2026年の冬季五輪招致を目指すのは札幌市だけではない。スイス・ヴァレー州の州都シオン市も開催地として名乗りを上げようと、プロジェクト「シオン2026」を立ち上げている。スイスオリンピック委員会は3月7日に、これを承認するかどうかを決定する。シオン五輪を構想し、それを強く推し進めるクリスティアン・コンスタンタン氏に聞いた。
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コンスタンタン氏は、建設外部リンク・不動産業界で名を馳せた人物だが、サッカーの大ファンでもあり、スイス・サッカークラブチーム「FCシオン外部リンク」の会長を03年から務めている。
「優れた構想に事欠くことがない」と評判のコンスタンタン氏は、シオン五輪を普通のオリンピックにするつもりはない。シオン市近くの自治体コロンベイ・ミュラ(Collombey-Muraz)にある製油所跡地を除染し、そこをオリンピック村と持続可能性の高い未来の自治体にしていくつもりだ。また、実際の開催にあたっては、ベルン、フリブール州など、他の四つの州が競技場を提供することになる。
ただ、スイスには五輪招致に対し諸手を挙げて喜ぶような雰囲気がいつもあるわけではない。招致がもたらす環境破壊や一時的な経済発展に批判的な視線を向ける人は多く、つい最近の2月12日の州民投票でも、開催地候補になっていたスイス東部のグラウビュンデン州の州民は、26年冬季五輪招致を否決した。
このように、今後起こり得るさまざまな批判に対してコンスタンタン氏は、「スイスの若者に夢を与えたいだけだ。そして未来の世代に持続的な遺産を残したいのだ」と返答する。
スイスインフォ: サッカーに情熱を傾けるあなたが、なぜ冬季五輪をヴァレー州で開催したいと思ったのでしょうか?
クリスティアン・コンスタンタン: スポーツが大好きだというのが一番の理由です。それにヴァレー州は、50年間も冬季五輪招致を夢見てきたのです。06年のトリノ五輪のときも、シオン五輪構想「シオン2006」を掲げて失敗。そのときの敗北感は大きかった。
しかし、それから20年後の26年冬季五輪招致に対する情熱は、消えずに今もあります。ウインタースポーツが誕生した土地で「本物の」冬季五輪を開催する力をスイスは持っています。しかも、連邦制のこの国がいくつかの州と共同で開催することで、スイスの山と各地域の住民の「価値」を高め、誇りを与えることができるのです。
スイスインフォ: 14年ソチ五輪や22年北京五輪など、冬季五輪は巨大化の一途をたどっています。(小国の)スイスが、こんな大規模なスポーツ大会を開催できるのでしょうか?
コンスタンタン: 14年ソチ五輪とシオン五輪「シオン2026」を比較することはできません。ウラジーミル・プーチン大統領はソチ五輪を特別な大会にしようと、巨額の資金を投入しスキー場を新しく作ったりしました。しかしスイスには、一世紀にも渡るウインタースポーツ大会開催の経験があり、あらゆるインフラが整っているのです。
また、国際オリンピック委員会(IOC)は20年東京五輪を採択した際、今後五輪を欧州で開催すること、及び五輪の規模を縮小し持続性の高いものにすることを明言しています。「シオン2026」はこの両方に合致しているのです。
スイスインフォ: ただし、IOCに持って行く前に、スイスでは州民の賛成が必要です。というのも、グラウビュンデン州ではこの2月の州民投票で、26年五輪の招致が否決されています。しかも4年前の22年五輪招致の否決に続く2回目の否決です。この州民投票をどう考えていますか?
コンスタンタン: 州民投票を重視し過ぎると思います。重要な第一歩は、政府の財政的支援。グラウビュンデン州への22年五輪招致の為に政府が用意した10億フラン(約1120億円)が使われずにあり、それにIOCからの6億5千万フランの支援金と、テレビの放映権やスポンサーからの資金を足せば、20億の予算はほぼカバーできると見ています。
このような、しっかりとした資金面での議論を住民に提示することが大切であり、そうすれば恐らく、18年の秋に予定されている州民投票で可決されるのではないかと思っています。
私は、五輪の聖火をヴァレー州の人々の心の中に灯すことができると確信しています。そうして、この招致に対する情熱をIOCにも提示することができるのです。
スイスインフォ:「シオン2026」は、経済界が提案したプロジェクト。つまり、五輪開催から直接利益を得る人々の提案です。一般市民から批判の声が起こるのではないかという懸念はありませんか?
コンスタンタン: 残念ながら、こうした招致に対する嫉妬や羨望というものは避けがたくあります。しかし、経済界、スポーツ界、そして社会一般に利益をもたらすこうしたプロジェクトは、多くの雇用を創出するので、そういう側面を喜ぶべきです。
さらに付け加えるなら、感動の部分も忘れてはなりません。想像してみてください。アルプスの山々を背景にスイスの国旗が高々と掲げられたときのスイスのスポーツ選手の誇りを。
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26年冬季五輪招致を夢見るスイス人、膨大なエコ計画
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この「選手村・エコ町計画」には、約40億フラン(約4480億円)かかる。資金集めには、国際的な投資や支援に頼る予定だとコンスタンタン氏はいう。 同計画は、ビジョンに優れているため地元当局者からの評判もまずまずだ。しか…
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スイスインフォ: ところで、自治体コロンベイ・ミュラの製油所跡地をオリンピック村と未来のエコの町へ変えて行くということですが、これは、「シオン2026」計画委員会の副委員長という肩書きと矛盾しませんか?
コンスタンタン: 全く矛盾しません。私は、建設・不動産業の企業家として イベントの企画と人々の生活レベルの向上に対し、義務感を感じてきました。すでに、約30億フランに相当する建設を行ってきているのです。あと数億フランの投資は、なんでもありません。
今の目的は、私が生まれた地域の持続可能性を高めるという、ビジョンのはっきりとしたプロジェクトを行うことです。石油会社タモイル(Tamoil)の製油所を買い取り、そして敷地の除染に数百万フランかかりますが、それを進めていくつもりです。
スイスインフォ : 五輪招致のプロジェクトのお陰で、この除染計画が進んでいると考えますか?
コンスタンタン: 五輪招致のプロジェクトは、この除染計画だけでなく地域全体の開発を後押ししています。しかし確かに、もしこのプロジェクトがなければ製油所の除染には数十年の遅れが発生したと思います。
まず手始めに、汚染のない場所に選手村を作り、その後除染を進めて未来のエコの町を建設します。この町は、約25年かけて少しずつ形になっていくのです。
シオン五輪「シオン2026」が招致されるまでのプロセス
2017年3月7日 スイスオリンピック委員会がスイスの五輪開催地を決定
2017年4月11日 スイスオリンピック委員会の特別議会による承認
2017年秋 政府がシオン五輪の内容の検討と支援の内容を決定
2018年 州民投票が開催され、可決されれば国際オリンピック委員会(IOC)に開催候補地として「シオン2026」を提出
2019年夏 IOCが26年冬季五輪の開催地を決定
2026年2月 26年冬季五輪開幕
(仏語からの翻訳・里信邦子)
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2026年冬季五輪招致を目指すシオン 州の財政プランに反対の声
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2026年冬季五輪の候補地の一つ、スイス・ヴァレー州の州都シオンで、同州の有権者の6割が招致活動費のために州予算から1億フラン(約110億円)を投じることに反対している。
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2026年冬季五輪招致、候補地シオンで賛否拮抗
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スイス南部ヴァレー州は来月10日、国民投票と同時に行われる住民投票で、州都シオンの2026年冬季オリンピック招致の是非を問う。4日に公表された世論調査では賛否が拮抗した。
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冬季五輪の候補地シオン、五輪らしからぬ「五輪」を夢見て
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2026年冬季五輪の招致を目指しているスイスでは、候補地の一つだったグラウビュンデン州民が住民投票で「開催反対」を突きつけた。スイスで候補地として残るのは南部の町シオンのみだ。住民の開催反対は招致の妨げにはなるものの、世界第3位の規模を誇るスポーツの祭典にとって、直接民主制における市民の権利は障害ではない。それどころか、国際オリンピック委員会(IOC)を後ろ盾するものかもしれない。
画期的な出来事が再び訪れようとしている。スイス・オリンピック委員会は4月11日の総会で、スイスで最後の候補地となったシオンを9年後に開かれる冬季五輪の開催地に正式に選定するかどうかを決定するのだ。シオンの招致には、まずシオンを州都とするヴァレー州、そしてヴォー州、フリブール州、ベルン州のほか、ボブスレーの競技会場となるサン・モリッツがあるグラウビュンデン州も関わっており、これらの自治体は「シオン2026」という標語の下、地域分散型で環境的に持続可能なスポーツ大会を目指している。候補地は、IOC総会で14年に採択された改革案「オリンピック・アジェンダ2020」の提言に従うことが求められている。14年のソチ冬季五輪および16年のリオデジャネイロ五輪が人権、環境、財政の面で悲惨な結果に終わったことを受け、IOCは今後の五輪大会を持続可能なものにするための40の提言をこの改革案にまとめた。その中には五輪開催のプロセスに「一般市民を参加させること」が明確に記されている。
提言には他にも透明性、良いガバナンス(組織統治)、自己決定に関したものあり、これらの提言を実行することで、五輪という巨大なスポーツ大会が将来的には「民主主義的で持続可能な」枠組みの中で開催されることが期待されている。
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グラウビュンデン州、五輪招致否決 理由は民主主義の欠如?
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州政府閣僚全員がそろったパネルディスカッションには、招致に反対する人は参加せず、招致推進キャンペーンには税金がつぎ込まれ、立候補ファイルは投票日間近まで非公開―。2026年冬季オリンピックの開催地に立候補するか否かを巡り、スイス東部のグラウビュンデン州では12日に住民投票が行われたが、結果は否決。招致推進派が繰り広げてきたキャンペーンは健全な民主主義の例とは言えなかったようだ。
12日にスイス各地で行われた投票の中でも、雪深い山間地グラウビュンデン州での住民投票は特に注目を集めた。同州では、26年冬季オリンピック開催地に立候補することへの是非、具体的には、招致プロジェクトの費用2500万フラン(約28億円)の是非が住民に問われた。
この住民投票はいくつかの理由から注目に値した。まず、今回の投票は、グラウビュンデン州の住民が同州での22年冬季オリンピック開催招致を圧倒的過半数で否決した前回の投票から、4年しか経っていなかった。
州政府と州の経済団体は今回改めて、世界第3位の規模を誇るスポーツ大会をグラウビュンデンの山々に招致しよう目論んだ。狙いは13年の前回と同じく、観光業と地元経済の活性化およびインフラの更新だった。
だが、今回は少し違う点があった。招致推進派のキャンペーンは、控えめに言うなら、民主主義の観点からみると多少「独特」な感じがあったのだ。州政府閣僚5人全員が参加したパネルディスカッションには招致に反対する人は誰も参加せず、その代わりにスポーツ選手2人が出席していた。このようなパネルディスカッションは、賛成派、反対派の討論を通して意見形成を行う通常の討論会とは異なる。
経済団体は数々の谷に位置する自治体に向けて、推進キャンペーンに財政面で関わるよう呼びかけもしていた。すべての自治体ではないが、いくつかの自治体はそれに応じた。それはつまり、推進キャンペーンに税金が投入されたということであり、健全な民主主義では「タブー行為」に当たる。公的資金の使用に異議を唱える人もいたが、五輪招致を目論む州政府はその訴えを棄却した。
計画は非公開
健全な民主主義に反した出来事は他にもある。投票日の1カ月前になってようやく、推進派は立候補ファイルを公開したのだ。そのため、招致計画の利点や欠点について、公で熟議が重ねられることはなかった。4年前の投票でもそれは同様であり、結果として反対票が圧倒的過半数を占めた。
また、推進派はチューリヒ市も招致に参加すると主張。いくつかの競技は同市で開催される可能性があるとしてきた。だがチューリヒ市民はこの計画について全く知らされておらず、同市は2026年冬季オリンピックの開催地には立候補しないとの立場を表明している。
こうした点から、グラウビュンデン州が開催地候補となるにはあまりにも問題が多かった。スイスでは五輪を招致する際、候補地の地元住民の過半数が招致に賛成していなければならないからだ。この点はブラジルなどの民主主義が不安定な国や、ロシアなどの権威主義国家とは違う。
専門家からはバランスを求める声
チューリヒ大学で公法学の教授を務め、民主主義研究機関「アーラウ民主主義センター(ZDA)」の所長であるアンドレアス・グラーザー氏は推進派のキャンペーンを批判する。州レベルでの住民投票では州政府の姿勢が特に重要となるからだ。州政府は自らの立場を明らかにし、賛成と反対意見のバランスが取れるよう特別に注意を払わなければならないと、同氏はドイツ語圏のスイス公共ラジオの取材に語っている。
五輪招致を巡るパネルディスカッションには招致反対の人が参加せず、州政府閣僚全員が参加した点について、グラーザー氏は「危険」と判断する。こうした州政府の姿勢に違法性が認められる可能性もあるからだ。例えば五輪招致の推進キャンペーンに税金が投入された点を巡り、訴訟が起きる可能性がある。今回の投票では反対6割以上で五輪招致が否決されたが、もし僅差で可決された場合はその可能性は大きいという。
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ローザンヌは7月31日、マレーシアの首都クアラルンプールで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会で、20年冬季ユースオリンピックの開催都市に選ばれた。ローザンヌは国際オリンピック委員会の本部所在地で、また多くの国際スポーツ連盟も本部を構えていることから、オリンピックの首都として知られる。
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