種の保存を目指すオーガニック農場
毛むくじゃらのブタ「マンガリッツァ(ウーリーピッグ)」やスイス在来種の「レーティシュ灰色牛」、蜜入りの「ハニーアップル」や「シェザール・プルーン」。今日ではあまり聞かれなくなった動物や果物の名前だ。だが、希少種の保全に努めるオーガニック農場「フェルム・デ・ソンス(Ferme des Sens)」に足を運べば、そういった珍しい品種の動物や果物を見つけることができる。
この農場外部リンクは、フリブール州のフランス語圏の村、シャテル・サン・ドゥニにある。オーナーのステファン・ヴィアルさんは1970年代生まれで、小規模のオーガニック農場を経営している。取り扱う果物や野菜、家禽や家畜のほとんどがスイスの絶滅危惧種リストにある品種だ。
まだ月明かりが野原を照らす早朝5時、ヴィアルさんの仕事はもう始まっていた。道具を持って家畜小屋に入る。朝の静けさを破る搾乳機の音で、農場の1日が始まる。
アッペンツェルヤギ
囲いの中にいるアッペンツェルヤギは、絶滅危惧種の中でも最も起源が古いスイス原産種の一つだ。このヤギを飼育する農家は、今では数人ほどになってしまった。
経済的側面から言えば、生育の早い現代種ではなくアッペンツェルヤギを飼育する利点はあまりない。だがアッペンツェルヤギは、耐性があり体が丈夫で、ミルクの量が多いため、特にスイスの山岳地帯での飼育に適している。
また何百年も前から、真っ白でやや短い毛並みのアッペンツェルヤギは伝統的なスイスの絵のモチーフになってきた。つまりこのヤギには歴史的で文化的な価値もあるのだ。
1日の最初の作業であるヤギの乳しぼりが終わった。野山は静かに目を覚まし、太陽が昇り始める。ヴィアルさんは、平日は町の学校まで息子を車で送ってから農場に戻り、ヤギたちを丘の中腹まで連れ出し、9頭のレーティシュ灰色牛を牧場に出して草を食ませる。(ギャラリー参照)
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レーティシュ灰色牛
同じく絶滅危惧種のレーティシュ灰色牛は、かなり人目をひく姿をしている。アルプスでよく見られる牛のようなまだら模様がない代わりに、薄いインクのような灰色一色だ。群れになって丘の上を移動する様子は見事だ。
レーティシュ灰色牛もまた、あまり経済的利益をもたらさない。世界中で飼育されている、もっと「コスモポリタン」なアジア由来のゼブイネ種よりも小さい。だがレーティシュ灰色牛は餌代があまりかからず、良質な牧草や干し草でなくても好んで食べる。
これは言い換えれば、山岳地帯の草の経済的価値を上げているということだ。また、体重も軽めでひづめも比較的大きいため、急な坂のある山岳地帯での飼育にも向いている。
絶滅危惧種
大半の現代種と違い、絶滅危惧種の多くは起源が古く体は小さめで、自然の中で進化してきた遺伝子構造を持つ。その結果、現代種に比べるとライフサイクルがやや長く、そのぶん農家の生産量は少なくなる。昔ながらの品種が人気を落とし、絶滅したものさえあるのはそのためだ。
一方で在来種には、より安定した遺伝的特徴を持ち、環境や気候に素早く適応し、病気にも強いという多くの利点もある。質の良くない草や干し草でも丈夫に育ち、何世紀も存続してきた。
だが、経済的利益を重視する現代の畜産業では、生産性の高さばかりが注目され、在来種の長所が軽視されている。そうして種の絶滅が加速され、家畜の遺伝的多様性は失われつつある。
遺伝的多様性が失われるということは、農家では同系交配で同種の家畜の飼育がますます増加し、病気などの外的リスクに対応しにくくなることを意味する。
農業の産業化が始まってからの200年間、世界的にその兆候が見られ、持続可能な開発や生態系の多様性に影響が出ている。そのため、絶滅危惧種の保全を目指す非営利財団「プロ・スペシエ・ララ(Pro Specie Rara)」の活動は非常に重要だ。
非営利団体「プロ・スペシエ・ララ(Pro Specie Rara)」
絶滅の危機にさらされた家畜種や作物種の保護を目的として1982年に設立されたスイスの非営利財団。
その分野ではリーダー的存在で、関連団体や畜産農家と密接に協力し合って活動している。個人や団体など会員数は約3千人。活動費の大部分が寄付金で賄われている。
これまでに多くの在来種を絶滅の危機から救ってきたという。その活動は国内外で評価を受けており、この分野の先駆者とみなされている。
ブタと雌鶏
ヴィアルさんを含め、同財団の活動に賛同・参加する個人や団体は、3千人ほどいる。ヴィアルさんは放置されていた祖父の農場を7年前に引き継ぎ、休閑地を耕し、畜舎や倉庫を修理し、財団から提供された絶滅危惧種の家畜や植物を育て始めた。チョウやクモの生息を促すための野生生物エリアも設けた。ちなみにヴィアルさんの活動には、政府や州から助成金が下りている。
ヴィアルさんの農場にはスイス種の白ニワトリやあごひげを生やしたようなアッペンツェルニワトリ、それから13頭のマンガリッツァのブタもいる。
この毛むくじゃらのブタは通常の白ブタよりも小さく、羊のような毛に覆われていてちょっとかわいい。肉は少し脂肪分が多い。
寒さに強く長い期間野外で飼えるので、周辺の草が生い茂るのを防ぐことができる。つまり生態学的にバランスの取れた方法で景観を守ることができるわけだ。
重労働
搾乳、餌やり、草刈り、その他の仕事に加えて農場経営。農業を営む生活は都会の生活よりもハードだ。ヴィアルさんの場合、それに加えて有機農業の基準を維持しなければならず、また畜産生産量も低いためさらに働く必要がある。それでも、この仕事は楽しく、農場を持って後悔したことは一度もないという。
生態系の多様性と持続可能な農業の関係を熟知しているヴィアルさんは、すぐに結果が出ないことを恐れたり、収益の低さを嘆いたりはしない。
希少な品種を保護し飼育することでのみ、遺伝子資源を守りその存続を保証できると確信しているからだ。
農場だけでは家族を養うのに十分な収入を得ることができないので、午後は知的障がい者の施設で働いている。一見すると何のつながりもない二つの職場だったが、今では施設の入所者を定期的に農場に呼び、様々な作業を手伝ってもらったり自然の中で過ごす時間を楽しんでもらったりしている。
金曜の午後は、農場や近所の農家で作られたオーガニックの農作物を扱う売店を開く。ヴィアルさんは施設の人たちに、木箱で届けられたレタスを一つずつ紙袋に入れる作業を丁寧に教えていた。
静かな革命
ほんの数時間農場を訪れただけでも、オーナーのヴィアルさんがどれだけ自然を愛し、環境や人間に愛情を持っているかが分かる。
ディスプレイやライトできれいに飾られた町なかの店に比べると、ヴィアルさんの売店はとても質素だ。それだけに、壁に貼られたカラー写真のポスターが一段と目立っていた。
人間性と農業をテーマにした映画「The Silent Revolution 外部リンク」のポスターだった。麦畑でほほ笑む1人の農夫。その右上には、フランス人の農業経営者で活動家でもあるピエール・ラブイさんの「真の革命とは、世界を変えるために私たち自身が変わっていくような革命のことだ」という言葉が記されていた。
(英語からの翻訳・由比かおり)
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