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隈研吾のスイス初の建築、オープン 木と石の屋根でヒューマンなものを創出

4年の歳月をかけ、連邦工科大学ローザンヌ校のキャンパスに完成されたArtLab。「施工者と話し合い、よい解決法だと思えばそれを取り入れたので随分変更をした」と隈研吾さんは言う Alain Herzog, EPFL

世界のスター建築家、隈研吾のスイス初の建築「ArtLab」が11月4日、連邦工科大学ローザンヌ校のキャンパスにオープンした。250メートルの長い屋根の下に三つの異なる機能の「箱」が配置されたこの建物は、日本の木造平屋のような控えめなやわらかさと同時にシャープなデザイン性を持ち、どっしりとした屋根と長いひさしで人を温かく迎え入れてくれる。世界一流の建築家の作品が立ち並ぶスイスで「ここ20年の一つの最高作」と建築ジャーナリストたちが高く評価した。

 連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の学生食堂などが並ぶ小高い場所から前方に広々とした敷地が開け、その向こうにきらきらと輝くレマン湖が覗く。左手には2010年に日本のSANAAが作った「ロレックス・ラーニングセンター」があり、右手にはそれと対峙するようにして隈研吾のArtLabが黒い帯のように伸びている。

「世界のいろいろなところで仕事をするのは、今まで知らなかった技術や材料に出会えるのですごく励みになる。だから今回スイスでもすごく楽しかったです」と隈研吾さん swissinfo.ch

 パトリック・エビシェール学長は、ラーニングセンターを「キャンパスのトーテム」となる多目的学習センターに、ArtLabを夜中まで研究を続ける学生が一息つけるカフェ(モントルー・ジャズ・カフェ)とミュージアム、さらにビッグデータの展示空間を付け加えた一種の「文化センター」にしようとした。

 前者がコンクリートとガラスでできた巨大な波のような作品なのに対し、後者は木と石の屋根でできた長い家のような作品。一見対照的な二つだが、隈研吾さんによれば「材料は違うが、二つともとてもヒューマンなものを追求した」

 今、EPFLの殺風景だったキャンパスは、日本のトップの建築家の二つの作品が放つヒューマンなものとその芸術的な美しさで、高雅な特別な空間に変貌した。

 隈研吾さんに、ArtLabが持つこのヒューマンなものやコンセプト、素材や建築技術などについて聞いた。

スイスインフォ: EPFLのキャンパスは、実験室の集合体のようで冷たい雰囲気です。そこに建てる新しい建築ということで、どんな工夫をしましたか?

隈研吾: このキャンパスは、箱型の建物が並んでいる感じがあるから、箱っぽくなくて、家っぽいものを作ろうというのが一つありました。それと、箱がバラバラに並んでいるようなので、そこに軸を与えて一つの秩序を与えようという気持ちはすごくありましたね。

また、隣の「ラーニングセンター」はガラスとコンクリートでできていますがとてもヒューマンなものを追求している。僕らもガラスとコンクリートではなくて、同じくヒューマンなものを追求しようと考えた。だから、この建物のことをとても意識して作りましたね。

スイスインフォ: 木を使われた理由は?

隈: 僕らの時代というのは、ちょうどコンクリートの時代から木の時代への転換期にあると思っています。

コンクリートは20世紀の工業化社会には非常に便利な素材だった。しかし、工業化社会後の少子化社会や高齢化社会は、人間がもっと癒しを求めたり、材料との対話を求めたりと、そういう時代になってくる。そういう時代にふさわしいキャンパスの建物を作りたいという思いで、木を全面的に表に出していったのですね。

ひさしやセミアウトドアの部分だけではなく、部屋の中も天井の木の骨組みをそのまま見せている。日本の民家が木の骨組みを見せることで、安心感みたいなものを与えてくれるので、それをここでも求めました。

木の種類ですが、唐松です。スイスにある木の中では、強くて、色も明るくて、とても気に入ったのです。

スイスインフォ: エビシェール学長がArtLabに求めたものの一つが、学生の憩いの場ということです。それをどう実現しようとしましたか?

隈: 若いクリエイティブな学生たちが、夜中まで研究するというのはすばらしいことで、大学というのはそういう場所でなくてはいけない。そこで学生が、ぱっときてお茶を飲んでフワッとできるような空間は、やはり木がいいんじゃないかと。

それから屋根というのも人間にとってすごく重要な要素だと思っています。昔の家というのは屋根を持っていたわけだから、屋根の下にいると落ち着く。

約10センチの厚さの木をスチールのパネルで補強して柱や梁に使っている。これは、薄くまたスチールに孔があるため、建物全体に透明感や軽さを与える。また、この中に雨どいを入れることにも成功。「今回、いつも一番苦労する雨どいをうまく解決できた」と隈研吾さん Alain Herzog, EPFL

で、今回の作品はコンペのときから、「under one roof」と僕らは呼んでいたのですが、屋根が人間に与える安心感みたいなものとか、あるいは「俺たちは一つの屋根の下にいる一つのコミュニティーメンバーだ」という感じを、この作品に出すことが、エビシェールさんの理念にも合うのではないかと思ったわけですね。

スイスインフォ: 屋根の素材は瓦かと思いましたが、薄い石なんですね。

隈: この町「ローザンヌ」の語源に「ロッズ」というのがあって、それが石積みの屋根のことだという説もあるんです。ああ、それはすごく面白いなと思って。

それと、僕がスイスでいろいろ旅していて、石で葺いた屋根の下に木造の建物があるというのに惹かれて、そういう昔ながらのやり方にインスピレーションを得て石の屋根を使いました。厳しい環境の信州にも石の屋根がありますが、スイスもそれと同じく厳しい環境なので、石の屋根が安心感を与えてくれるのではないかと思い、その効果も考えました。

石はスペインから取り寄せたのですが、スイスの職人さんたちが石を切って重ねてくれて、すごく上手でしたね。

スイスインフォ: スイスを旅して一番感銘を受けた建築は、やはりそうした石の屋根の家だったのですか?

隈: 深い谷の斜面に、民家が立っている様子は強烈で、ああいう斜面にああいう家を建てて生活する人のたくましさみたいなものに感銘を受けましたね。スイス独特の強さみたいなものが一番象徴的に表れている建物が、急斜面に建っている民家かな…。

実は、僕はもう一つスイスで、スイスの建築家ピーター・ズントーが作ったヴァルツの温泉があるところで仕事をしていて、あそこはもう10回以上行っていて、ズントーの建物の内装・増築を手がけた後、今「石屋さん」の建物を手がけています。あそこの谷は深く、日がすぐに暮れてしまう。そんな中をずいぶんいろいろ行きました。

スイスインフォ: ArtLabは日本的に見えます。日本的な要素を取り入れましたか?

隈: 日本的なものとスイス的なものを区別する必要はないと思っていて、スイスの中にも何か日本的なものを感じることがあるし、日本の中にもスイス的なものを感じることはあるし、僕らが、人間がそこで何を感じるかということだけの問題です。

ただ、とても似た部分がたくさんあると思っていて、それは特に信州や東北の山に住んでいる人とスイスの山や谷に住んでいる人に共通のたくましさと、そのたくましさが象徴的に表れている建築の中にです。

一方で、ArtLabは無理に日本的にしようとしたのではなく、僕らが使ってきた日本の建築のディテールが自然にここでも使われていますね。例えば、ひさしの先端をすごく薄くして見せるディテールは日本でやってきたことです。

ひさしの先端を極端に薄くして見せるディテールがこの写真で見える。ひさしを長くすることで、省エネにつながると同時に温かく人を迎え入れてくれる効果もあるという。ArtLabの下方には学生の寮があり、毎日多くの学生がこの建物の側を通る Michel Denance, EPFL

でもスイスの民家でも、ひさしの先端はすごく繊細で、石でパンと終わっているようなディテールがたくさんあるから、ここで使ったひさしの先端を無理に日本的という必要性はなくて、なんか共通の素材に対する感性みたいなものがあるのかもしれないですね。

スイスインフォ: ディテールといえば、セミアウトドアの部分のスチールで補強された木の柱がずらりと並ぶ中に、一本だけスチールだけの柱がありますね。

隈: それは異質な「ノイズ」といってもいいものを取り入れることで解決するというやり方です。すぐ横が「モントルー・ジャズ・カフェ」で、オープンすると恐らく特別な異質の空間が誕生すると思うので、すでに建物自身に「ノイズ」を取り入れておくことで、違和感が生まれてもそれが不自然に感じられないようにというのは、いつもやっていることです。

スイスインフォ: ところで、省エネの建築に興味を持たれていますか?

隈: 省エネや持続可能性というものと、デザインをどうコーディネートするかということに、すごく関心があります。

まず、屋根というのはエネルギー的にすごく優れていて、屋根のひさしというのは一番暑いときの太陽光をカットするし、冬の光は逆に入ってくるということで、屋根がついているということ自体がもともと省エネのデザインなんです。

とくにひさしが長いものは省エネの効果が高いので、今回ArtLabでもひさしを長く出しました。そういう省エネとデザインが一体になる、ないしはサステナブル(持続可能)なものをデザインに翻訳していくことを、これからの建築家はやるべきことだと思っています。単にかっこよさだけを追求するのではなくて。

今回の屋根の石というのも、実はそういう点からは優れた材料で、石は昼間太陽光で暖まって、いわゆるヒートストレージといって、熱をそこに溜めといて夜寒くなるとそれを家の中に放熱するわけです。

建物の側面のこうしたディテールも美しい Michel Denance, EPFL

スイスインフォ: 最後に、隈さんの作品は全体的に小さいユニットの組み合わせからできている感じがありますが、それは今の工業生産でユニットが簡単に作れるからか?それとも特別なコンセプトがありますか?

隈: 確かに小さなユニットの組み合わせというのは僕の建築の特徴の一つですが、それはヒューマンスケールを感じられる建物にしたいということがあります。バーンと大きなコンクリートの壁があるというのではなくて。

例えばレンガを積んでいると、レンガの一個一個のスケールが分かるじゃないですか。日本の木造建物でも板の幅など、板の一枚一枚が認識できる。で、そういうものから、自分に近いヒューマンスケールを建物に感じることができるというのは、これからの建物に必要だと思うんですよね。

同時に、僕は「建築のデモクラシー」と言っているんだけれど、自分で部材を組み合わせて作るみたいなことも、これからは人間みなやり始めるんじゃないかと思うんですよ。

昔、木造というのは自分でけっこう作れて、僕なんかも親父と一緒に自分の家の手直しとか、しょっちゅうやっていたから。そういう、自分ではずしたりつけたしたりできるということは、小さなユニットのメリットなわけですよ。だから、これから建築はそういう方向に変わっていくんじゃないかと思って。

今、大型コンピューターが小型になってみんな持っていてデモクラシーがあるわけで、それが今やスマホで何でもできてしまう。そういうデモクラシーが建築でもこれからどんどん広がっていくんじゃないかと思っています。

隈研吾略歴

1954年、横浜に生まれる。東京大学大学院工学部建築学科終了。1987年、空間研究所設立。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。2008年、KUMA & ASSOCIATES EUROPE設立(パリ、フランス)。2009年~現在、東京大学教授。

建築作品は100を超える。現在建設予定や建設中の主な作品に、新国立競技場(2020年完成予定)、JR品川新駅(2020年完成予定)、アンデルセン博物館(デンマーク、2020年完成予定)、TOYAMAキラリ、フランス国鉄新駅(フランス)など。

最近の主な受賞に、「持続可能な建築」世界賞2016(2016)、芸術選奨文部科学大臣賞(2011)、毎日芸術賞「根津美術館」(2010)、芸術文化勲章オフィシエ、フランス(2009)など。

(主に隈研吾建築都市設計事務所のホームページから抜粋)

ArtLabの三つの「箱」

連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のキャンパスに誕生したArtLabには、250メートルの長い屋根の下に、三つの異なる機能の「箱」が配置されている。

一番南の「箱」は、「モントルー・ジャズ・カフェ」というカフェの空間。ここには、モントルー・ジャズ・フェスティバルの過去のビデオを聞けるスタジオもある。

EPFLのパトリック・エビシェール学長がモントルー・ジャズ・フェスティバルの開催者クロード・ノブスが所有するアナログのデータをデジタル化すると約束。その結果、EPFLで1万1000時間分のビデオ、6000時間のオーディオ、8万の写真のデータがデジタル化された。同カフェでは、1500時間分のビデオを自由に選んで聞くことができる。

中間の第2の「箱」は、ミュージアム空間。芸術作品と科学的分析が融合するような展示を行っていく。オープニングにはフランスの画家で光と黒色の絵で知られる「ピエール・スラージュ作品展」が開催され、黒色についての科学的分析も同時に展示されている。

第3の「箱」はビッグデータ空間。EPFLのメインの脳科学研究「Blue Brain Project」とベニスの町の発展をデータ化した「Venice Time Machine」が常設展示される。

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