スイスの空気は北京よりも健康リスクが高い?
スイスの研究者がスイスの農村と北京の繁華街の空気を比較したところ、スイスの方が健康に害を与えるリスクが高い粒子を大気に含むと言えることが明らかになった。大気汚染による健康被害を防ぐには、汚染粒子の量や密度だけを規制するだけでは不十分だと指摘する。
スイス連邦環境省は今年6月1日、大気汚染規制を強化外部リンクした。具体的には、直径が2.5マイクロメートル以下の粒子が規制される。
新規制は世界保健機関(WHO)の勧告外部リンクに応じ、10マイクロメートル以下の浮遊粒子「PM10」に対する規制を補完するもの。呼吸器疾患や心血管疾患やがんにつながる可能性がある超微細な汚染物質を規制する。
だがスイス連邦材料試験研究所(Empa)の最新の研究外部リンクによると、大気中に汚染物質がどれだけ含まれるかだけでなく、汚染物質がどんな化学構造を持っているか、その地域による違いを踏まえたほうが大気汚染を改善しやすくなる可能性がある。
「従来の規制手法だと、ある地域の健康保護が不十分になったり、健康上の成果も得られないのに無駄な経済コストをかけたりしなければならない可能性がある」。Empaの王京教授と岳揚博士は今年5月、学術誌「環境 科学と技術」に掲載された論文外部リンクでこう記した。
量も質も
王、岳両氏はEmpaの応用分析技術研究所外部リンクで研究する。大気汚染問題でよく知られている中国と、クリーンなイメージのあるスイスの大気サンプルを比べたところ、上記の結論を得た。
研究者らは、両国の大気を採取し、サンプルに含まれるPMの酸化電位(酸化しやすさ)と呼ばれるものを研究した。これらの粒子に含まれる化学物質は、酸化ストレスと呼ばれる現象によって、ヒトの細胞や組織に害を及ぼす可能性がある。
王教授らは、汚染物質の酸化電位はサンプルの採取場所によって大きく異なることを発見。スイスの農場の大気サンプルは非常に高い酸化電位を持っていることを突き止めた。酸化しやすさに関して言えば、スイスの農場は北京の繁華街よりも「空気が悪い」のだ。
ではスイスの大気は中国と同じくらい、あるいは中国より悪いといえるのか?
王教授らは「そうした解釈は誤りだ」とスイスインフォに語った。
スイスの大気には、中国より酸化電位の高い粒子が含まれ、つまり健康リスクを高めるとされるが、体積あたりの粒子の個数は少なく、そうした粒子の密度は中国より低いのだ。
「同じ容量の大気での酸化電位を計算すると、スイスはPM濃度が著しく低いため、スイスの空気の方が中国の空気よりも酸化電位が低くなる。ヒトが吸う空気の量は似たようなものだが、PMの質量は同じではない。スイスの農場の空気は、北京の繁華街の空気より悪いとは言えない」と王教授らは説明する。
スイスの大気に含まれるカドミウムや鉛、ヒ素などの重金属や、農場でよく見られるバクテリアの副産物エンドトキシンも、北京よりも著しく少なかったという。
チューリヒ郊外のデューベンドルフから採取したスイスの大気は高い酸化電位が計測された。近くの鉄道線の線路が磨耗するときに空気中に放出される鉄や銅、マンガン粒子が原因だ。
酸化的ストレスとは?
酸化ストレスは、体がフリーラジカルと呼ばれる不安定で化学反応しやすい分子に触れると起こる。酸化と呼ばれる化学反応によって細胞や組織に損傷を与えることがある。一部のフリーラジカルは体内に自然に存在するが、汚染された空気中に含まれるカドミウムやヒ素、スス粒子などの外部物質を介して対内に入り込むこともある。
抗酸化物質と呼ばれる化合物(一部は体内で自然に生成され、一部は食物によって取り込まれる)がフリーラジカルと互いに反応すると、有害な酸化反応を抑える。酸化ストレスは、身体の抗酸化作用が弱まると起きやすい。神経変性や臓血管疾患、がんの発症に酸化ストレスが関係するという研究もある。抗酸化物質の摂取は健康に有益であり得るが、抗酸化サプリメントには副作用をもたらす可能性があるとの科学的研究外部リンクもある。
汚染政策の変化?
Empaは研究結果を応用すれば、より効率的に大気汚染対策を打てる可能性があるとみる。
王教授はEmpaのサイトで「大気の質と健康への影響は、含まれる微粒子の量だけでは評価できない」と記している。「だが粒子の化学組成が分かっていれば、地域ごとに適した健康保護策を講じることができる」。
Empaはより簡単に危険な化合物を特定し、PMの化学組成をより正確に分析する方法の研究を進めている。
(英語からの翻訳・ムートゥ朋子)
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。