トップアスリートの悩み「スポーツと学業との両立」
東京五輪に出場したスイス人選手の3分の1は学生か大学卒業者だ。競技の舞台では注目を浴びる彼らも、大学の講堂では(激しいトレーニングや競技で欠席が多いことを除けば)「一般の」学生だ。
そのため、スポーツに専念するべく学業を中断する人も多い。最新の調査「スイスにおける競技スポーツ2019年外部リンク」によると、アスリート(25~34歳)の学歴は高卒以上が47%と、その他国民の同年齢層よりも5%少ない。これは問題だろうか?
「これはむしろ、トップクラスのスポーツと学業の両立が可能なことを示している」とシモン・ニープマンさんは言う。リオデジャネイロ五輪(16年)のボート競技(男子軽量級舵なしフォア)で金メダルを獲得したニープマンさんは、自分も在学期間を延長できたおかげで、バーゼル大学で無事にスポーツ科学と地理学を修了できたと言う。現在はスイスオリンピック委員会でアスリートのキャリアサポートを担当し、「トップスポーツと大学での学業」プログラムの責任者を務める。
14年に始まった同プログラムは、その名の通りスポーツと学業のデュアルキャリア促進・支援を目指す。プログラムの一環として、専門のコーディネーター42人のネットワークも構築。コーディネーターを国内ほぼ全ての大学に配置し、スポーツキャリアと並行し、早い段階から計画を立てて学業との両立を最適化できるよう、アスリートをサポートする。
スイスオリンピック委員会は2014年、大学スポーツ組織の統括団体、スイス大学スポーツ協会と共同してプロジェクト「トップスポーツと大学での学業」を立ち上げた。
同プロジェクトは17年に形態がプログラムに変わり、18年以降はスイス大学スポーツ協会の協力を得ながら、スイスオリンピック委員会が管轄している。
スイスオリンピック委員会と国内高等教育機関の統括組織スイスユニバーシティーズは17年、トップアスリートの定時制、在学期間の延長、出席率軽減の促進を主旨とする声明に署名した。
20年には同声明を補足する2つ目の声明外部リンクに署名。時間と場所に依存しない遠隔教育のオプションが盛り込まれ、コロナ時代にもマッチした。
swissinfo.ch:なぜスイスには、数年前までアスリートのスポーツと学業のデュアルキャリアをサポートする組織がほとんど存在しなかったのでしょうか?アスリートが普段は一般の職業などに従事する民間人として扱われることと関連がありますか?
シモン・ニープマン:私は、まさにそれが原因だと思います。これまで、学生アスリートは何でも自分で切り盛りしなくてはいけませんでした。在学中に感じたのは、学業と並行して行う活動がトップレベルのスポーツであろうと、趣味、あるいは仕事であろうと、スイスでは全く違いがないことです。どれも同じように片手間でやることとして扱われ、学業と両立しながら活動に必要な時間を作れるかどうかは全て自己責任です。
スイスでもスポーツの地位が確実に向上していますが、スポーツが他の職業と同じ位置づけにある他の国々にはまだ及びません。
swissinfo.ch:キャリアサポートに関し若いアスリートから寄せられる質問で、一番多いものは?
ニープマン:一番多いのは「自分は国内・国外における最高レベルのスポーツ選手だが、平行して通える学科はあるのか」という質問です。もちろん、アスリートが経済学や法律を専攻しても問題ないとは一概に言えません。それぞれのケースを個別に検証する必要があります。また、選手が興味を示す分野や、トレーニングの場所やスポーツに求められるレベル、そして大学側の柔軟性にも左右されます。
swissinfo.ch:若い学生アスリートにとって最も重要なサポートとは?
ニープマン:トップレベルのスポーツと学業の両立に重要なのは、本当に早い段階から明確な計画を立てることです。試験や実務実習などで勉強に多くの時間を取られる時期はいつか?集中的なトレーニングや大会の予定は?どうやったらそれを両立できるのか?卒業までの計画を立てられれば理想的ですが、半年ごとに日程を見直す必要があるでしょう。
私たちの主な仕事は、こういった計画を立てる必要性と、計画の立て方や、学業との両立をサポートする人たちが数多く存在することをアスリートに知ってもらうことです。
swissinfo.ch:しかし、スイスオリンピック委員会が18年に実施した調査結果によると、トップアスリートが大学に進学した時点で、すぐ協会に登録されるケースはまれです。
ニープマン:これには2つの課題があります。まず全てのアスリートが大学に進学したか私たちには不透明な上、どの学生が競技スポーツに従事しているのか、大学側も必ずしも把握していません。この点に関し、まだ改善の余地があります。
我々サイドでは、トップアスリートに対しメールや競技連盟、その他の手段を利用して、できるだけ頻繁に幅広い情報を提供するよう努めています。
また若手アスリート、つまり中等教育を受ける生徒たちが大学生アスリートとの交流を望む声が多いと分かりました。大学に問い合わせるより、アスリート同士で話し合う方が心理的なハードルも低く、基本的なことを聞きやすいからです。そのため、交流プラットフォーム外部リンクを立ち上げました。
swissinfo.ch:スイスオリンピック委員会とスイスユニバーシティーズが署名した20年の声明には、どんなスポーツでもあらゆる専攻科目と両立できるわけではないとあります。スポーツと専攻科目の組み合わせで、特に難易度の高いものは?
ニープマン:ある特定のスポーツと、大学のある特定の分野とを両立するのは絶対に無理だとはあえて言いたくありません。個人差がとても大きいことを常に考慮する必要があるからです。
ただしウィンタースポーツの選手は、確かに通信教育に頼る傾向があります。実際、こういった選手の多くは冬期に移動が続くため、通常の対面授業にはほぼ出席できません。
学科別に見ると、最も難しいのは、実践的な活動や実験室での実習など、学生が決められた時間に決められた場所にいなければならない授業の割合が高い場合です。
swissinfo.ch:五輪のランキングは、すでに長い間、米国と中国がトップを独占しています。例えば中国では、トップアスリートがスポーツに専念した後、有利な条件で名門大学に入学できる特典があります。こういった国の選手と比べ、学業とスポーツの二重苦を負わされるスイスの選手は不利なのでしょうか?
ニープマン:私たちは、アスリートがトレーニングの傍ら学業に励むのは悪くないと考えています。
まずトレーニング以外にも、何か他のことができる時間が毎日数時間残されています。また、勉強は何よりも認知的な気晴しになり、アスリートにとって肉体面だけでなく、他の面を鍛える機会にもなります。
2つ目は、多くのアスリートにとって、スポーツとは違う環境が大切だからです。教育を通して新しい交流が生まれ、この切り替えが人生を豊かにし、かえって活力を与えるかもしれません。
そして最後に、スポーツの後のキャリアを準備しておくことも非常に重要なポイントです。スポーツをやめた後、次にエネルギーを注ぐための受け皿があることがとても大切です。
swissinfo.ch:トップレベルのスポーツと勉学の両立をサポートすることに関し、スイスは世界で進んでいますか、それとも発展途上にありますか?
ニープマン:スイスと同じ規模の国々と比較して言えば、アプローチにも色々ありますが、例えばノルウェーでは、スポーツ協会と大学の間に一種の協力関係があり、「このスポーツをやる場合、国のスポーツ連盟やオリンピック委員会と提携しているあの大学なら通える。これで私の進路は最適にサポートしてもらえる」ということがかなりはっきりしています。
しかし私たちは、スイスのコーディネーターのネットワークを通じ、アスリートは進学先を絞り込まなくても良いということを示したいと思っています。むしろあらゆる選択肢を用意しておくのが私たちの方針です。もちろん、それが正しいかどうかは常に見直す必要があります。
swissinfo.ch:結局のところ「トップスポーツと大学での学業」の両立は、妥協か、それとも両方が得をするWin-Win(ウィンウィン)の関係なのでしょうか。
ニープマン:確かに妥協は伴います。スポーツと学業の両方を同時に100パーセントこなすのは無理です。綿密な計画を立て、バランスを取ることが重要です。それでも、両方の質が落ちるとは思いません。平行して大学に通っているからといって、スポーツの成績が落ちるわけではなく、むしろ逆の場合もよくあるからです。
(独語からの翻訳・シュミット一恵)
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