ヴォー州で有機農業を実践するペグイロンさん
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農業の生産条件に恵まれないスイスで、有機農業への取り組みが広がっている。背景には、化学肥料や農薬に依存する既存の農業が、生態系の破壊や残留農薬をもたらしているとの懸念がある。
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スイス南西部ヴォー州のローザンヌ。
そこから数キロ離れた小さな町メックスにある約32ヘクタールの土地には、小麦やトウモロコシなどの農作物が植えられ、50頭の家畜も飼われている。全てクロード・ペグイロンさんが育てた有機農産物だ。
有機農業
連邦政府は今年夏、農薬の使用と流通の規制を強化する国家行動計画をまとめた。今後10年間で人の健康と環境に及ぼす農薬使用のリスクと影響を半減するため、農薬使用量の削減や有害化学物質の管理などを盛り込んでいる。しかし、関係者の反応は冷ややかだ。農薬メーカーは「科学的根拠がない」と否定的な見方を示す一方、環境保護団体や有機農家などは「不十分だ」などと批判している。
有機農業は、化学肥料や農薬を使用せずに農作物の栽培や家畜の飼育方法を定める。遺伝子組み換え技術に由来する害虫防除も、天然物ではないとして使用を認めていない。
ペグイロンさんは、有機農業を始めた頃を振り返り、「ゼロからのスタート。農業の学校で教わったことは一切忘れることにした。全てが手探りだった」と話す。最初は少量の小麦を育てながら、雑草をコントロールできるか試した。試行錯誤の末、手ごたえを感じた。
その後も雑草との戦いが続く。「今でもアザミやスイバなどの雑草が侵入したらと思うと怖くなる。神経を研ぎ澄まして、先を予測して、問題があればすぐ介入する。農薬は使わない。有機農業を選択して、安易な解決策を手放したということさ」
有機農業への転換
そもそも有機農業を選んだきっかけは、ペグイロンさんが化学物質過敏症だったことだ。
「農作業で除草剤や殺虫剤を散布すると、リンパ腺が腫れ、めまいが起きたり、鼻血が出ることもあった」と振り返る。そのうち、ある疑念が頭をもたげてくる。農薬投与は、人の健康に深刻な影響を与え、自然界の生態系も破壊しているのではないか――。
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そう考えていたある日、たまたま近所の人が撒いた殺虫剤の残滓(ざんし)が、おたまじゃくしのいる小さな沼に落ちるのを目にした。翌日、おたまじゃくしの成長は止まっていた。疑念が確信に変わり、有機農業への転換を決心する。
ビオスイス
ペグイロンさんの農場が有機農場として認定されて、生産した農産物に有機ラベルを貼付できるようになってから2年近くが経つ。
こうした有機農場を後押しするのが、有機農業認定機関「ビオスイス」による裏付けだ。
ビオスイスは、有機農業の推進を目的に1981年設立。有機農業基準で定めた栽培・飼育条件を生産者が守っているかどうか厳しく審査する。ビオスイス認定の有機農場数は現在、6000戸を超える。
スイスの有機食品市場も堅調に拡大している。2015年の有機食品売上高は、前年比5.2%増の23億2300万フラン(約2622億円)。1人あたりの年間消費額は280フランで、世界トップに立つ。
輸入品との競争
有機農業の問題点は、手間がかかることだ。ペグイロンさんも外部からの人手を頼り、家族を総動員する。「生産性は下がるが、有機栽培ということで運が良ければ、多少高く売れる程度かな」と話す。
だが、輸入有機食品との競争にさらされる厳しい現実もある。スイス流通大手のミグロ(Migors)が安価な外国産有機ヒマワリの種に乗り換えたとき、ペグイロンさんは有機ヒマワリの種の生産を断念した。
ニ大大手のミグロとコープ(Coop)の有機食品の販売量を合わせると、国内有機食品市場の4分の3を占める。買い手が圧倒的な価格交渉力を持つ構造だ。ペグイロンさんは、「安い輸入品と価格競争をすれば地元生産者は生き残っていけない」と憤る。
好奇の目
加えて、ペグイロンさんは町で有機農業に取り組んだ初めての生産者。自分の土地が周囲から好奇の目にさらされているのをひしひしと感じるのだ。
「町の人の関心が高くてね。雑草が少しでも伸びれば皆の話のネタになる」と苦笑する。「ここの人たちは何でもキチンと見た目をそろえたがるから、そういうプレッシャーをやり過ごす術を身につけないと大変だよ」
有機農業へ転換した後も、不安で眠れぬ夜は依然ある。だが後悔はしていないという。
「化学肥料や農薬を使わずに高品質な農産物を作ることは可能だと証明できた。地球や次の世代のために何か良いことができたと感じられるのは幸せなことだ」と、ペグイロンさんは満足げだ。
(仏語からの翻訳・あだちさとこ)
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ロボットが牛の都合に合わせて乳を搾り、牛舎の掃除や餌やりも行う。そんな最先端の設備が導入された、スイスで最大手の酪農場がある。この酪農場の持ち主(本人の希望により匿名)は、「事業を酪農一本に絞り、合理化と効率化に多額の投資をしてきた」と言う。
スイスにおける乳価は過去の数カ月間で一層下落し、、1リットル当たり0.5フラン(約55円)を割り込んだ。この農場の場合、効率を最大限に高めたとしても0.55フランの乳価を維持できなければ採算が取れない。この酪農家は、「今の状況では、牛舎の戸を開くごとに100フラン札を置いてくるようなものだ」と、赤字経営の実態を自嘲気味に語る。
しかし、あきらめるつもりはない。「とにかく生産し続けるしか活路はない。生産の拡大とスピードアップ、そして低価格化が進んでいる。先に脱落するのは競争相手か自分か。破滅への道をまっしぐらなのかもしれない。だが競争をあきらめた時点で敗北が決定するのは間違いない」
複数の従業員を抱えるこの酪農家は、今は貯蓄を切り崩して生活している。乳価が間をもなく上昇に転じるよう願いつつ、投資を最小限に抑えて現在の低価格時代を耐え抜こうとしている。
「牛乳生産国としてのスイスを守りたければ、生産コストを削減しなければならない。そのためには政治の力で大枠を変える必要がある」。このハイテク酪農業者はその一例として、国産穀物の価格を維持するための保護策をあげる。「スイスの穀物農家にとっては収入増につながるありがたい策だ。しかし、このために濃厚飼料(栄養価の高い飼料)の値段はドイツの2倍以上にもなり、牛乳生産者は壊滅的なダメージを被っている」
厳格な経営方式
アールガウ州フィズリスバッハに住むトーニ・ペーターハンスさんは、乳価の下落に不満を言わない。2013年のアールガウ州最優秀飼育業者に選出されたペーターハンスさんの所有するホルスタイン牛は「スイスで一番」だと言う。スイスの乳牛が一生のうち生産する牛乳の量は平均して1頭当たり約2万3千リットルだが、「我々の乳牛は5万8千リットルまで生産できる。また、寿命は平均よりも約2倍と長く、対費用効果に優れている」。
ペーターハンスさんの成功は偶然の産物ではない。彼の農場では、最適化された飼料作りから牛糞の詳細な分析まで細部に至り、「軍隊並みの厳格さ」でコントロールされている。「我々の農場は、毎週の尻尾洗いから年3回の全身の蒸気洗浄まで、綿密なスケジュールに従って管理されている。農場内の清掃も徹底しており、長靴を履かなくても汚れないほどだ」
新しい車、新しいトラクター
現状の乳価では、ペーターハンスさんのような優良業者といえども採算ラインを割り込んでしまう。それだけに、効率性で劣る他の酪農家が置かれた状況の厳しさは想像に難くない。「同業者の多くは眠れない夜を過ごしている。節約に徹し、投資を控え、支払いも遅れがちだ。ひどい状態にある農場も少なくない」。そう語るペーターハンスさんだが、誇らしげに次のように付け加える。「我々は違う。最近も15万フランの新しいトラクターを購入したところだ」。しかもローンは組まずに一括払いで、と強調する。
ペーターハンスさんは、トラクターの他にも新しい乗用車を購入した。この好調ぶりは、彼の事業に四つの柱があることが大きい。一般的な農業コンサルタントの勧めに反し、彼は事業を一つに絞らなかった。所有する52ヘクタールの農地では、牛の飼育の他に農作物の耕作も行われ、太陽光パネルも設置されている。また、所有する機材を他業者の
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「一年を通して、常にトマトを食べられないといけないのか?大手業者は消費者を甘やかしている」。大手小売業であるミグロやコープなどのスーパーマーケットの棚に有機農産物が増えたことは喜ばしいことだが、いつでも供給できる状態にしておく必要はないのではないか、とマルティン・キョッホリさんは考える。
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キョッホリさんは、1980年代にザイール(現コンゴ)の奥地で農業開発プロジェクトに従事した経験があり、厳しい状況への対応にも慣れている。ザイールは「土壌は痩せた砂地で、収穫も少なかった」ため、「大掛かりな畜産ではなく、それよりも格段に効率の良い大豆の生産を始めた。大豆は、たんぱく質の需要をすばやく満たすことができる。ニワトリやブタなどを通じてとなると、著しく効率が下がる」と話す。
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