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初代人権高等弁務官が振り返るルワンダ大虐殺

ホセ・アヤラ・ラッソ氏
国連の初代人権高等弁務官を務めたホセ・アヤラ・ラッソ氏 illustration: Helen James / SWI swissinfo.ch

エクアドル出身のホセ・アヤラ・ラッソ氏(91)は1994年、初代国連人権高等弁務官に就任した。ルワンダ大虐殺をはじめ重大な人権侵害を目の当たりにしてきた同氏だが、人間への信頼は揺らいでいない。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は今でこそ、最も有名な国連機関の1つだ。人種差別撤廃委員会、子どもの権利委員会、拷問禁止委員会などの各種委員会を備え、加盟国の人権状況をあらゆる側面から調査する特別報告者を数十人抱える。

だが、設立当初からこうだったわけではない。世界人権宣言が採択された1948年当時、国連人権理事会は存在せず、国連人権高等弁務官や特別報告者もいなかった。アヤラ・ラッソ氏はswissinfo.chのインタビューで、冷戦と、宣言の要求に対する加盟国間の解釈の違いが、国連の人権活動を阻害したと語った。

swissinfo.chは2023年、世界人権宣言採択75年を記念し、世界で最も多くの言語に翻訳された宣言とその画期的な諸原則を紹介してきた。オーストリア出身の現人権高等弁務官フォルカー・トゥルク氏は、宣言を「第2次世界大戦の悲惨な経験から生まれた、変化を促す文書」と呼ぶ。

宣言は1948年に採択されたが、初代人権高等弁務官の就任は1994年だった。なぜこんなにも時間がかかったのか――。

人権高等弁務官は「国連で一番難しい仕事」とも言われる。このシリーズでは、歴代の経験者に成功や試練など自身の体験を聞いた。

※インタビューは、swissinfo.ch提供のポッドキャスト「インサイド・ジュネーブ」(英語)でお聴きいただけます。

この膠着状態は40年以上続いた。その間、国連の人権活動は米ニューヨークの小さい事務所に限定されていた。しかし、1989年に冷戦が終結すると、多国間交渉への期待が高まり、1992年にブラジル・リオデジャネイロで国連環境開発会議(地球サミット)が、1995年にはデンマーク・コペンハーゲンで世界社会開発サミットが開催された。世界はほんの数年間、大きな目標を前に団結した。1993年にオーストリア・ウィーンで開かれた世界人権会議もそのひとつだ。

アヤラ・ラッソ氏はその頃、エクアドルの国連大使を務めていた。当初は安全保障理事会の改革に没頭し、国連の人権活動に特別な関心はなかった。

しかし、考えれば考えるほど、世界人権宣言を国連の活動の中心に据えるべきだと考えるようになった。スイス・ジュネーブを拠点とするチームの責任者として人権高等弁務官を創設し、宣言の諸原則を擁護する役割を負わせる。同氏は宣言に法的拘束力をもたせるべきだと考えていた。

「(国連加盟国の中には)宣言であって拘束力のある法律ではないと考える国がある一方で、宣言の原則は非常に重要だから法律として適用すべきだと考える国もあった。私は後者を支持しようとした」(アヤラ・ラッソ氏)

人権高等弁務官の創設が合意されると、ブトロス・ブトロス・ガリ国連事務総長(当時)はアヤラ・ラッソ氏の貢献を高く評価し、初代人権高等弁務官に任命した。アヤラ・ラッソ氏は、東アフリカのルワンダで大虐殺が始まった1994年4月に就任した。

同氏は「私がルワンダに行く必要があった」と当時を振り返る。だが、現地入りできたのは5月だった。これを少数派民族ツチの指導者ポール・カガメ氏は、多数派民族フツは大虐殺を「ほぼ成し遂げてしまった」と痛烈に批判した。それでも、アヤラ・ラッソ氏は「何かしなければならない」と考えた。「あの時点で有益な唯一の行動は、ルワンダ政府、フツ、ツチとの対話だった」

だが、時はすでに遅く、思うような成果は上がらなかった。実際には、同氏が職員2人の「1ドルの予算もない」ジュネーブの事務所に着任する前から、国連はルワンダの大虐殺を阻止できていなかった。

対話か対決か?

アラヤ・ラッソ氏に刻まれたルワンダでの失敗の記憶と、重大な人権侵害を犯す人々との対話を試みる姿勢は、swissinfo.chがインタビューした歴代の人権高等弁務官に共通する。

人権高等弁務官が残虐行為に立ち向かう最善の方法は何か。対話か対決か――アプローチは人それぞれだ。アヤラ・ラッソ氏にとっては、どちらも必要だ。

「人権の見方は、共産主義のレンズを通した場合と、民主的な政府の目を通した場合とでは、おそらく異なるだろう。人権侵害は受け入れるべきではないが、相手の理由は理解しようとする必要がある。なぜ全体主義的な政権はそのような行動をとるのか、と」

「基本原則は人間だ。人間は尊重されなければならない。世界人権宣言(第1条)がうたうように、人間は尊厳と権利とにおいて平等だ。私たちは信じるべきだ。人間の正しい行いをする能力への信頼を失ってはならない」

英語からの翻訳:江藤真理

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