リベリア内戦の戦争犯罪、スイスがフィンランドの裁判から学べることは?
逮捕から5年余りを経て、リベリア反政府組織の元リーダーが現在、戦争犯罪の罪に問われスイスで公判中だ。歴史的な裁判として注目されたが、フィンランドでは類似の手続きがはるかに速いペースで進んだ。フィンランドの裁判所のやり方はどう違ったのか?スイスアプローチの方がより効率的だったと言えるだろうか?
1990年代から2000年代初頭にかけ西アフリカのリベリアと隣接国シエラレオネで起きた、両国がそれぞれ密接に絡む内戦は同地域を荒廃させた。これらの内戦は数十万人の死者と数百万人の難民・避難民を出した。また、民間人の手足の切断、組織的なレイプ、カニバリズム(食人)、子供の拉致、少年兵の使用といった残虐行為が目立った。
リベリアには内戦中に起きた戦争犯罪の犠牲者のための国内法が無いため、非政府組織(NGO)が、スイス、フランス、フィンランド、ベルギーをはじめとする外国で、「普遍的管轄権」(下記の囲み参照)の原則に基づいて提訴できるよう犠牲者を支援してきた。
スイスとフィンランドの裁判はどちらも、ジュネーブを拠点とするスイスの人権NGOシビタス・マキシマ外部リンクが、リベリアのパートナーであるグローバル・ジャスティス・アンド・リサーチ・プロジェクトとともに後押しした。戦争犯罪と人道に対する罪の容疑が発生してから20年近くを経て、リベリア反政府組織の元リーダー、アリュー・コシア被告がスイスで裁判にかけられている。時を同じくして、シエラレオネの反政府組織、革命統一戦線(RUF)の元司令官ジブリル・マッサコイ外部リンク被告がフィンランドで公判中だ。
シビタス・マキシマのアラン・ヴェルナー代表は、どちらの裁判も歴史的だとし、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の最中に、あらゆる安全対策と予防措置を講じて進められていることは喜ばしいと話す。同氏は「内戦終結から現在までの約20年間、リベリアの戦争犯罪容疑者に対する裁判は、リベリアでも他国でも行われたことはなかった。これが初めてだ」とし「リベリアにとっても、その地域全体にとっても重要なことだと思う」と語った。
スイス史上初の裁判
スイスでも初めての裁判だ。スイスの非軍事裁判所が国際犯罪を審理する初のケースになる。14年11月以来、スイスで勾留されているコシア被告は、1989~96年の第1次リベリア内戦中に民間人の殺害や残虐な扱い、レイプ、少年兵の募集を命令したなどとしてさまざまな罪に問われている。
当初は20年4月に公判を開始する予定だったが、新型コロナのパンデミックの影響で延期されていた。12月にようやく始まった公判は2つのパートに分けられた。最も重要なのは、現在進行中の、リベリアから飛行機で連れてこられた約15人の被害者や目撃者の証言だ。
同時に、フィンランドでも類似の裁判が始まった外部リンク。マッサコイ被告は1993~2003年の間にリベリアで戦争犯罪と人道に対する罪を犯したとして起訴されている。シエラレオネのRUFの指導者には、(シエラレオネにおける犯罪について)戦争犯罪者として有罪判決を受けたチャールズ・テイラー元リベリア大統領が率いる当時の政府と密接な関係にあった者がいた。マッサコイ被告は、18年に始まった捜査によって、20年3月にフィンランドで逮捕された。
このように複雑な普遍的管轄権にある事件が記録的な速さで裁判に持ち込まれただけではなく、フィンランドの裁判所はリベリアに赴き、現場を訪れ外部リンク、証言を得るという革新的なアプローチをとった。同裁判所は今も現地にいる。次はシエラレオネで被害者や目撃者の話を聞く予定だ。
普遍的管轄権の下で、国家は、国際犯罪(集団虐殺、人道に対する罪、戦争犯罪)が起きた国や加害者の国籍に関係なく、自国で加害者を起訴することができる。これらの犯罪は最も深刻な犯罪とみなされているため、時効が無い。
普遍的管轄権に基づく裁判は、複雑で、アクセスが困難な遠く離れた場所での捜査が必要になることもある。しかし、スイスの人権NGOトライアル・インターナショナル外部リンクが発表した最新の「普遍的管轄権年報」によると、このような裁判は世界中で増加傾向にあるという。欧州では、特に当該国に国際犯罪に関する国内法が無い場合に、普遍的管轄権の原則に則って国際犯罪を起訴する国が増えている。シリアやリベリアはまさにそうしたケースだ。
スイスは11年に普遍的管轄権の原則を国内法に盛り込んだ。捜査を担当するスイス連邦検察庁で進行中の複数の事件のうち、14年11月にスイスで逮捕されたリベリア人のアリュー・コシア被告の事件が最初に公判にかけられた。スイスはまた、17年11月に逮捕したガンビアのオウスマン・ソンコ元内相を公判前勾留しており、連邦検察庁が人道に対する罪と拷問の罪の容疑で捜査している。
NGOによると、スイスはスピードアップする必要があるという。連邦検察庁は戦争犯罪捜査のための予算と人員が諸外国と比べて不足しているとされる。特にフランスやドイツは、一部の事件について合同捜査本部を立ち上げている。
スイス的保守主義
2つの裁判は同時に行われているため、比較されがちだ。スイスのNGO「ツバメ財団外部リンク」のウェブサイトjusticeinfo.net外部リンク(透明性確保のため付記するが、筆者も同サイトにも寄稿している)の編集者ティエリー・クルヴェリエ氏は、裁判の成果を比較するには時期尚早だとしながら、公判前段階ですでに「2つの異なる手法とスピード」が目立っていると指摘した。
フィンランドが捜査開始から約2年半、マッサコイ被告の逮捕からわずか1年で公判に持ち込んだ一方で、スイスはコシア被告の事件にもっと長い時間をかけている。さらに、フィンランドの捜査官は何度もリベリアを訪れているが、スイスの捜査官は一度も訪れていない。フィンランドの裁判所は現在、裁判の重要な部分をリベリアで行っている。フィンランドの裁判所を追って現在リベリアにいるクルヴェリエ氏は、「このことはスイスにとって少し恥だ」と話す。「少なくとも、スイスの遅れとリベリアで捜査はできなかったという主張は大いに疑問視される」
これに対し、捜査と起訴を担当したスイス連邦検察庁は、「法的枠組みや制度が異なるため、他国との比較は控える。一般論として、連邦検察庁は国家レベルや国際法廷レベルで国際刑事法の動向を注視している」と回答した。
フィンランドモデル?
遅いのはスイスだけではない、とクルヴェリエ氏は指摘した。ベルギー外部リンクもリベリアでの戦争犯罪に関する事件を抱えているが、捜査の開始から7年近く経った今も裁判が始まっていない。18年に逮捕したリベリア人を捜査するフランス外部リンクだけが、フィンランドのように現地で捜査を行っている。
スイスの裁判に出席しているヴェルナー氏は「国それぞれのアプローチがある」と言うが、フィンランドの訴訟手続きが「最先端」で「スピードと効率の模範」であることには同意する。また、現場に赴くことで事件の理解を深めることができるとも話す。
クルヴェリエ氏によると、現地訪問はフィンランドの当初からのアプローチだったという。これにより、フィンランドの裁判所は自分たちが扱っている現場や現地の生活環境を感じ取ることができるようになった。リベリアでの最初の1週間、フィンランドの裁判所はリベリアの最北端、シエラレオネ国境近くの犯行現場を訪れた。戦争の証拠は消えてしまっていたが、リベリアの首都モンロビアで証人約50人の聴取を開始するにあたり、この経験が対処している事件への理解を深めるうえで役立ったという。
リベリアへの影響
その一方で、スイス南部ティチーノ州ベリンツォーナにある連邦刑事裁判所では、リベリア人の被害者と証人約15人の聴取が続いている。
では、これらの裁判はリベリアにどのような影響を及ぼすのだろうか。リベリアに05年~10年まで設置されていた「真実和解委員会」は、戦争犯罪に関する国内裁判所の立ち上げを勧告した。しかし、内戦中の残虐行為に加担したとされる人々がまだ政権の座にあるため、実現したことはない。この問題は今も政治的にデリケートな問題だ。「しかし、この2年間で議論に弾みがついた」とクルヴェリエ氏は指摘し、「そして、欧州のこれらの裁判が議論に新しい意味を与えている」と話した。
ヴェルナー氏も同じ意見だ。「リベリアは内戦中の犯罪にどう対処すべきかという問題と刑事免責の問題が、この議論によって再び浮き彫りになったと思う」と同氏は話した。「先週スイスで証言したリベリア人の証人6人全員がスイスの裁判官にこう語った。自分たちが証言したのは正義を求めているからだ、と」
(英語からの翻訳・江藤真理)
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