽が生まれた展覧スペースを作り上げた。しかしつまりそれは、モントルー・ジャズ・フェスティバルが未だ、創始者ノブズ氏の大きさを超えられないでいる証とも言える。
(英語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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ジャンルごとにプログラムを見ると、ジャズだけでなく、ポップ、テクノ、ロックも目立つ。もはやジャズフェスティバルではないという批判的な意見も聞かれる。
ジャズはたった2割
3月30日に公開されたプログラムには、ジャズのみだった創設時の1967年とは異なり、様々なジャンルのアーティストが幅広くセレクトされている。元来の伝統を発展させ「モントルー・ジャズ」というブランドを拡大させた音楽イベントは、今ではジャズがたった2割を占める。
モントルー以外の場所でもコンサート
広報担当のマーク・ゼンドリニ氏は、「ジャズにこだわらずバラエティーに富む今年のプログラムは、モントルー以外の歴史ある瞑想的な場所でも開催するのが特徴」と言う。それは、ジャズ本来の自由な発想に起因した「型にはまらない幅広いエンターテイメント」だという。モントルーという本来の会場に限らず、バイロンの叙事詩で知られるシヨン城や、サン・モーリスにある1500年以上の歴史を誇るスイス最古の修道院でも、バイオリンやパイプオルガンによるコンサートを行う。スイス人ジャズ・バイオリニストのトビアス・プライシクがエレクトロ・アコースティックを奏でるという。
今秋、恵比寿でモントルー・ジャズフェスティバル・ジャパンを主催する原田純一氏も、「スイスと同じスピリッツ」で、「ジャズという言葉を1個のキーワードにして、大人が楽しめる質の高い音楽を広げようと思っていて、カテゴリーに関係なく聴いて良いと思える音楽を、ジャズでないと言われても、ジャズフェスティバルという名前で出していこうと思っている」と語る。
そんな原田氏が個人的にお勧めする今年のライブは、ザ・シネマティック・オーケストラやシャバカ・アンド・ジ・アンセスターズ。「大人が楽しめる洗練されたイベント」を目指す日本でのフェスティバルにも彼らを招きたいとの期待を込める。
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