パートタイム率の高いスイスで敢えて週休3日に挑む意義は
先進各国で週休3日制を取り入れる企業が出てきた。正社員のパートタイム労働が普及するスイスでは実質週休3日で働く労働者も多いが、あえて全社的に労働時間を減らす企業も登場している。
スイス中央部、ソロトゥルン。繁華街の外れにあるIT企業「seerow外部リンク(シーロウ)」では3人の従業員がパソコンに向かっていた。広々としたオフィスにはくつろげるソファやテレビゲーム、テーブルサッカーが置かれ、ゆったりとした空気を醸し出す。
ウェブサイトやアプリ開発などを手掛ける同社は従業員10人の中小企業だが、昨夏、全社的な週休3日制を試験導入すると発表してスイス国内の注目を集めた。試験期間は10月1日から半年間で、会社は週5日営業するが、社員は全員週休3日を取る。給与は据え置きで、週5日分出る。
「時間というファクターが業績とどれくらい相関しているのか。それを常々考えていたが、最終的に何かを変えるべきだという結論に達した」。創業者兼社長のファビアン・シュナイダー氏はswissinfo.chの取材で試験導入に至った動機をこう説明する。もともと従業員の半数は80%勤務、つまり週4日労働の契約で、彼らが十分な生産性を維持・向上できることは分かっていた。「それが週休3日制を導入しようと決めた理由の1つだ」
カギは情報共有
「現時点の業績には満足しているし、ワーク・ライフ・バランスの改善で生産性が向上した」(シュナイダーさん)。このため3月末までの試行期間後も週休3日制を続ける方針だ。最も工夫が必要だったのは、「情報を1人に独占させない」こと。月曜に休む人は、金曜の退勤前に未完了のタスクなどを報告し、引き継ぎに支障が出ないようにする。
かと言って会議に費やす時間が増えたわけではない。毎朝9時から始まるミーティングでは進捗状況や直面している問題などについて伝え合うが、具体的な説明は担当者だけと個別に話す。ビジネスアプリ「スラック」も情報シェアに多用している。
こうした工夫は「効率性を上げるためにはいずれにしろ必要だった。それが週休3日の導入で強制的にやることになっただけ」、とシュナイダーさんは話す。社員は時として仕事上の存在感を示そうと、情報を独占して何でも1人でやりたがる。「それは短期的には効率がいいが、長い目で見れば非効率的で危険なことだ」
給与はフルタイムと同じ
入社2年目のUXデザイナー、ヤン・ブロートベックさんは従前から80%(週4日)勤務の契約で働いていた。昨年10月以降、勤務日数は変わらないが給与がフルタイムと同じ水準へ「昇給」に。ブロートベックさんにとって余暇時間は大事だったが、それでもより高い収入を得るために100%で働くべきなのか、思い悩むことがあった。「そんな自問自答から解放された」ことは、1つのモチベーションになった。
空いている日は趣味や習い事に使っている。それは前と変わらないが、「自分だけが怠けているような罪悪感がなくなった」ことは労働意欲を高めた。休日に仕事とは関係のないデザイン制作にも取り組むなど、創作意欲も上がったという。
パートタイム制が普及
だが週休3日制を取り入れる会社はスイスでは極めてまれだ。前出のシーロウのほかには、アールガウ州アーラウのグラフィックデザイン企業「a+o事務所外部リンク」が2017年に週休3日を取り入れた例しかない。
大企業では皆無だ。製薬大手のノバルティスはswissinfo.chに対し、「週休3日制は生産性の観点から見ればニュートラルだ」とメールで回答した。従業員1人当たりの生産性が上がらない限り、会社にとっては追加の従業員雇用やトレーニングにかかる費用が負担となるという。同社は社員の生産性向上策として、働く時間や場所を個人の責任で決められる制度を20年6月に導入した。
ロシュでは「パートタイムや在宅勤務とのハイブリッド勤務、年間を通じた労働時間調整など、柔軟な勤務体制を整えている」。スイスのパートタイム労働は、実質的に選択的週休3日制として機能している。スイス連邦統計局外部リンクによると、男性の11.8%、女性の35.5%が50%以上90%未満(週2.5日~4日勤務)で働く。
パートタイムは労働時間が少ない代わりに給料も比例して減る。だが一定水準以上は有給休暇や産休、病気休暇の取得が可能で、納税や基礎年金、雇用・障害保険の対象にもなる。年収2万1510フラン(約270万円。2021年時点)以上は年金制度の第2の柱である企業年金にも加入することになる。保険の専門家は、将来十分な年金を受け取るためには最低60~70%勤務するよう推奨する。
スイスのパートタイム労働比率は国際比較でも高い。経済協力開発機構(OECD)外部リンクによると、労働時間が週30時間未満の労働者の割合は男女合計で24.4%と、オランダ(28.1%)に次ぎ欧州で2番目に高い。平均の給与水準が高いため、労働時間に応じて収入が減ってもある程度生活を保てることが背景にある。一方、高い保育料や学校に給食がない文化のため、育児を担う母親がパートタイムで働かざるを得ない面もある。
人材会社アデコでは自社員の80%が週4日勤務だが、「人材サービス業として、顧客とその労働時間に合わせて営業するため」(広報担当のアナリッサ・ジョブさん)、全社的な週休3日制は導入の余地がないという。
世界で注目高まる
世界では週休3日への取り組みが進む。特にアイスランドが昨年7月、国家的に実施した週休3日の実験で、大半の職場で生産性やサービスの質が維持・向上されたと発表外部リンクし、国際的に注目された。人民日報によると、中国では政府系シンクタンクの社会科学院が2018年、労働時間の削減や観光刺激策として週休3日の推進を提唱した。
日本は昨年7月、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)外部リンクに選択的週休3日の導入促進を盛り込んだ。少子化に伴う労働力不足で、育児・介護などに合わせて柔軟な働き方を広げる必要がある。塩野義製薬は2022年度から希望する社員が週休3日を選べるようにする。従業員に大学院での学び直しや資格取得を促し、企業のイノベーション力を高める狙いがある。ヤフーやみずほフィナンシャルグループなど大企業も選択的週休3日を導入している。
潮目に変化?
スイスでは歴史的に、国民自身が労働時間の短縮に消極的だった。2012年3月には4週間の法定有給休暇を6週間に引き上げるイニシアチブ(国民発議)が国民投票にかけられたが、66.5%の反対で否決された。
スイスの経済団体エコノミースイスのチーフエコノミスト、ルドルフ・ミンシュ氏は、無料紙20.minのウェブ版で「少ない労働時間で同じ給料というのは幻想であり、あり得ない」と述べた。労働時間を一元的に規制するのは「スイスらしくない」とも切り捨てる。
一方、変化の兆しもある。社会民主党のタマラ・フニチエロ下院議員は昨年12月、収入を維持しながら労働時間を35時間に減らせるよう、必要な対策を取ることを連邦内閣に義務付ける内容の動議を議会に提出した。
労働組合団体のウニアは同月、低・中所得層の賃金を維持したまま労働時間を「大幅に削減」するよう求める決議文をまとめた。ウニア政策部のミリアム・ブルナー氏は「技術進歩やデジタル化のおかげで生産性は向上しているが、それによって得た利益の大半は企業が享受している」と、swissinfo.chに話した。全社的な週休3日制は「生産性向上の利益を従業員に再分配する方法の1つだ」
スイスで週休3日制の経済効果に関する研究は進んでいないが、賃金を減らさずに余暇時間を増やすことができれば、理論的には消費を押し上げる効果がある。社会全体にとっての効用はパートタイムに比べて大きいのかどうか。シーロウなど先行企業の実例が注目される。
(編集:Reto Gysi von Wartburg)
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