チョコレート博物館に秘められたリンツの野心
高さ9.3メートルものチョコレートの噴水は、リンツ・アンド・シュプルングリ社が2020年に公開した博物館「リンツ・ホーム・オブ・チョコレート」の目玉アトラクションだ。新型コロナウイルスの流行前に計画された「チョコレートの神殿」は、スイスにおけるチョコレートの存在感をアピールし、外国人観光客を増やす狙いがある。
キャンディーの庭に踏み込み、色とりどりのスイカの中に描かれた液体チョコレートを指に塗り、ココアの川で泳ぐ――1971年のミュージカル映画「夢のチョコレート工場」でウィリー・ウォンカが子供たちに「息を止めて、願い事をして、3つまで数えて」と語りかけたシーンは、リンツのホーム・オブ・チョコレート外部リンクを設計した建築家に大きな影響を与えた。ホーム・オブ・チョコレートとは、スイスで2番目に大きいチョコレートメーカー、リンツ・アンド・シュプルングリが2020年9月に公開した博物館だ。
メインロビーには世界最大の巨大チョコレートファウンテンが存在感を放つ。高さ9.3メートルの噴水から、純度の高いミルクチョコレート「リンドール」がとどまることなく流れ出る。大理石とセメントで作られたモダンな建物は、1845年に設立された同社の歴史の全てを語り継ぐ存在だ。
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スイスに「チョコレート革命」を起こしたパイオニアたち
2020年の博物館オープンは、リンツの歴史の一幕を飾った。博物館があるのはチューリヒ郊外のキルヒベルクで、正式な住所はSchokoladenplatz 1(チョコレート広場1番地)。1899年に建設された工場の跡地だ。建設費1億フラン(約120億円)をかけ、クリスト&ガンテンバイン外部リンク建築事務所が設計した。
エルンスト・タナー氏は1993年から2016年まで最高経営責任者(CEO)を務め、現在は会長の肩書を持つ。開館式で「リンツはスイスをチョコレート生産の中心地として強化し、チョコレート生産に関する知識と経験を蓄積し、専門トレーニングを促進したいと考えている」と強調。博物館はこれらの目的のために2013年に設立された「リンツチョコレートコンピテンス財団外部リンク」が出資したと説明した。2009年からリンツのアンバサダーを務めるテニスのロジャー・フェデラー選手も出席し、チョコレートが成績にいかに貢献しているかを語り会場を沸かせた。
聖なる飲み物
博物館には展示やインタラクティブミュージアム、世界最大のリンツチョコレートの売店、カフェ、リサーチセンターが集まる。メインは1500平方メートルに広がる展示フロアのガイド付きツアー。訪問者は、巨大モニターに囲まれたバナナの木とカカオの木が茂る熱帯林の模型の中に足を踏み入れる。ガーナのプランテーションでカカオ豆を収穫し、乾燥させて焙煎するシーンを再現。史料やビデオを展示し、チョコレートがメキシコのマヤ文明で神聖な飲み物として登場し、14世紀にヨーロッパに広がった歴史をパネルや音声ガイドで物語る。
アルプスの風景を模したスイス・パイオニアルームでは、1819年にヴヴェイに初のチョコレート工場を設立したフランソワ・ルイ・カイエらスイスのチョコレート起業家を紹介する。フィリップ・スシャールはチョコレート工場を設立し、メランジャー(mélangeur)と呼ばれるミキサーを開発。砂糖とカカオパウダーをすりつぶして滑らかなペーストにすることに成功した。ダニエル・ペーターがコンデンスミルクを利用してミルクチョコレートの開発を成し遂げた1875年、ロドルフ・リンツはチョコレートの品質を飛躍的に改善させる技術を発明した。
インタラクティブ性は、ホーム・オブ・チョコレートの特徴の1つ。ある展示では、大きな回転する地球儀に触れるとさまざまな統計データが表示される。リンツによれば、ドイツ人の年間消費量は1人11キロ。スイスは9.7キロだ。
この地球儀が座す展示室では、児童労働、低賃金、環境破壊といったデリケートなテーマも扱っている。リンツなど多国籍食品企業が、多くのNGOや人権擁護家から批判を受けている問題ばかりだ。リンツ広報のサラ・タルナー氏は、この問題を忘れてはならないと話す。ビデオの説明に注意深く耳を傾けると、リンツが抱える懸念の大きさに気付くという。「リンツにとって持続可能性の問題は非常に重要だ。アフリカのカカオ豆農家のプログラム外部リンクも立ち上げた」
歴史と経済を学んだ後は、いよいよ自分の舌でリンツの技術を証明する時間だ。技術と生産をテーマにした最後の「実験室」では、3つの小さな噴水からそれぞれダーク、ミルク、ホワイトチョコレートを使い捨てスプーンに注ぎ入れることができる。そして各製品がどのように製造されているか、世界経済でどんな重みを持っているかを学ぶ。終着点は「夢のチョコレート工場」さながら、広大な部屋で12種類のチョコレートボール「リンドール」を無料で試食できる。
感情に訴える
スイスのチョコレート博物館はリンツ・ホーム・オブ・チョコレートだけではない。マエストラーニのショコラリウム外部リンク、カミーユブロッホ外部リンク、カイエのメゾン・カイエ外部リンクと、訪問者が製品や産業について学べる博物館が近年相次ぎ開館した。だがそのうちの1つ、フレイ・チョコレートファクトリー・ビジターセンターは、新型コロナ危機を受けわずか2年で閉鎖を余儀なくされた。スーパー最大手ミグロの傘下でスイス第3のチョコレートメーカーであるフレイ社は、健康・安全志向が高まる中での運営の難しさをにじませた。
1990年にモンデリーズに買収されたトブラローネ外部リンクや、小売大手コープの子会社ハルバ外部リンクといったその他の大手チョコレートメーカーは、製造過程を一般公開していない。
メーカーがビジターセンターを開設する理由は何か?リンツのタナー会長はswissinfo.chの書面取材に対し、「私たちは10年前、衛生上の理由でチョコレート工場の一般公開を止めた。だがリンツのチョコレートがどのように製造されているか見たいと、多くの人から関心が寄せられていた」と答えた。「チョコレートのパイオニアを称え、さらに製品の品質を広めるために、ビジターセンターを開設することにした」
消費者行動の変化も背景にある。テレビや新聞など従来型の広告媒体は重みを失い、人々は普段よく使うプラットフォームから情報を得るようになっている。ルツェルン大学のユルク・ゼットラー教授(観光学)は「私たちはソーシャルメディアの時代に生きている。チョコレート博物館を置けば、インターネットで写真やコメントが広がり、感情に訴える形で製品が宣伝される」と話す。
ゼットラー氏は、リンツのような大手ブランドはスイスという国のイメージを利用して消費者を獲得していると読み解く。「スイスは製品の質が高いとされ、特にチョコレートは有名だ。外国人はスイスと聞けばすぐにチョコレートを連想する。スイスを訪れる外国人なら、チョコレートはアルプスと並び絶対に体験したいものだ」
スイスチョコレート製造業連盟(chocosuisse)外部リンクによると、2020年のスイスのチョコレート売上高は15億3千万フラン(約1800億円)と、前年に比べ14.5%減った。国内販売が6.9%減り、輸出も11.5%落ち込んだ。
国内で製造されたチョコレートの7割は海外市場向け。空港の免税店や、多くの国でレストランが閉鎖したため輸出が激減した。
国内の売上高の減少も外国人観光客の落ち込みが背景にある。ただ輸入量は1.8%増えた。
(ポルトガル語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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