世界で稀に見る「ロレックスマラソン」 走るのは何のため?
日本で「ロレックスマラソン」と呼ばれる現象が起きるほど入手困難なロレックス。マラソンが発生するのは日本だけのようだが、最大市場の中国や本家スイスでも数年待ちが常態化している。
都内在住の櫻井昌亨さんは今年1月から「ロレックスマラソン外部リンク」を続けている。狙いはコスモグラフ・デイトナ。サブマリーナー、GMTマスターと並ぶ大人気のモデルだ。
仕事の後や打ち合わせの前後を使ってほぼ毎日、銀座などの2~3店舗を回る。マラソン日数は4月末までに通算90日を超え、店舗訪問は400回近くになった。ロレックスの欲しいモデルの在庫を尋ね、時には店員と雑談を交わす。
店員がバックヤードに在庫を確認するのを待っている間は胸が高まる。「ギャンブルにも似た感覚で、沼にはまる。入手しにくい方が『完走』したときの達成感が大きい」
時間がある時は同じ日に同じ店を2回訪問することもある。「店舗に入荷されたタイミングで店頭に来た人に売られてしまう。今在庫が無くても10分後にはある可能性も、その逆もある」からだ。
日本では欧州のような入荷待ちのリストはない。正規価格で買いたければ、足しげく正規店に通うしかない。なぜ日本だけ注文して入荷を待つことができないのか、ロレックス本社に問い合わせたが返答はなかった。
2015年頃から世界的にラグジュアリースポーツウォッチというジャンルの時計が注目されるようになった。オーデマ・ピゲやパテック・フィリップ、リシャール・ミルといった他のスイスメーカーのモデルも高い人気を集める。
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非戦略的品薄
ロレックスはswissinfo.chの質問に対し、戦略的に商品を品薄状態にしているわけではないと書面で回答した。広報のヴァージニー・シェヴァイエ氏は「現在の製造方法で足元の需要を満たすには、時計の品質を落とすしかないが、それはあり得ない」と説明した。
同氏は、今後も「可能な範囲内で、常に品質基準に則って」スイス内の4つの拠点で生産能力を拡大していくと強調した。
一定のモデルを購入するために数年待ちが世界中で発生している状態は、ジュネーブに本社があるロレックスにとっても歓迎されることではない、と関係者は指摘する。プライベートバンクのフォントーベル銀行で時計業界を専門とするジャン・フィリップ・ベルチー氏は「希少さは必ずマーケティングや権威付けに起因している。ロレックスは自身の原則から外れたことがなく、それが成功の一因でもある」と話す。
ロレックスの原則とは、独立性や裁量、象徴的なモデルを開発し続けるために継続性を守ること、流通経路を厳格に管理することなどだ。
モルガンスタンレー銀行の試算によると、ロレックスの2021年の売上高は約80億フラン(約1兆800億円)に上り、世界のトップに座す。
ロレックスの製造はほぼ自動化され、毎年100万本以上の時計を生産している。数万個しか生産しないパテック・フィリップやオーデマ・ピゲのように、高級感を出すために販売個数を少なくする戦略を取っているようには確かに見えない。
ラグジュアリー業界に属するには人々の欲望の対象でなければならない。この点において、ロレックスの人気は最高潮に達している。
徹底管理された販売店
「以前は純粋な時計ファンが『ロレックスマラソン』をやっていたが、今では転売目的の人たちがかなり多い」。時計専門誌クロノス日本版の広田雅将編集長外部リンクはこう指摘する。
広田氏によると、ロレックスを購入する人の9割が転売目的とみる買取店もある。転売のために店に並ぶアルバイトもあるという。「転売が高度に組織化されてしまったのが、日本を始めアジアの問題だ。取扱い店は対策を講じているが、いたちごっこになっている」。そこに政府・日銀によるコロナ対策がカネ余り現象をもたらし、人気を加速させた。
一流の時計を着用する喜びではなく投機的な利益を追い求める人が増えたのは、市場価値の高まりが背景にある。前出の櫻井氏が探し求めるデイトナのスチールモデルは定価160万円だが、数クリックで買えるオンライン中古市場では500万~600万円になる。転売益がサラリーマンの年収を超えかねない。
不動産から高級時計へ
高級時計が投資対象になったのは日本だけではない。オンライン時計販売の米ボブズ・ウォッチズの調査外部リンクによると、ロレックスの市場価格の過去10年の伸び率は株・債券や金、不動産などこれまで安定した投資対象とされてきた資産を大きく上回った。
中国のコンサルタント企業CSGインテージが昨年10月に年収50万元(約1千万円)以上の中国人1500人を対象に実施したアンケートでは、高級時計への今後12カ月以内の支出を維持・増やすとの回答が88%に上った。当局が不動産への投機取り締まりを強化するなか、高級時計は中国上流階級の投資先の受け皿になっている。
高級時計は世界共通の現金の役割をも務める。個人の海外送金に年間5万ドル(約640万円)の厳しい上限が設けられた中国では、規制から逃れるために時計で送金するようになった。
上海の高級時計ディーラー、デヴィッド・ワン氏は英フィナンシャル・タイムズ紙外部リンクに「税関職員は時計の存在に気付かないか、その価値を知らないかもしれない。それにより安全かつ効率的に海外に資金を移動させることができるようになった」と語った。
バブル崩壊に警戒
クロノスの広田氏は、ロレックスバブルの崩壊に警鐘を鳴らす。「個人的には、時計のバブルは一時的なもので、後に落ち着くと思っている」。利幅は望めるが単価の小さい時計は、真の投資家の投資対象にはなりにくいからだ。また株などと違って空売りができず、積極的に売買できない面も投資家には不都合だ。
「コロナ禍でロレックスの資産価値が高騰して、ランナーが急増した。今まではプロフェッショナルモデルだけが高騰していたが、今では何もかもショーケースからなくなっている」。関東在住の別のランナーはこう嘆く。
匿名希望のこの男性はマラソンを始めてから約2年以上が経つが、ゴールはまだ見えない。「ロレックスマラソンを通じて自身が成長し、人間力が上がる。結果としてロレックスの似合う人間になる」との信念で続けているが、せめて並行店の価格が落ち着いてくれたら、と願う。そこまでしてロレックスを求める理由は?「とてもカッコ良く実用性があり、デザイン性にも優れている。いくら眺めていても全然飽きなくて、何本も欲しくなる魔性の時計。ロレックスが大好きだ」
(編集・Balz Rigendinger)
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