孤立か開放か 軍のコソボ派遣でゆらぐ中立国スイス
スイス軍はコソボの平和を国際任務の1つに据えている。平和維持部隊「スイスコイ(SWISSCOY)」の存在は、スイスにおける中立性の議論や北大西洋条約機構(NATO)の役割を理解するカギとなる。
スイスの中立にとってコソボほど重要な国はあまりない。コソボへの関与がスイスの中立を危うくするかどうか、という論争がスイスで始まったのは、コソボが独立を宣言した10年前に遡る。
スイスは1999年6月のコソボ紛争終結から数カ月後、同国への軍事駐留を始めた。以来、SWISSCOYはこの地域の平和を促進するため、NATOの主導するコソボ治安維持部隊(KFOR)の一部として活動している。
国連決議1244を受けて設立されたKFORは国際法に則り、スイスの中立法にも沿っている。だがスイス政界では批判も起こった。左派からは外交が軍事化していると非難され、右派からは中立を損なうと糾弾された。
「注目すべきは、スイスでは軍の国外派遣が常に中立の議論と結びついてきたことだ。他の中立国では、そのようなことはあまりなかった」。軍事史家で連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の講師を務めるミヒャエル・M・オルザンスキー氏はこう指摘する。スウェーデンやアイルランドも1950年代から平和維持活動(PKO)に軍を派遣し、同氏によればオーストリアはKFORで中核的役割を果たしている。
孤立主義か開放主義か
冷戦終結後、スイスでも安全保障政策の見直しが始まった。1993年の中立性に関する報告書は厳格すぎる中立からの脱却を謳い、1つの節目となった。1999年の報告書「協力を通じた安全保障」は多国間協力、なかでもNATOとの関係を掘り下げた。1999年には連邦憲法が全面改正され、スイスは「平和促進」を「国防」と「文民支援」と並ぶ軍の使命に定めた。
オルザンスキー氏によると、スイスのPKOを巡る政治論争では孤立主義と開放主義という2つの主張がぶつかっている。
スイスの保守派や孤立主義者は、国際協力に関する議論で中立の重要性を主張した。「だがそれは中立法ではなく、純然たる中立政策をめぐる議論だ」(オルザンスキー氏)
オルザンスキー氏は、コソボをめぐる緊張により中立性が試されているとみる。SWISSCOY派遣もかつて多くの論争を巻き起こしたが、中立法の観点では問題はない。より本質的に大胆な一歩だったと言えるのは、むしろ国家承認だった。「2008年にコソボを最初に承認した国の1つだったスイスは、外交上の対立関係のなかで明確に立ち位置を取り、明らかに紛争当事国の一方に味方することになった」
「軍隊の任務は国防」
SWISSCOY派遣を最も強く批判したのは保守右派団体「プロ・スイス」だった。その主張は「断固たる拒否」だった。シュテファン・リーティカー代表は、国外に軍隊を駐留させることはスイスの中立性と相容れないと述べた。「軍の任務は国防を確保することであり、他の国での眉唾な任務に参加することではない」
プロ・スイスは孤立主義とされ、欧州連合(EU)やNATOをあからさまに批判し、国粋右派の国民党(SVP/UDC)との関係が深い。
リーティカー氏は平和推進や安全保障、移民抑制、連帯といったSWISSCOY賛成派の主張に真っ向から反対する。「NATOは紛争当事者だ。NATOとの協力は、決して平和を促進するものではない」
スイス軍の国外派遣
スイス軍の国外任務で最も歴史が長いのは朝鮮半島だ。スイス軍が1953年から板門店に駐留外部リンクし、北朝鮮・韓国間の停戦を監視している。北朝鮮と韓国が平和条約を締結しない限り、スイスはその任務を放棄することはできない。
連邦内閣(政府)は1988年、国連PKOへの関与の拡充を決めた。以来、数十年で約1万4千人の兵士が軍事平和構築に派遣されてきた。現在は18カ国の14事業に約280人が派遣されている。
スイスでは国境警備が確保されておらず、兵士も不足している。このため軍を撤退させ、安全保障を議論できる段階にないという。徹底的に喧伝されているのは、コソボでの任務が移民を抑制する、という論法だ。「スイスの南の国境は広く開放されているが、近隣諸国は鎖国している」
リーティカー氏は、スイスは間違った方向に進んでいる、と指摘する。「徐々にEUやNATOに接近しているのは明らかだ。もう1つ明白なのは、スイスの中立性が損なわれつつあることだ」。一方で、それは最終的にプロ・スイスや関連する政治プロジェクトを利するとみる。その1つが国民党の主導する中立イニシアチブ(国民発議)だ。署名集めが順調なのは、「EU・NATOターボ」がどこに行きつくのか国民が気づいているためだという。
「SWISSCOYは団結への最低参加費」
これとは全く違う考え方もある。軍事専門家でジャーナリストのゲオルグ・ヘスラー氏は、次のように説明する。コソボでのスイスの活動は、最初からヨーロッパの安全保障秩序への貢献を意識したものだった。ロシアによるウクライナ侵攻により、スイスの軍事任務の価値は大幅に増大した。「軍需品の再輸出の禁止を始め、スイスの中立性を厳格に解釈することはヨーロッパで大きなひんしゅくを買っている。SWISSCOYはヨーロッパの団結への最低参加費のようなものだ」
それはまさに今年、SWISSCOYの更新をめぐる連邦議会での審議で用いられた論法だった。上院安全保障小委員会のアンドレア・グミュール・シェーネンベルガー議員(中央党)は「SWISSCOYを通じてスイスは連帯感を持って欧州の安全保障に貢献している。ウクライナ戦争では取れる手段がかなり限られているため、そうした貢献は特に重要だ」と熱弁を振るった。任務の中止は国際的には侮辱とみなされる可能性がある。
実用的な意味もある。ヘスラー氏は「SWISSCOYには蝶番としての役割がある。スイス兵士はNATO軍と緊密に連携することでつながりが生まれ、組織がどのように機能するか、どのように意思決定が行われ、どのように命令が実行されるかなど、作戦の相互理解に役立つ」と指摘する。スイスではNATOへの加盟こそ議論されていないものの、ロシアのウクライナ侵略を機にスイスはNATOに接近している。「NATOとのさらなる緊密な交流を求める声が大きくなっている」
KFORは他の国々にも微妙な政治的決断を迫り、難しい立場に置く。ギリシャとルーマニアはコソボに軍事プレゼンスを有するが、コソボを国家承認していない。
KFORの増額とSWISSCOYの残留
セルビア・コソボ間の緊張は緩和せず、KFORは再び増員されている。この事実は「我々はここに留まる」という明確なメッセージを送る。195人のスイス兵もパトロールを続けており、KFORの兵站(へいたん)と工兵という重要任務も継続して担う。スイス連邦政府は29日、2024年4月から兵士20人を追加派遣すると決定外部リンクした。
スイスにとってバルカン半島の安定が重要なのは、地政学的な観点からだけでなく、スイスに住む旧ユーゴスラビア移民が多いためだ。SWISSCOYの国外派遣は、スイスの中立性を巡る問題を政治議論に持ち込みたい人々にとって格好の呼び水だ。
昨年来、NATOへの接近がスイス政界で再び物議を醸している。だが実は、NATOへの接近は2019年にSWISSCOYが既成事実化している。この年スイスは初めてKFORに副司令官を派遣し、実際にNATO軍を指揮する立場にある。
編集:Benjamin von Wyl、独語からの翻訳:ムートゥ朋子
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