ツーク州の州都ツークは昨年7月から、官公庁として世界で初めて仮想通貨を受け入れている。初の半期決算は、ぱっとしない結果だった。
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スイス中部の小都市ツークは、金融サービスや資源取引の大コンツェルンが立地することから、海外でニュースの見出しを飾ることも少なくない。それでも昨年7月に起こったことは、ドルフィ・ミュラー市長(社会民主党)を一時唖然とさせた。独誌シュピーゲルや米紙ニューヨークタイムズから米NBCニュース、CNNに至るまでが一斉に、米シリコンバレーではなく中央スイスで官公庁が仮想通貨・ビットコインを受け入れたと報じたためだ。ミュラー氏はその半年後となった今でも、「あれは一流のマーケティングの成果だった」と、予想外に思惑が大当たりした喜びを語っている。
年末までの試験的運用で、実質的に大きな変化はなかった。概観できる限り、2016年7月以降、ツークの住民登録所で住民登録料の支払いに使われたビットコインは1ダースほどだ。それでもツークは、年末まで予定していた試験的運用の延長を決定。今のところ民間の追随者も現れていないにも関わらず、である。自らを「クリプトバレー(暗号の谷)」と呼ぶツークで、一般市民が仮想通貨を利用できるのは現在、住民登録所の他に歯医者が1軒と、最近になって加わった信託事務所1軒に限られている。
仮想通貨関連用語:
フィンテック:
ファイナンス(Finance)とテクノロジー(Technology)の二つを組み合わせた造語。金融に関わるさまざまな業務や処理を利便化し、ビジネスの拡大を図るIT技術を指す。
ブロックチェーン:
ビットコインを支える中核の技術として、ビットコインとともに生み出されたアイデア。インターネットで繋がった複数のコンピューターで、取引の記録を鎖(チェーン)のように継ぎながら共有する仕組みで、改ざんが難しく安全性が高い。処理が速く低コストで済み、他にも応用できる可能性から、金融や流通、契約等の分野で注目が集まる。
ミュラー市長自身、ビットコインの導入が市民の役に立つとは考えていない。重要なのは、試験的導入がセンセーショナルな形で報道されたおかげで、多数の問い合わせがあることだという。実際、ツーク市役所の職員はシュパイヤー行政大学を含む多くの会議や講演に招かれた。特に、ツーク界隈のフィンテック業界(※右インフォボックス参照)のスタートアップ企業との関係も強まった。「彼らとの対話で、このままこの道を歩む勇気を得た。デジタル化や電子政府はこの先数年、官公庁の中心的なテーマとなるだろう」とミュラー氏は強調する。
強まる信頼性
「市場への強いシグナル」だ。ニコラス・ニゴライスン氏は今回の試験的運用および市役所の決断、他の業務執行にも拡大しようとする動きをこう評価する。同氏は最初にツーク州に本拠を置いたブロックチェーン企業(※右インフォボックス参照)の一つ、ビットコイン・スイス社の社長で、「ツーク市とツーク州は我々の味方だ。仮想通貨が信頼性を得るのに貢献している」と語る。
具体的には、ツーク市役所はトゥイント(Twint)やアップルペイなどその他の電子決済を役所の業務に取り入れることを検討している。大きな第一歩に続き、小さな第二歩が来るともいえそうだ。ブロックチェーン技術に基づく仮想通貨はツークにとって引き続き興味深い存在である。支払い手段に始まり、公共部門での使用手段が試されている。
ツーク行政に比べると非常に慎重なのがスイスの銀行で、仮想通貨を受け入れもしなければ、こうしたビジネスで活動する企業と、取引関係に持ち込みもしない。だがビットコインの先駆者、ニゴライスン氏は17年に状況は変わると楽観的だ。「ブロックチェーン技術がとても興味深いにもかかわらず、銀行勢はまだ懐疑的だ。だがそれが変わるのは時間の問題だ」。同氏はツーク州立銀行がクリプトバレーの銀行になるのに、ツーク州が同行の筆頭株主として貢献してくれると期待する。
疑い深いチューリヒ
興味深いのはチューリヒとツークの2都市の対照性だ。チューリヒではビットコインがツーク湖畔のクリプトバレーよりもいくらか普及している。これまでに、30の店舗やサービスがビットコインを決済手段として受け入れた。一方でチューリヒ市議会はこれに無関心で、ツークの例を追おうともしない。実際、自由緑の党2議員の質問への回答では、仮想通貨に対する大きな疑念をのぞかせた。回答で市議会は、住民の信頼を貴重な財産とみなしており、「悪用や損失のリスクをもたらす仮想通貨」に手を出すことは、こうした良い評判を失いかねないとの考えを表明した。つまり、チューリヒはツークの展開を様子見し、時間をおいてから評価したいと考えているのだ。
金融センターであるチューリヒの市議会は、短・中期的には仮想通貨が突如日常的に使用されるとは見込んでいない。チューリヒはこれまで仮想通貨の利用に向けた戦略も適切な予防措置も講じていない。ビットコインやその他の仮想通貨の存在感が高まり、法的な位置づけが明らかになった場合には、比較的限定的な使用でチャンスとリスクを慎重に考量した後に着手する、と市議会は回答で確認した。他の都市でも仮想通貨の件で攻勢は知られていない。すなわち、当面はツークが唯一の先駆者であり続ける。
(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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2017年施行の新法 養育費、銀行機密、「スイス・メイド」
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スイスでは2017年から新法が多分野で施行される。別居中の両親、犬の飼い主、銀行家、国内の製造業者など、その影響は広範囲に及ぶ。
養育費
両親が入籍しておらず、かつ別々に暮らしている場合でも、子どもにかかる生活費および養育費はその両親が負担する、と定めた新法が今年施行された。スイスではこれまで、未婚の両親との間に生まれた子どもの生活費を父親(または、父親がもっぱら子どもの面倒を見ている場合は母親)が負担する義務はあったが、養育費(保育料など)を支払う義務はなかった。だが今月1日にこの新法が施行されたことで、子どもと別れて暮らす親は、入籍していたか、していなかったかに関わらず、子どもの生活費および養育費を支払わなければならなくなった。
さらに新法では、離婚する二人の間で企業年金がより平等に分割される。子どもの面倒を見るために働けず、企業年金への掛け金が少なかった元配偶者に配慮するためだ。
この法律の狙いの一つは、シングルマザーの救済だ。同法が連邦議会で議論された際、引き合いに出されたのは「2009年に生活保護を受けている一人親世帯の割合は16.9%で、そのうち95%以上が子どものいる女性」という統計だった。
銀行情報交換
タックスヘイブンで名高いスイスで、銀行口座の情報を各国間で自動的に交換するための国際条約(税務行政執行共助条約)が2017年1月1日から発効された。これに伴い、スイスは同条約に基づいて自動的に締約国と金融情報の交換を行うことになり、国際基準がこの国にも適用される形となった。
同条約は経済協力開発機構(OECD)および国際的な金融産業が策定。スイスは、特定の国の出身者が所有するスイスの銀行口座に関する金融情報を、早くとも2018年から締約国と交換することになる。
スイスネス
今年1月からは他にも、「メイド・イン・スイス」の名称やスイス国旗の白十字デザインの使用に関して規制を強化する「新スイスネス法」が施行された。この法律では「スイス・メイド」と表記できるための条件が明確に記されており、国内の産業界は「スイスの競争力をそぐものだ」と反発している。
新スイスネス法では、植物性および動物性の農産物に関しては、スイス・メイドのラベルを使用するには100%国産でなければならない。食品では、原料の8割は国内で生産されたものでなければならない。しかし、水やコーヒー、チョコレートなどの製品には例外が設けられている。
工業製品においては、生産コストの少なくとも6割は国内で発生しなければならず、スイスの時計製品がそれに当てはまる。
その他の変化
緊急要員:ボランティアで働く消防士やレスキュー隊員は、非番の際、適度に飲酒した後でも現場に駆けつけてもよいことになった。新法では、血中アルコール濃度が0.5%以下であれば出動が認められる。それ以前は0.1%に制限されていた。連邦運輸省道路局はこの法律で、非常時に駆けつけられる地域のレスキュー隊員が増えることを期待している。
犬の飼い主:これまで犬の飼い主に義務付けられていた、犬の飼育に関する理論および実践コースへの参加は、国レベルで免除されることになった。しかし、州は飼い主に対し、コースの参加を引き続き義務付けることができる。
スイスの森:森に関する法律が改正されたことで、林業従事者は国の助成金を受け、木材を販売しやすくなることが期待される。疫病から森を守り、気候温暖化に対処し、木材の使用量を増やし、木の伐採に携わる作業員の安全環境を改善することが法改正の狙いだと政府は主張している。
エネルギーラベル:自動車には今後、燃費および二酸化炭素(CO2)排出量に関するエネルギーラベルが表示される。消費者の環境に対する意識向上に繋がることが期待される。
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スイスフラン・ショックから2年 いまだ回復途上のスイス経済
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スイス国立銀行(中央銀行)による、フランの対ユーロ上限撤廃を発端とした金融ショックから少しずつ回復しつつあるスイス。しかし、工業、観光業、小売業など、経済の鍵を握る主要産業の一部ではフラン高による厳しい状況が続いている。
2015年1月15日、午前10時29分。為替レートは、3年半前からほぼ変わらない1ユーロ=1.2スイスフランだった。だがその1分後、激震が走った。スイス中銀がフランの対ユーロ上限の撤廃を決めたのだ。これはフランの対ユーロでの高騰を防ぐため、11年9月に導入された対策だった。
市場は恐慌状態に陥った。数分のうちにユーロはフランに対して暴落し、史上最低の0.85フランまで下落した。その後数カ月で、対ユーロの為替レートは1.05〜1.08フランで安定した。これは特に、フランが再び高騰しないよう外貨買い戻しの政策をひっそりと続行していたスイス中銀の介入のおかげだった。
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