スイスの視点を10言語で

米国のオピオイド危機 スイスでも警告

drugs
米国では2016年、薬物の過剰摂取による死亡件数のうち、66%がオピオイド関連だったという Copyright 2019 The Associated Press. All Rights Reserved.

米国で起こったオピオイド危機をきっかけに、スイスの一部の医療専門家はオキシコドン(オピオイド系鎮痛剤)を含む薬物の過剰処方について警告を発している。専門家はまた、スイス当局に対し、中毒リスクを抑制する措置を講じるよう訴える。

この記事は2019年10月31日に英語版で配信された記事を翻訳したものです。

10月、スイス・ドイツ語圏のオンライン雑誌レプブリーク誌とスイス公共放送(SRF)の報道番組「ルンドシャウ」が実施した、麻薬性鎮痛薬オピオイドの過剰投与による中毒や、医薬品がもたらす利益などを調べた調査外部リンクで明らかになった。

スイスでは、オピオイドの使用と依存症が増えている。ファーマ・スイス外部リンクによると、医院、薬局が処方したオキシコンチン(鎮痛薬の一種)を含むオピオイド系医薬品は10年前に比べて3倍以上に増えた。2013~2018年の間に、国内でオキシコドンの売上は倍増した。

スイス当局と製薬の専門家は危機のリスクを軽視している。両者は、オピオイドの広告と処方に関する規制は米国よりもスイスの方が厳しいと主張する。

しかし、調査によると、一部の医療専門家は、国内のオピオイドをめぐる現状を「危機的」と表現。オキシコドンに依存するスイス人が増えていると話す。

ベルンにあるサーレム病院のマルティン・サイラー医師はレプブリーク誌に「患者はこの薬の服用量を増やそうとする。ほぼ致死量に達するまで」と明かした。

ニーズを正当化

医薬品認可の規制機関スイスメディックは、乱用防止の追加的措置が必要になるような、オピオイド関連の副作用といった安全性を阻害する新たなシグナルはないという。

2014年以来、スイスメディックは10個の新しいオキシコドン含有薬を承認した。今年、9つの薬の延長を承認した。慢性の痛みでオピオイドを投与された患者の10〜15%が中毒になると試算される。アルコールとほぼ同じレベルだ。当局は、2018年にオキシコドンが原因で2人が死亡したと報告した。

スイスメディックはまた、このクラスの強力な鎮痛剤は、主に緩和ケアに使用されると主張する。

しかし、取材に応じた医師は、痛み緩和のため、オピオイドの処方を希望する患者が前より増えていると明かす。

「過去6年間の私の診療時間で、以前よりもはるかに多くの患者が、この活性成分を含む薬を服用したいと病院に来る。1日の投与量も過去3年間で増えた」とサイラー医師は話す。オキシコドンが軽い痛みのためにあまりにも頻繁に、そしてすぐに処方されることに懸念を抱いているという。

米国のオピオイド危機をめぐり、製薬業界を相手取った訴訟が2600件ある。「オキシコンチン」メーカーのパーデュー・ファーマだけでも、この薬剤のリスクに関して、公衆に誤解を与えたとして1000件以上の裁判がある。

責任転換

スイスメディックの広報担当ルカス・ヤッギ氏によると「オピオイドを賢く使用し、患者にリスクを知らせるのは担当の医師の役割だ」。

バーゼル大学病院のシュテファン・クレヘンビュール氏、スイスメディックの顧問も同意見だ。「患者は、薬がどう作用するか、また依存の可能性が高いことについて説明を受けなければならない」

医療専門家の中には、多忙を極める医師にあまりにも大きな責任を負わせると指摘する人もいる。多くの場合、医師は厄介な薬の問題を探して分析し、スイスメディックに報告書を書く時間がない。

インタビューを受けた医師の中には、手術後の最初の数日間のみ、オキシコドンを投与するように注意し、帰宅する患者には処方しなかったと語った人もいた。実際、多くの患者がオキシコドンを名指しで要求したという。

サイラー医師は「腰痛患者にオキシコドンを使用しないことにした」と話す。 「良心やヒポクラテスの誓い(医師の職業倫理に関する宣誓文)と、それ以外のものを両立させることはできない」

スイスリウマチ学会は、医師がオピオイドを慢性痛に処方しないよう勧めている。

サイラー医師は、スイスメディックが何も措置を講じなかった場合、一般市民や政治家からの批判を受けるリスクがあると話し、オキシコドン対策委員会の設立が第一歩だと指摘する。

クレヘンビュール氏は、必要に応じてオピオイド処方レベルのガイドラインの見直しや調整を行い、慢性痛へのオピオイド処方のリスクにも留意すべきだと話す。

オピオイドで富豪にーサックラー家とスイスのつながり

調査では、オキシコンチンメーカー、米パーデュー・ファーマを所有するサックラー家とスイスのつながりにも焦点を当てた。 9月、ニューヨーク州検察は、サックラー家がスイスやその他の隠し口座を使い、10億ドル(約1100億円)を自分たちに送金したと述べた。

バーゼルに登録してあるサックラー財団は、スイス国内の文化イベントも後援している。

パーデューの子会社ムンディファーマは、バーゼルに本社があり、スイスの医療システムに大規模な投資をしている。メディアの特別チームによる専門サイトpharmagelder.ch外部リンクによると、同社は2016~2018年、ジュネーブとベルンの病院などスイスで360万フランを寄付した。

(英語からの翻訳・宇田薫)

人気の記事

世界の読者と意見交換

ニュース

笑顔で握手を交わす閣僚

おすすめの記事

2025年のスイス連邦大統領はカリン・ケラー・ズッター氏

このコンテンツが公開されたのは、 スイス連邦議会は11日、カリン・ケラー・ズッター副大統領兼財務相(急進民主党、60歳)を新大統領に選出した。新副大統領にはギー・パルムラン経済・教育・研究相(国民党、65歳)が選ばれた。

もっと読む 2025年のスイス連邦大統領はカリン・ケラー・ズッター氏
健康保険カード

おすすめの記事

医療費の高騰、依然としてスイス国民の最大の関心事 調査

このコンテンツが公開されたのは、 大手金融機関UBSが12日発表した調査「心配事バロメーター」によると、依然として医療費と健康保険料の高騰が最大の懸念事項だったことが分かった。環境と年金も懸念事項にあがっている。

もっと読む 医療費の高騰、依然としてスイス国民の最大の関心事 調査
連邦工科大学の校舎

おすすめの記事

スイス連邦工科大、留学生の授業料3倍引き上げ決定 25年秋学期から

このコンテンツが公開されたのは、 スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)と同ローザンヌ校(EPFL)が、留学生の授業料をスイス人学生の3倍に引き上げ、2025年秋学期から1学期当たり2190フランにすることを決めた。

もっと読む スイス連邦工科大、留学生の授業料3倍引き上げ決定 25年秋学期から
ベツナウ原発

おすすめの記事

世界最古の原子力発電所、2033年に稼働終了

このコンテンツが公開されたのは、 スイスの電力会社アクスポは5日、世界で最も古いベツナウ原子力発電所の稼働を2033年に終了すると発表した。33年までの運転継続にかかる追加事業費は3億5000万フラン(約600億円)を予定している。

もっと読む 世界最古の原子力発電所、2033年に稼働終了
アルコール検査

おすすめの記事

スイスのドライバー、2割が飲酒運転

このコンテンツが公開されたのは、 欧州など39カ国のドライバーを対象にした調査で、スイスでは2割超が飲酒運転をしたことがあると回答した。

もっと読む スイスのドライバー、2割が飲酒運転
銃口

おすすめの記事

狩猟中の事故で男性死亡 スイス西部

このコンテンツが公開されたのは、 先月29日午後、スイス西部ヴォー州で64歳の男性が狩猟中に死亡した。イノシシを撃とうとした 猟友会のメンバーに射たれた。

もっと読む 狩猟中の事故で男性死亡 スイス西部
サルコ

おすすめの記事

自殺カプセル「サルコ」運営団体代表が釈放 70日拘束

このコンテンツが公開されたのは、 今年9月にスイスで初めて使われた自殺カプセル「サルコ」について、連邦内閣は、当分の間、立法措置は必要ないとの見解を示した。サルコ運営団体は2日、身柄を拘束されていたフロリアン・ヴィレ代表が釈放されたと発表した。

もっと読む 自殺カプセル「サルコ」運営団体代表が釈放 70日拘束
金塊

おすすめの記事

スイス在住長者番付2024 トップはシャネルのオーナー

このコンテンツが公開されたのは、 スイスの金融誌ビランツがまとめた長者番付2024年版によると、スイス在住の富豪トップに輝いたのは、仏高級ブランド・シャネルのオーナー家族の1人、ジェラール・ヴェルテメール氏だった。上位の顔ぶれはほぼ前年と同じだが、香料メーカーのフィルメニッヒ(Firmenich)創業家が初のトップ10入りを果たした。

もっと読む スイス在住長者番付2024 トップはシャネルのオーナー
ポイ捨てされた空き缶と小鳥

おすすめの記事

スイス、ポイ捨て「少ない」8割 アンケート調査

このコンテンツが公開されたのは、 スイス・ポイ捨て防止コンピテンスセンター(IGSU)の年次アンケート調査によると、「スイスでは多くのゴミが適切に処理されていない」と考える人は16%にとどまった。

もっと読む スイス、ポイ捨て「少ない」8割 アンケート調査

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部