時計と商品業界が好調 スイス経済1~3月期概況
銀行の経営危機やインフレ、金利の上昇――スイス経済は2023年の年初から数々の試練に見舞われている。金融、商品、時計、製薬、観光業界などスイスの主要業界がどんな四半期を過ごしたのか、swissinfo.chの経済担当記者が解説する。
1)成長率予測は上方修正
連邦経済省経済管轄庁(SECO)は3月中旬、2023年の成長率予測を1.1%とし、2022年12月中旬から0.1ポイント上方修正した。一方、2024年を1.6%から1.5%に引き下げた。
2023年予想の上方修正の理由として、SECOは中国経済が「ゼロコロナ」政策の転換後、力強い回復を見せていること、欧州のエネルギー情勢がここ数カ月で緩和していることを挙げた。また、主要先進国で(食料品・エネルギーを除いた)コアインフレ率が予想ほど下がっていないため、さらなる金融引き締めと世界的な需要の減速が進むとみている。
スイス国立銀行(中央銀行、SNB)が3月末に発表したインフレ率の予測は比較的高い水準にとどまっている。SNBは3月23日、政策金利を0.5%引き上げ1.5%とした。また、インフレ率は2023年に平均2.6%に伸びた後、2024年と2025年は平均2%に落ち着くと予測した。
2)クレディ・スイス買収劇の渦中にある金融業界
2023年はスイス金融業界にとって考えうる最悪のスタートを切った。経営危機に陥ったスイス第2の銀行クレディ・スイスが、緊急措置として同業最大手のUBSに救済買収されることが決まった。
史上初の「大きすぎて潰せない」2大銀行の統合は危険をはらむ。国際金融市場への混乱拡大を避ける難しい舵取りが求められる。
保守的で信頼できる金融センターというスイスの評判は失墜した。スイス政府が特例措置を使って強引に買収を推し進めたため、株主と債券保有者は脇に追いやられた。
スイス金融市場監督機構(FINMA)は、約160億フラン相当(約2兆2千億円)の「AT1債」と呼ばれる特別社債の無価値化を決めた。これに対し債券保有者から不満の声が上がっている。損害を被った投資家が訴訟に乗り出している。
連邦議会は今後、このような事態になった原因を究明し、クレディ・スイスが経営危機に陥る前に規制当局の監視に落ち度はなかったかを見極める。
その一方で、さまざまな政党が銀行規制の強化やクレディ・スイスの国内事業の分社化を要求している。
3)泣く食品・飲料部門、笑う商品取引部門
インフレは特に食品・飲料部門の企業に大きな打撃を与えた。食品最大手ネスレ(本社・ヴヴェイ)では、新興国市場を中心とした力強い成長にもかかわらず、2021年に仏化粧品大手ロレアル株の売却益を計上した反動で、2022年の純利益が45%減少した。マーク・シュナイダー最高経営責任者(CEO)は2月、原材料費の上昇分を吸収するため、昨年に続き今年も値上げを行う考えを示した。
一方、商品取引部門にとってインフレは追い風だ。資源大手グレンコア(ツーク)では、石油・石炭価格の高騰を背景に、2022年の税引き前利益が前年に比べて60%増加し、340億ドル(約4兆4500億円)を超えた。トラフィグラ(ジュネーブ)でも純利益が2021年の31億ドルから2022年には70億ドルまで跳ね上がった。ただ、商品取引市場のボラティリティー(変動幅)が通常の水準に戻りつつあるため、2023年は収益性の低下が予想される。
ただ商品業界も順風満帆ではない。スイス当局は3月、ロシアに対する経済制裁を徹底するため、同部門がロシア産の原油や原材料の取引で担う役割について透明性を向上させ、監視を強化すると述べた。
3)観光部門は順調な滑り出し
スイス政府観光局は2022~2023年冬シーズンは好調だったと総括する。最終的な宿泊数はまだ公表されていないが、22年11月~23年1月は国内旅行者の宿泊数が新型コロナウイルス流行前の2019年の同時期と比べて約15%増加、外国人観光客(インバウンド)もほぼ通常の水準に戻った。
2022年通年では特に東南アジアからの観光客が急回復し、2019年比3.2%減とコロナ前の水準に近づいた。湾岸諸国からは同5%減、北米からは同8.1%減だった。スイス政府観光局は今後数年間でインドネシア、マレーシア、シンガポール、タイからの観光客が急増すると見込む。
また、中国、日本、韓国、インドからの観光客は今後数カ月間で回復するとみている。ただ、スイス政府観光局広報のヴェロニク・カネル氏は「中国人観光客は今夏までスイスに戻ってこないだろう。航空便数の少なさやシェンゲンビザの取得義務、スイスでの宿泊と高物価、何より航空券の高騰が依然として旅行者の流入を妨げている」と指摘した。
好況の波が続く時計産業
スイス時計製造は過去最高の輸出額を記録した2022年に引き続き、2023年1~3月期も好調が続いた。スイス時計協会(FH)の最新の統計によると、2023年1~2月の輸出額は昨年の同時期と比べて12.8%増の38億フランに達した。
すべての主要輸出先で売上が伸びた。米国は前年比20%超増え、最大の輸出相手国の地位を維持した。ゼロコロナ政策を転換し、経済活動を本格的に再開した中国では2月、売上が増加に転じた。今後数カ月のうちに成長のけん引役に復帰するとみられる。
エントリーモデルの時計(小売価格500フラン以下)も昨年からの勢いを保ち、1~2月の輸出額は10%超伸びた。スウォッチが2022年3月から販売する、オメガの「スピードマスター」の低価格バージョン「ムーンスウォッチ」の成功が牽引した。スウォッチ・グループのニック・ハイエックCEOによると、発売から累計販売数は既に100万本を超えた。だが、高価なハイエンドの時計がスイス時計産業の稼ぎ頭であることに変わりはない。小売価格が7500フランを超える高級時計がスイス時計輸出総額の4分の3超を占めている。
6)製薬業界は大型新薬の開発に重点
製薬大手ノバルティス(本社・バーゼル)は2月、2022年の純売上高を前年比2%減と発表した。為替変動を除くと4%増だが、ドル高によりドルベースでは減収となった。これを受け、ヴァス・ナラシンハンCEOの報酬は25%カットされ850万フランになった。同社は、ジェネリック(後発医薬品)部門のサンドを分社化する方針を変えておらず、世界で8000人の人員削減を進めている。スイスでは1400人が対象だ。
一方、3月中旬にロシュのCEOに就任したトーマス・シーネッカー氏は、デジタル技術と研究開発に多額の投資をすると発表した。今年は人員削減はしない方針も明らかにした。
新型コロナのパンデミックが峠を越え、スイスの製薬業界は主にがんや希少難病の「画期的な新薬」に重点を移している。巨額の利益を生む大型薬「ブロックバスター」の一部に特許の期限切れが迫る。ノバルティスとロシュは新薬の発売に向けて資金を投入し、研究開発をテコ入れしている。
編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:江藤真理
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。