傷をなめ合うスイス・中国の証券市場 対欧米関係の悪化で
欧州連合(EU)の証券取引市場から締め出されたスイスは、新たなドル箱を発掘した。中国企業による重複上場だ。
スイス証券取引所を運営するSIXグループは先月、1~6月期にグローバル預託証券(GDR)を使って上場した中国企業が5社に上り、総額約12億ドル(約1700億円)を調達したと発表外部リンクした。直近では電子製品メーカーの昆山東威科技が6月にスイス上場を果たし、さらに30社が検討中だと報じられている。
中国企業の上場はスイス証券取引所の売買高を押し上げる起爆剤となる可能性がある。スイス・EUの2国間条約交渉がこじれた余波で、2019年以降スイス証取はEU企業の株式の取扱いを禁じられているためだ。
ただGDRを使った上場の仕組みが、スイスにとって本当にカネのなる木なのかどうかはまだ証明されていない。
両国の金融規制の差を埋めるため、SIXは中国企業に対しGDRによる重複上場を認めている。GDRは発行後120日後に上海か深圳の上場株に転換できることを示す証明書だ。投資家がGDRを証券取引所で売買すれば、取引所の新たな収益源となる。
だが投資家の間でまだ普及しておらず、取引量(流動性)が増えない。取引所にとっては稼ぎの少ない商品だ。
投資家はGDRの4~7割をスイス証取から回収し、中国上場の普通株に転換した。
GDRは普通株より割安で発行される。投資家はこの差額から利益を得る。
チューリヒのヴィッシャー法律事務所のクリスチャン・シュナイター氏はswissinfo.chに「近い将来、GDR市場の流動性が高まるかどうかはまだ分からない」と語った。同社はスイスにGDRで上場したい中国企業への助言を手がけている。
今後の取引増加に期待
SIXグループは、トレーダーが慣れればGDRの取引量が増えると期待を寄せる。
シュナイター氏も、中国のコロナ規制解除とともに明るい兆しが見えてきたとする。中国企業が自社やGDR投資を宣伝するためにスイスに出張できるようになったためだ。
中国建設銀行チューリヒ支店の龔偉運マネージング・ディレクターは
スイスの金融系通信社AWPで「(GDRを発行する)企業やその活動、市場シェア、成長率は欧州の投資家にほとんど知られていない。投資家が中国企業にもっと詳しくなり、入手できる情報の量が増えれば、GDRの取引量は確実に増えるだろう」と語った。
ウィンウィンの関係?
SIXへの重複上場を促進するために2022年7月に立ち上がった「中国・スイス間ストックコネクト外部リンク」は、理論上は企業・投資家の双方にとって有益なプログラムだ。中国企業は欧州の投資家から資金を調達しやすくなり、欧州投資家は中国投資によりポートフォリオ(保有資産)を多様化できる。
世界中で新規株式公開(IPO)が低迷する中、中国市場だけは盛況を見せている。SIXはこの機を利用し、仲介役を引き受けて収益を生み出したいとの考えだ。
国際会計事務所アーンスト・アンド・ヤング(EY)が昨年末に発行した報告書によると、2022年に世界で上場した企業の数は前年比45%減った。米国や欧州では新規株式公開(IPO)件数が大幅に減少したが、中国は安定していた。この結果、世界のIPO市場に占める中国のシェアは55%と、前年の28%から大きく増えた。
EYは「2022年のスイス証券取引所は主に中国企業のGDRで成り立っていた」と総括した。同年スイスに上場した13社のうち8社が中国企業だったという。
SIXの広報担当ユルク・シュナイダー氏はswissinfo.chにこう説明した。「コロナ禍は世界のサプライチェーンの脆さを浮き彫りにした。将来また供給が寸断されるリスクを最小限に抑えるため、現地に生産拠点を構えたい企業が増えている。GDRはそうした企業の資金調達手段として機能する」
米中関係の悪化も背景に
スイスで中国のGDRが取引されるようになったのは、米中関係が悪化した時期と重なる。米国では米預託証券(ADR)も登場した。
中国が昨年12月、ADR発行企業に対する米国の監査を受け入れると発表し、事態は改善する兆しも見せた。だが複数の中国企業が米国市場からの撤退を決めた。
預託証券とは
預託証券は、企業が自国以外の株式市場や監査規制の異なる国で資金を調達する場合や、外国人投資家による株式の直接保有が制限されている場合に利用される金融商品。
国際企業の普通株式を表象する証書であり、越境取引を簡素化し為替リスクを軽減する手段として注目されている。
米証券取引委員会(SEC)によると、米国預託証券(ADR)は1927年に初めて発行された。その後、欧州預託証券(European Depositary Receipt)、グローバル預託証券(Global Depositary Receipt)も登場した。
スイスは中国企業への監査を要求していない。ストックコネクト制度に基づき、中国の会計・監査ルールを全面的に受け入れている。
SIXグループのヨス・デェセルホフ最高経営責任者(CEO)は、厳しすぎる会計基準はかえって不正行為の温床になるとの立場を取り、スイスは中国企業に甘すぎるとの批判を一蹴する。
一方で、中国の不正リスクがゼロではないことは認識している。今年2月、日経アジア外部リンクとのインタビューで「ある会社が破産し不正行為が発覚したら、このシステムは恐らく消滅するだろう」と語った。
中国は英国やドイツともストックコネクト制度を結んでいるが、今年6月までの英国への上場は5件、ドイツは0件と低迷気味だ。
ヴィッシャー法律事務所のシュナイター氏は「上場先の選定には、政治的な状況も考慮する場合がある。スイスが政治的な中立国であるという事実は、一定の役割を果たしているかもしれない」と話した。
スイスはEUによる対ロシア制裁に足並みをそろえてはいるものの、自発的な制裁は発動していない。スイス製武器のウクライナへの再輸出を繰り返し拒否し、中立国の体裁を保っている。
中国の審査見直しに警戒
ストックコネクト制度が成功したとの判断を下すには、まだ乗り越えるべき課題が残る。中国はGDRの普通株式への転換を迅速化するため、重複上場の承認方法を見直している。
中国による審査は新たなGDR上場へのボトルネックになっている。SIXグループは「いくつかの要素を明確にしなければならない」ため、見直し作業がストックコネクト制度に与える影響を判断するのは時期尚早だと述べた。
シュナイター氏は、新規則により中国で承認までにかかる審査期間が長くなると予想する。「どれくらい延びるかはまだ分からない」と話した。
編集:Reto von Gysi、英語からの翻訳:ムートゥ朋子
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