スイスへの中国人観光客が減少、ビザの指紋登録義務化で
スイスの観光業界が中国人観光客の減少に頭をかかえている。昨年11月、欧州のシェンゲン協定加盟国への入国・滞在ビザを申請する際、指紋などの生体認証情報の登録が義務付けられたことにより、登録には遠方の領事館などに出向く手間がかかるようになったためという。中国人はドイツ、米国などに次いで観光客の数が多いが、制度開始後は急激に減少。スイスインフォ中国語編集部が現状を探った。
連邦統計局が出した国別の観光客の統計に変化が現れている。これまで多数を占めていた欧州からの観光客は激減。中国、中東の湾岸諸国、東南アジアからの観光客は増加傾向にあったが、中国からの観光客は昨冬、初めて減少した。
スイス政府観光局はその主な要因として、昨年11月、スイスを含む欧州のシェンゲン協定加盟国への入国・滞在ビザ申請時には、指紋などの生体認証データ登録が義務付けられたことを挙げる。中国人はシェンゲン加盟国内への渡航にビザが必要で、本人が遠方のスイス領事館に出向いて指紋を登録しなければならない。
同局のアジア太平洋地域を統括するシモン・ボスハート氏によると、昨冬の中国人観光客数はかつてないほど急激に落ち込んだ。今年1月はわずかに減少しただけだったが翌2月は2割減と急落、3月も5.4%減った。
アジアの観光客
15年のスイス国内全体の延べホテル宿泊者数は3560万人。うち国外からの宿泊者数は述べ1960万人で、欧州圏内は1180万人だった。これがそれぞれ前年比0.8%(全体)、1.7%(国外)、9.3%(欧州圏内)減少した。欧州の宿泊者数は1958年以来最低。旅行者の減少により、観光業界の雇用に悪影響が出ている。
宿泊者数の減少が顕著な国:ドイツ(12.3%減、54万1千人)、オランダ(14.4%減)、フランス(6.2%減)、イタリア(7.6%減)、ベルギー(9.5%減)。ロシアは30.7%の大幅減、日本は10.3%減。
一方、アジアからの観光客は18.6%増え400万人を突破。中国は15年に33.3%増(34万4千人)と急激に伸び、同年全体では137万8千人に上るなど、14年に100万人を突破して以降の最高値を更新。中国からの観光客数はドイツ、米国、英国に次いで4番目に多い。
中国に次いで中東の湾岸諸国が前年比20.6%増。インド、韓国(20.5%増)、米国(4.7%増)、アフリカ(7.5%増)と続いた。
停滞するスイス経済、テロの不安、ビザ
中国国家観光局によると、スイス経済の停滞、中国の経済成長の減速、さらに人民元安・スイスフラン高が主な要因だという。テロ事件の増加や深刻化する難民危機も影響している。短期的な要因が及ぼす影響は長続きしないが、予測不可能なテロへの不安は広がる一方で、観光業界にさらなる悪影響を及ぼすおそれがある。
これらの要因に加えビザ申請時に指紋登録が義務化されたこと受け、シェンゲン協定加盟国は中国人観光客向けに負担軽減策を模索。欧州連合(EU)に非加盟のスイスも、中国との二国間協議に積極的だ。
観光をめぐる課題が山積する中、生体認証情報登録の導入はスイスにとって痛手だ。政府観光局のユルク・シュミット局長はスイス公共放送(SRF)の取材に「申請者は、指紋登録のためだけに中国の広い国土を旅して遠方の大使館に出向かなければいけない。それがまさに障壁だ」と打ち明ける。
シェンゲン・ビザ(査証)
2008年12月15日、スイスはシェンゲン協定に加盟し、シェンゲン・ビザの発行を開始。同ビザの保有者はスイス国内および加盟国内を自由に行き来できる。
米国、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、イスラエル、シンガポール、欧州のシェンゲン協定加盟国、EU、欧州自由貿易連合(EFTA)加盟国の国籍保持者は、90日以内の滞在であればビザが免除される。
同局はビザ申請の簡略化についてスイス当局と協議したといい、ボスハート氏は、指紋を採取する移動端末の使用や一時的に採取拠点を増やすなどの案を挙げる。
一度登録された指紋はシステムに5年間保存され、その間にビザを再取得する場合には指紋の再登録が不要となる。データはシェンゲン協定加盟国内の大使館やビザ申請センターならどこからでもアクセスできる。申請者が大使館に出向くのは一度で済み、5年以内なら変更手続きは郵送でできる。
スイス政府観光局は、生体認証情報登録の導入については楽観視しており、移動端末などの措置を講じれば観光業に与える悪影響は大幅に減るとみている。
中国人観光客のマナー
スイス政府観光局は新制度に対応するため、国内のほか中国、インド、ブラジルなど新興国からの冬の観光客の誘致に力を入れている。
しかし、アジアの旅行者はスイスに関する知識がほとんどなく、旅行先の好みも欧州市民とは違う。さらにスイスのメディアの多くが、中国人旅行者のマナーの悪さを報道。自国の観光業に中国人観光客の存在が極めて重要で、地域社会にも影響が大きいとプラスの部分を訴える一方、こうしたマイナスの面がフォーカスされている。
実際、中国人観光客は多くの国で「マナーの悪い客」として評判が悪い。唾を吐く、大声で話す、トイレやレストランを汚すなど、これらの行動はスイス人からも敬遠されている。
「こんな状況には耐えられない」「エビコン(ルツェルン州の自治体)のチャイナタウンでトラブル」「うるさく無礼、スイスが中国人専用電車を導入」。スイスの地元紙にはこのような見出しの記事が並ぶ。中国人観光客に対し、スイスは愛憎の入り混じった感情を抱いているようだ。
スイス経済にとって、観光は主要産業の一つだ。果たして変動的な観光市場にひるまず客のニーズに応えることができるのか。スイスが客を誘致し、観光業を活性化するためには良識的なマーケット戦略が求められている。
シェンゲン・ビザに関する国籍別の状況
スイス政府観光局広報担当、アンドレ・アシュワンデン氏によると、シェンゲン協定加盟国への渡航に必要なシェンゲンビザに関する国籍別の状況は以下の通り。
ロシア:ルーブルの急落と政情不安によりロシア人観光客は減少。ロシア政府は国内かアジアへの旅行を呼び掛けている。シェンゲン協定加盟国への渡航にはビザが必要だが、指紋登録の手間が観光客減の主な要因ではない。
ブラジル:シェンゲンビザは免除されているが、スイスの経済停滞やテロへの不安などから欧州への旅行を敬遠する傾向にある。だが、ブラジル人観光客数は1.4%の微増。
アラブ首長国連邦:2015年5月からスイス入国時のビザが不要になった。近隣の湾岸諸国はビザが必要で生体認証情報の登録は2年前に始まったが、各地にビザ申請センターが点在しているため、足かせにはなっていない。
インド:中国と同様、ビザが必要。だがスイスへの観光客はむしろ増えている。
(英語からの翻訳・宇田薫 編集・スイスインフォ)
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