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対ロシア制裁がスイスの銀行に与える影響

対ロシア金融制裁
Illustration: helen James / SWI swissinfo.ch

ロシアのオリガルヒ(新興財閥)や企業に科した広範な国際制裁は、スイス金融業界にとって頭痛の種となっている。

ロシアの富豪たちはスイスの中立性を疑問視し、中東をはじめとする他の国に資産を移している。

ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が6月に発表したグローバル・ウェルス・レポート2023外部リンクによると、アラブ首長国連邦(UAE)に預けられたオフショア(国外)資産は2022年に1000億ドル(約14.6兆円)増えた。オフショア資産としては伸び率が最も高く、「ロシア資産が欧州から中東に大幅に流出」したことが背景にあると説明した。

その一方で、主要7カ国(G7)、特に米国はスイスが国内銀行の金庫室に隠されたロシア資産の追跡に全力を尽くしていないとの疑念を抱いている。

スイスの銀行業界はジレンマに陥っている。ただでさえ脱税やマネーロンダリング(資金洗浄)対策で事務作業が増えており、不満の声は高まる一方だ。

スイスウェルスマネジメント協会会長を務めるジュリアス・ベア銀行のフィリップ・リッケンバッハー最高経営責任者(CEO)は、6月に開かれたプライベートバンクの会合で「(米欧英の)制裁体制間の矛盾が繰り返し制裁実務の大きな壁となり、不必要なコンプライアンス(法令遵守)リスクを生んでいる」と述べた。

つぎはぎの制裁

海外に多くの支店を構える銀行にとって、各国ばらばらの制裁は厄介な存在だ。その国ごとに現地銀行と協働しなければならず、余計なリスクを抱えることになる。現地銀行が特定の制裁に見て見ぬふりをしている可能性があるからだ。

スイスに住むロシア富豪オレグ・ティンコフ氏の事例は、銀行が制裁の実行で直面する課題を浮き彫りにした。ティンコフ氏個人に制裁を科したのは英国だけだったが、その英国も7月にこれを撤回した。一方で他の西側諸国は全て、同氏が設立し別のオリガルヒに売却したティンコフ銀行を制裁対象に指定している。

スイスは欧州連合(EU)の制裁を踏襲してきた。だが通貨ドルと金融システムの強さを源泉に圧倒的影響力を持つ米国の制裁にも従わざるを得ない状況だ。

スイスの銀行関係者は、スイス連邦政府は米欧の制裁措置を軽率に踏襲するのではなく、世界的制裁パッケージが国内政策に沿うように積極的に働きかけるべきだと訴える。

特に不満の対象となっているのは、EUや欧州自由貿易連合(EFTA)に住所も国籍もないロシア人が持つ10万ユーロ以上の資産を全て報告するよう義務付けるEUの要求だ。EFTAはスイス、ノルウェー、リヒテンシュタイン、アイスランドも加盟する。

スイスプライベートバンク協会のグレゴワール・ボルディエ会長はswissinfo.chの取材に「スイスに制裁の準備が整っていなかったのは、米国とEUだけの間で制裁を議論したためだ」と語った。

グローバルタスクフォース

ボルディエ氏は「地政学的に多様化する世界で、今後は予想外のことが増えていく可能性が非常に高いことを念頭に置かなければならない。グローバルなタスクフォースの一員であることは、単に集団行動に従うのではなく議論の形成に関われるため、大きな利点となる」と指摘した。

そうした組織の1つは、米欧などG7諸国の設置した「ロシアン・エリート・プロキシ・オリガルヒ(REPO)多国間タスクフォース」だ。

ロシアのウクライナ侵攻を受け、欧州連合(EU)や米国、主要7カ国(G7)はロシアの個人や企業、貿易に対して一連の制裁措置を発動した。スイスはEUと歩調を合わせ、2023年の3月に10回目の制裁を加えた。

だがNGOやG7など国際社会からは、スイスは十分な措置を講じていないとの非難が絶えない。スイスが凍結したロシア資産の金額が小さいとの批判はとりわけ強く、スイスはもっと制裁を強化できるはずだとの声が上がる。

このシリーズでは、スイスが国際基準に適合するためにどのような手段を講じたのか、また、どのような点で遅れをとっているのかを検証する。スイスに拠点を置く商品取引業者に対する制裁や、オリガルヒの資産が制裁をどのようにすり抜けているのかを調査する。

スイスがどれだけのロシア資産を凍結したのか、正確にはわかっていない。スイス銀行協会は総額を約1500億フラン(約24.8兆円)と見積もる。スイスの銀行に置かれたオフショア資産全体(2兆2000億フラン)に比べると微々たる額だ。

報告義務の対象資産(EU・EFTAに住所・国籍を持たないロシア人の10万フランを超える預金)は総額460億フランに達した。凍結した金融資産は75億フラン、不動産は15件になった。

NGOトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)スイス支部のマルティン・ヒルティ代表は「スイスにあるロシア資産の情報が乏しいことは、制裁対象者が秘匿した資産をスイス当局が十分積極的に捜査していないことを示唆する。スイスは国際タスクフォースに加わり、積極的に制裁を実行すべきだ」と指摘する。

スイスはこれまでのところREPOタスクフォースに参加せずとも制裁を実行できているとして、この種の国際協力への参加を拒んでいる。

スイスが及び腰なのは、対ロシア制裁に関する西側同盟に加わることで、中立国の立場が失われると恐れているためだ。

TIスイス支部は、弁護士や金融顧問業、不動産・美術品取引業にも銀行と同レベルの厳格な資金洗浄対策を課すよう提唱する。

仲介業者も制裁対象に?

ロシアのウクライナ侵攻を受けて、スイスの銀行・金融機関の一部はロシア事業の撤退・縮小を余儀なくされた。その結果として経営が大きく傷んだ企業は今のところない。

だがロシアに特化していた小規模のウェルスマネジメント業や資産アドバイザーは、少数ながら経営危機に直面している。「プーチンの金づる」とされるチェロ奏者のセルゲイ・ロルドゥギン氏が資金洗浄に利用したロシアのガスプロム銀行とズベルバンクは、スイス支店の閉鎖・売却に追い込まれた。

米国は、いわゆる「仲介業者」への締め付けを強めている。仲介業者とは、富裕層が不透明な方法でお金を動かすのを手助けする弁護士、会計士、財務顧問らのことだ。5月にはスイスの資産運用会社デュラック・キャピタルとそのモスクワ事務所長アンセルム・シュムッキ氏を制裁リストに追加した。

デュラックのドミノ・ブルキ会長はswissinfo.chに対し、同社は制裁に違反したことはなく、既に退職したシュムッキ氏による個人的な取引に「関連した有罪」が判明したと明かした。デュラックは口座を凍結され、業務を縮小中だという。「我々に罪はない。巻き添えをくらっただけだ」

名高いスイスのウェルスマネジメント業界も、ロシア資産の国外流出を食い止めようと必死だ。BCGによると最大の流出先はUAEで、預かり資産は2022年に11%増え5000億ドルに達した。

スイスのプライベートバンクは顧客のスイス離れが他国にも広がることを危惧する。政治的に不安定な国の富裕層にとってスイスの中立性は大きな売り文句だ。それが対ロシア制裁でも失われていないことを、富裕エリート層に説いて回ることが重要なカギとなる。

ボルディエ氏は「顧客は私と同様に、スイスが中立の基本原則を守る中立国であると今でも信じている」と語る。「顧客が疑問視するのはなぜ制裁が特定の集団を対象とするのかではない。問題は『今どこにいるか』ではなく『どこに行くのか』だ」

レッドライン

米国やEUはロシア資産を永久に差し押さえるか、没収してウクライナ再建に充てる方法を検討している。だがどちらも所有権の保護という黄金律を侵す措置であり、法的には議論の余地がある。「犯罪行為が証明されない限り資産は没収されない」という法的確実性が損なわれれば、ウェルスマネジメント業界に致命的な損失をもたらす可能性もある。

ボルディエ氏は「罪を犯していないのに資産を差し押さえたり、過去に遡って犯罪を仕立て上げたりするなど、越えてはならない一線を越えてしまったら顧客は不安になる」と指摘する。「不安定で頻繁に統治者が変わる地域の顧客は特に心配するだろう。そしてそうした顧客はスイスで管理される資産のかなりの割合を占める」

だがロシアを罰しウクライナに利益を供与する資産没収案は、政治的には強い魅力を放つ。ベルギーのアレクサンダー・デ・クロー首相は先月外部リンク、欧州で凍結されているロシア資産から年30億ユーロ(32億7000万ドル)の利益が生じる可能性があり、ウクライナの復興に充てる案が検討されていると明らかにした。

TIスイスも同様の措置を求める。ヒルティ氏は「法の支配の基準を満たす解決策を模索するべきだ」と強調した。

編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:ムートゥ朋子

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