国連安保理の非常任理事国になるメリットは?
スイスは国連安全保障理事会の非常任理事国に立候補している。6月に選挙があるが、スイスの選出は固い。中立国であるはずのスイスはなぜ大国と積極的に関わろうとするのだろうか?
スイスの立候補を2011年に決めたのは、ミシュリン・カルミ・レ連邦大統領兼連邦外務大臣(当時)だった。同氏はswissinfo.chとのインタビューで、スイスは安保理への参加を機にネットワークを広げ、国際レベルでの影響力を拡大できると語っている。
ただ、他の安保理メンバーとより緊密な関係を持つことにはデメリットもある。スイス初の国連大使を務めたイェネ・シュテヘリン氏はドイツ語圏の日刊紙NZZに対し、他国からの圧力が高まることは自らの経験上分かっていると述べた。また、覇権争いに巻き込まれれば、スイスは他国に譲歩し、自国のポリシーから逸脱することになるかもしれないと指摘した。「安保理のポストにはリスクがある。(安保理メンバーになるとしたら)国内で極めて幅広い層から支持がある場合だ」
連邦外務省に長年勤め、現在はスイスの安保理参加を支持する市民社会プラットフォームに従事するマルクス・ハイニガー氏によると、スイスはすでに今も人権理事会など国連内部で他国から度々圧力を受けている。同氏はシュテヘリン氏と同様、スイスの立場が国内で政治的に支持されることが重要だと考える。国内の政治的対立が激しければ、安保理でのスイスの行動力が弱まる可能性があるという。
議題とテーマの設定
スイスと国連の関係強化を目指す民間団体で、連邦が共同出資するスイス国連協会のアンゲラ・ミュラー副会長は、スイスが安保理メンバーになれば、安保理の実質的な立場を支え、新たな方向を示せると考える。「スイスは協議や採決で意見が言えるうえ、1~2回は議長国となり、優先事項を決定できる」
安保理メンバーは通常の国連メンバーよりも行動の余地があることは、スイスの安保理非常任理事国入りに批判的なシュテヘリン氏もNZZに認めた。
しかし、元スイス大使のパウル・ヴィトマー氏をはじめとする懐疑派は、安保理で決定権を持つのはいまだ常任理事国5カ国だけであり、どの国が非常任理事国を務めるかはあまり重要ではないと主張。そのため、スイスは外交的にも内政的にも危険を冒すだけで、見返りに影響力を得ることはないとする。
一方、元外務省職員のハイニガー氏は違う見解だ。「安保理の非常任理事国は、他のメンバー国と協力すれば確実に何かを達成できるだろう」
国際交渉の場ジュネーブを強化
スイスは他の大半の非常任理事国と1点だけ違うところがある。それは国際交渉の場、ジュネーブがあることだ。
ジュネーブは国際連盟の本部があった都市であり、1966年からは国連欧州本部が置かれている。そうした状況から、他の国際機関や外交会議がこの都市に集まり、ジュネーブは多国間主義とグローバルガバナンスの中心地として発展してきた。
しかし、スイスとウィーン、ヘルシンキ、オスロなどの他のホスト都市との競争は激しさを増している。
スイス元連邦閣僚のミシュリン・カルミ・レ氏は、スイスが安保理メンバーになれば国際交渉の場ジュネーブが強化されると考える。今は多国間主義が弱まっているが、スイスが非常任理事国入りを果たせば、多国間主義の強化に貢献できるという。これはジュネーブの地位を守るには重要なことだと同氏は指摘する。
前出のミュラー氏は、スイスは非常任理事国のメリットが国際交渉の場ジュネーブにも及ぶよう努力するだろうと考える。「安保理メンバーになれば、スイスは政治重視の国連本部ニューヨークと、やや戦略重視のジュネーブとの連携強化にまい進できるようになる」。結果としてジュネーブへの圧力がわずかしか下がらなかったとしても、安保理でのスイスの取り組みはジュネーブにとって確実に利益になるという。
仲介役としての役割
カルミ・レ氏によれば、安保理のポストはスイスにとって国際舞台で仲介役を果たすチャンスだ。常任理事国である大国の仲を取り持つことができるようになるためだ。ここでスイスの中立的な立場が問題になることはないという。同氏によると、安保理は国際社会を代表して行動しているため、中立でいることと安保理メンバーであることは矛盾しない。
連邦政府は報告書外部リンクの中でこの問題について説明し、非常任理事国となることはスイスの中立と「完全に両立しうる」との結論を出している。
しかし、中立は法的概念であるだけでなく、スイスのイメージにも関係する。元スイス大使のヴィトマー氏は米誌フォーリンポリシー外部リンクの取材やNZZ外部リンクへの寄稿文の中で、スイスは非常任理事国の候補となることでスイスの象徴である中立を危険にさらしていると指摘する。同氏によれば、スイスは中立政策を一貫して続けてきたために対外的に高い信頼を得てきたほか、中立であるがゆえに多くの国から利益保護国を委任され、仲介役を依頼されてきた。そんなスイスが非常任理事国となれば、得るものよりも失うものの方が大きいという。
一方、元連邦外務省職員のハイニガー氏は、安保理メンバーになれば仲介役としての能力が弱まるとするのは根拠のない主張だと考える。むしろ、メンバーになることで和平プロセスなどで大きな成果が達成でき、特定の強みを得ることにもつながるという。
民主主義と引き換えに影響力を得るべきか?
スイスは安保理メンバーとなって対外的な影響力を得ようとしているが、その代わりに犠牲になるのが民主主義とされる。安保理で制裁の発動や軍事介入の許可といった難しい決断が下される場合、連邦内閣は独自の判断だけでスイスの立場を決定しようとし、連邦議会や有権者は蚊帳の外に置かれる。
一方、ハイニガー氏はこれは今に始まったことではないと述べ、「外交政策は長年、ほぼ連邦外務省だけが取り扱う分野だった」と指摘する。そのため、スイスの外交政策について知らない人が多いとしたら、その理由は連邦外務省にあるという。ただ、連邦政府は非常任理事国の任期中、安保理におけるスイスの活動について連邦議会、メディア、一般市民に定期的に知らせていくと発表している。swissinfo.chでは今後数カ月間、国連安全保障理事会におけるスイスのメンバーシップに関する連載記事を通して、民主的な正統性を巡る問題をさらに深く検証し、議論していく。
安保理は国連機関の1つ。5つの常任理事国(米国、ロシア、中国、フランス、英国)と10の非常任理事国で構成される。非常任理事国は総会で選出され、任期は2年。
スイスは「A plus for peace(平和にプラスを)」をスローガンに2023~24年の非常任理事国に立候補している。連邦政府は連邦議会と広範な協議を経て11年に立候補を決定し、候補を届け出た。
選挙は6月にニューヨークで行われる。非常任理事国を選出するのは193カ国が参加する国連総会。西欧諸国には2枠が割り当てられているが、スイスとマルタしか候補国がないため、スイスが選出される可能性は高い。
(独語からの翻訳・鹿島田芙美)
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