中立国スイス ハマスをテロ組織に指定することは本当に可能?
スイス連邦政府が、パレスチナ自治区のガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスをテロ組織に指定する意向を表明したが、実現はそれほど簡単ではない。人道援助や和平交渉、スイスの金融業界に支障をもたらしかねないためだ。
連邦内閣は11日、ハマスによるイスラエル急襲を受け、従来の立場を大きく変更した。声明外部リンクで「連邦内閣はハマスをテロ組織に指定すべきだという立場をとっている。そのための法的選択肢を検討するよう、外務省の中東特別タスクフォース(METF)に指示した」と述べた。
現在、スイスが法律的にテロ集団に認定しているのはアルカイダやイスラム国(IS)関連グループに限られる。米国、英国、カナダ、欧州連合(EU)や日本はハマスをテロ組織に指定している。スイスでは、ハマスをテロ組織に指定する提案が議会に出されたが、すべて失敗に終わっている。
ジュネーブ大学のマルコ・サッソーリ教授(国際法)はswissinfo.chに対し、「現行法では、国連安全保障理事会がハマスをテロ組織に指定した場合に限りスイスも指定できるが、国連はまだ指定していない。このためスイスは、議会で特別法を制定する必要がある」と解説した。
それでも永久禁止になる可能性は低い。アルカイダといわゆる「イスラム国」が国連によってテロ組織に指定されているという事実にもかかわらず、スイス政府はそれらに対して一時的な禁止令しか制定できず、数年ごとに更新する必要がある。
スイスの情報機関法外部リンクは連邦政府にある組織をテロリストとして分類し、「禁止」する権限を与えている。テロ組織に詳しいアイリーン・クレイデン弁護士によると、禁止対象に加わると例えばハマスのプロパガンダ行為が厳罰化される。犯罪や暴力を公然と扇動すること自体は、それがテロ組織の名の下に行われたかどうかにかかわらず処罰の対象となるが、ハマスがスイスで禁止されれば、最高5年の懲役刑の対象になる。禁止されている組織を人員・物資面で支援したり、宣伝キャンペーンを組織したり、広告を出したりする者も、訴追の対象となる。ハマスが禁止されれば、スイスは国外での行為であってもメンバーを処罰することができる。
人道上の懸念
スイスは、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)と30の現地NGOに年間約2千万フラン(約32億8千万円)を拠出している。NGOへの拠出額は500万フラン(2022年)に上るが、サッソーリ氏はこれらすべての組織がハマスと無関係であると保証するのはほぼ不可能だとみる。
「誰もがハマスによる攻撃を非難するが、彼らは依然としてガザ地区を支配している。そこに食料や医薬品を届けたり子供たちを助けたりしたいなら、ハマスと対話しなければならない。ヘリコプターで飛び入ることはできない!」
EUは2003年にハマスをテロ組織に指定したが、その後もパレスチナ人への援助を送り続けている。テロ組織への指定は何度も法廷で争われたが、いずれも訴えは退けられた。だが直近の攻撃を受け、EUはパレスチナ支援の見直しを迫られている。
ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長は11日外部リンクの声明で、「パレスチナ人に対するEUの人道的支援に疑問の余地はない。だがパレスチナに対する財政援助は慎重に検討することが重要だ。EUの資金がハマスやテロ組織に使われたことは一度もなく、今後もあり得ない。EUは今後、現場の状況の変化を踏まえてポートフォリオ全体を再度見直すことになる」と述べた。
一方、スイスがパレスチナ援助とハマスのテロ組織指定を両立するのは、EUよりも難易度が低いと言える。
サッソーリ氏は「もしスイスがハマスをテロ組織指定する特別法を制定するのであれば、『市民に対する真の中立的・人道的奉仕』に関する例外条項を設ける必要がある。テロ支援活動を違法とするスイス刑法にも、そのような例外条項が存在する」と説明する。
「犯罪組織またはテロ組織」を支援した場合の罰則を規定する刑法第260条外部リンクは、「1949年8月12日のジュネーブ条約の共通第3条に従って、赤十字国際委員会(ICRC)などの公平な人道団体が提供する人道的サービスには適用されない」という免除条項がある。
だがスイスの金融システムを通じてパレスチナの困っている人たちに資金を供給するのはもっと厄介な問題だ。
サッソーリ氏は「人道支援を例外扱いにしたとしても、間接的に資産凍結のような帰結をもたらすだろう。どの銀行も、テロ指定された組織が経営する場所に送金することはない」と指摘した。
スイス銀行協会(SBA)の広報ロバート・ライネッケ氏は、スイス金融業界にとってレピュテーション(評判)と誠実さは重要な要素だと強調する。「近年、マネーロンダリング(資金洗浄)対策を継続的に拡大・強化してきた。資金洗浄や金融犯罪を防止するために、銀行には包括的なデューデリジェンス(査定)と報告義務が課されている」
平和構築も危機に
ハマスをテロ組織と認定すれば、中東での仲介・メッセンジャーとしてのスイスの役割にも影響しそうだ。スイスは中立国として、中東地域で信頼できるパートナーとみなされている。エジプトとカナダでイランの利益代表、イランにおける米国の利益代表を務め、サウジアラビアとイラン、またジョージアとロシアではそれぞれ互いの利益代表を担っている。
連邦内閣は2021年の質問主意書外部リンクに対する回答で、スイスとイスラエルおよびハマスは良好な関係にあると述べた。「この文脈における包括的な接触と仲介政策は、特に有事において米国やEUなど主要国に評価されている。イスラエルはまた、ハマスとの接触についてスイスから定期的に報告を受けている」
サッソーリ氏はスイスがハマスを禁止すれば、中東におけるスイスの外交的価値は打撃を受けるとみる。
「イスラエルの人質を巡り米国との交渉が続き、トルコとカタールも関与している。スイスが法律でハマスをテロ組織とみなすなら、スイスがそうした交渉で役割を果たすことは困難になるだろう」
英語からの翻訳:ムートゥ朋子
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