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「利他的な国家など存在しない」

平和はニューヨークの国連本部ではなく、紛争地域の現場で構築されるものだ ― 平和研究機関スイスピースのラウレント・ゲッチェル所長
平和はニューヨークの国連本部ではなく、紛争地域の現場で構築されるものだ ― 平和研究機関スイスピースのローラン・ゲッチェル理事長 zVg

スイスで最も活動的な平和構築者と言えば、平和研究に携わる機関、スイスピース財団のローラン・ゲッチェル理事長だ。中立の国家や組織の活動が困難さを増す昨今、平和構築政策に果たして未来はあるのか。

バーゼルの朝。戦争ははるかかなたで起こっている。市が立つ広場にはひまわりが並べられ、空には製薬大手ロシュのツインタワーが高々とそびえる。子供劇場の隣では秋季見本市に併設される移動遊園地を組み立てている。ローラン・ゲッチェル氏との約束場所は元兵舎だ。

以前兵士が寝起きしていたこの場所は、今は平和構築の場となっている。バーゼル・シュタット準州が年間40万フラン(約6千万円)の資金援助を決定した後、スイスピースは2019年にバーゼルに事務所を移した。今や非公的機関としてはスイス最大の民間平和構築組織だ。

swissinfo.ch:スイスピースがウクライナでできることとは?

ローラン・ゲッチェル:戦争犯罪と思われる出来事の記録のしかたをウクライナの人々に教え、その情報をいつか刑事裁判所で使えるように準備している。ニーズは大きい。

この戦争で、戦略的・軍事的な熟考が民間の平和構築に欠かせないことが分かった。核兵器問題を例に取ろう。核の抑止力は戦争を封じると常に言われるが、今回それが戦争を引き起しうることも目の当たりにした。ロシアが核をちらつかせなければ、ウクライナ戦争はこのような形にはならなかっただろう。今は核軍縮と平和構築の距離を何とか縮められないものか、推し量っているところだ。

swissinfo.ch:つまり、核兵器は大戦争は抑えられるが、小さな戦争を引き起こしうる、と?

ゲッチェル:目下のウクライナではまさにそうなっている。

swissinfo.ch:平和構築者としてのこれまでの30年を振り返って、平和研究は期待に応えていないと思うか?

ゲッチェル:私は平和構築をよく医学に例える。両方とも、小幅ながら常に一歩前進していく。だが、戦争はまた病気と同じで無くなることがほとんどない。戦争が勃発したとかしないとか、それだけで成果を測ることはできない。

swissinfo.ch:過去の紛争から何らかの原理をすくい出し、それを新しい危機に応用していくのか?

ゲッチェル:その通りだ。過去の克服や移行期正義(編集部注:社会で発生した大規模な人権侵害に対し、その社会が向き合い対処する試み)は我々にとってとても重要なテーマだ。大切なのは、犯罪行為が繰り返されないと被害者に保証することだ。政治的な意思決定を担う人は、遅かれ早かれ責任を問われうることを承知していて然るべきだ。それと同時に、紛争の再燃も防ぎたい。内紛のほとんどは今始まったものではない。

swissinfo.ch:平和構築の効果について尋ねたい。スイスピースの活動で最大の成功を収めた例は?

ゲッチェル:我々の活動の核心は、影響力は大きいが、公式にはそれほど密接に紛争にかかわっていない人物を引き合わせることだ。アフガニスタンでは今またタリバンが権力を取り戻したが、このやり方で奏功した。米軍が2001年に侵攻して新政権を立てようとしたとき、国連事務総長の顧問から「市民社会のことを考慮していなかった」と電話があった。我々はその後、数日の間に独ボンにアフガニスタン市民社会の代表者80人を呼び集めた。その過程はいろいろと混乱もあったが、当時出来上がったグループは今でも活動している。アフガニスタンに関する活動の中で何か持続可能なものがあるとしたら、それは市民社会レベルで達成されたものだ。政府内にはいやというほど汚職が蔓延していた。

swissinfo.ch:ということは、頼りにしているのは公式レベルの下にいる人々か?

ゲッチェル:そうだ。公式という意味で言えば、頼りにしているのはナンバー2の護衛部隊だ。だが、知的な意味合いではこれがナンバー1だと思っている。協力してくれるのは法学者や教師、村の古老など。シリア内戦の時もこの方法を取って、公式の交渉の場に招かれていなかった市民社会の代表者用に部屋を1つ、国連のジュネーブ事務局に作った。この時の平和交渉は残念ながら実現しなかったが。

swissinfo.ch:国家レベルに話を移したい。スイスは「平和のためにプラスαを」と謳って国連安保理の非常任理事国に選出されたが、具体的に何を期待しているか?

ゲッチェル:平和はニューヨークの国連本部ではなく現地の紛争の中で構築されるものだ。しかし、国連も間接的には重要だ。安保理は格式高いクラブであり、有力者との関係を築く場所だ。スイスは非常任理事国という立場を通じて国連の平和プロセスに影響を与えられる。重要な一国になるわけだ。

swissinfo.ch:それによって一番援護を受けるのは自国スイスではないのか?

ゲッチェル:さもありなん。利他的な国など存在しない。平和構築はスイスのイメージ作りだという乱暴極まりない言い方をしたとしても、それはそれで正しいのかもしれない。銀行秘密など、争いのタネを補正する対策以外でも、良く見られることは国家にとって大切だ。スイスの歴史の中には、打算的で無関心で、周囲から隔絶した、最大の利益を追う国と見られていた時期が確かにあった。これは今日求められている政治ではないし、平和構築はそのような求めに応えるものだ。

swissinfo.ch:ホスト国や仲介国としての役割をスイスから奪おうとしている国もあるが。

ゲッチェル:確かにこれは「一番良いのは誰か?」という場所取り合戦だ。平和を構築するというのは自己利益を前提とした関係の構築だ。スイスではこれは自己理解にも通じる。平和構築は右派に至るまで幅広い賛同を得ている。支持者はそれによる支出の増加には必ずしも同意していないが、平和構築は良いことだと思っている。

swissinfo.ch:世界は二極化しており、「自由」対「権威」「技術」対「軍事」という陣に分かれつつある。そんな中でスイスは中立の仲介役として持ちこたえられるのか。

ゲッチェル:この役割を演じるためには、スイスは内容的にも政治的にも自国の立ち位置を決めなければならない。だが、それは一方の紛争当事者を支援するということではない。調停役として考慮されるためにはスイスは公正・平等でなくてはならないが、価値観が無くてもだめだ。スイスが中立の立場を取ることができ、西側の価値観を共有する共同体に属していることは極めて明白だ。

戦争当事者は中立国家に絶対に好意的にはならない。ロシアは制裁措置に対して苦情を言い、ウクライナはドイツが自国にスイス製の弾薬を輸出できるよう、スイスに対しその許可を求めている。

中立国が非難されるとき、それは中立国にとって国の質を決める属性となる。平和構築の役目は紛争が収まった後に始まるが、そのベースになるのは紛争の真っただ中に受けた批判だ。それで神経をすり減らすことはないにしても、外政の後援はある程度必要だ。

swissinfo.ch:それはどういうことか?

ゲッチェル:国民党の中立強化を求めるイニシアチブ成立が予測されるが、その対案を政府が練り上げるとしても、それはそれでいいことだと思う。1993年の中立報告の見直しを図れば、政府の信用性や自己理解も向上するだろう。中立であるということは無関心でいるということではない。このことを強く訴えるのは大事だと思う。スイスは戦争に関わる領域ではなく、平和構築と紛争解決の中に自国の付加価値を見出しているという認識につながるからだ。

swissinfo.ch:だが今、物を言っているのは武器だ。何としてもウクライナの平和を弁護するのか?

ゲッチェル:交渉は両当事者が望まなければ始められない。ゼレンスキー大統領に対してもプーチン大統領に対しても、それを強要することはできない。

スイスは国際法違反があったとき、常にそれを指摘し非難してきた。問題は、この紛争に関する自国の付加価値を、直接・間接の武器供給の中にまで見出すかどうかだ。スイスが平和に寄与するチャンスは、自国の軍需産業まで担ぎ出さない方が大きくなると思う。傍観後に仲介役を買って出ようなど、日和見的だと言われるかもしれない。しかし、戦争で決着がついて平和が訪れるのでなければ、いずれは交渉になる。そうなれば、「右へ倣え」ではなかったスイスが、何らかの役に立つ可能性は十分にあるはずだ。

ローラン・ゲッチェル氏(57)はベルン出身。ジュネーブ大学で政治学と国際関係を学ぶ。その後、ハーバード大学の欧州研究センターおよびコロンビア大学の国際紛争解決センターで研究。また、スイスの国家研究プログラム(NFP/PNR)「スイスの外政」を総括し、ベルン大学の政治学研究所でも教鞭を執る。2000年からスイスピース財団理事長、バーゼル大学政治学教授を務める。03年にはミシュリン・カルミ・レ元外相(社会民主党)の私設秘書を務めた。

独語からの翻訳:小山千早 

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