スイスのアニメーション映画を取り巻く環境、改善の余地あり
昨年、スイスのストップモーションアニメ映画「ぼくの名前はズッキーニ(外部リンクMa Vie de Courgette外部リンク)外部リンク」が大成功を収めた。アカデミー賞長編アニメ賞にもノミネートされ、スイスのアニメ界は一躍脚光を浴びた。だが製作費の調達や配給に関する契約交渉などでは、まだまだ多くのハードルが残っているという。
スイスのバーデンでは今月4~9日まで、国際アニメ映画祭「ファントシュ(Fantoche)外部リンク」が開催された。この機会にスイスインフォは、支援に限りがあり言葉の壁もあるこのアルプスの小国スイスで、アニメの芸術スタイルがどのように発展してきたか、そして直面している困難は何かについて、アニメ制作者やプロデューサーから話を聞いた。
「アニメーションは素晴らしいものだ。飛ぶことだって、何だってできる。だからこそ、支援を検討する際に、伝統的な物語づくりのルールを当てはめて考えることは難しい。その他の要因も考慮される必要がある」(スイス公共テレビ局SRFのガブリエラ・ブロッホ・シュタインマン さん)
映画製作への支援
スイスで映画を作ろうと思うなら、資金調達には何カ月、いや何年もかかると考えたほうがいい。だがそれでも近年、映画の製作数は増えており、それに応じて出資や支援額も増えている。
スイスで映画製作に出資しているのは主に、連邦内務省文化局(BAK/OFC)外部リンクと各言語の公共テレビ局(SRF/RTS/RSI)だ。プロデューサーは、スイスではこの支援に頼らず製作費を調達することは困難だと言う。だが、長編アニメ映画では製作費の大部分は海外から調達されることが多い。
公共テレビは、優秀なプロジェクトを支援するために年間100万フラン(約1億1500万円)の予算を計上している。応募作品のほとんどが短編アニメで、応募の機会は年4回。応募作品はドイツ語、フランス語、イタリア語圏の三つでまとめられ、中央委員会が審査する。ドイツ語圏を担当するガブリエラ・ブロッホ・シュタインマンさんは、「技術的コストを全てカバーする十分な予算を立てているか、映像音響の経費を見込んでいるか、作品の着想が人の心をつかむ新鮮なものか」などが審査基準の一部だという。「1回に30件の高レベルの候補が集まることもあれば、あまり質の良くないものが10件ほど集まるときもある」
支援への取り組み
スイス西部のいくつかの州は、映画製作者の資金調達を手助けする目的で、共同出資で基金を設立した。イザベラ・リーベンさんは自らもアニメ制作者で、フランス語圏の公共テレビRTSのアニメ部門を担当する傍ら、この基金に携わっている。映画・オーディオビジュアルメディアのプロ養成を支援する基金FOCAL(The Foundation for professional training in cinema and audiovisual media)外部リンクのフレデリック・ギヨームさんによると、この基金を目当てにドイツ語圏のアニメ制作者がプロジェクトを持ち込むことも多いという。ギヨームさんは、3千万フランというスイスのアニメ映画史上最大の製作費をかけた「マックスとその仲間たち(Max & Co外部リンク)」の監督だ。作品は20カ国以上で配給された。ちなみに「ぼくの名前はズッキーニ」の製作費は800万フランだ。
ギヨームさんは、言葉の違いからくる隔たりは異なる形で表れると説明する。「短編映画の大半は台詞がないので、スイス国内の他言語地域にも比較的持ち込みやすい。だが、土地が違えば映画製作のカルチャーやスタイルも違う。どこにでも通用するユニバーサルな作品を作ることはとても難しい」。この点については、ブロッホ・シュタインマンさんも、「『ぼくの名前はズッキーニ』はスイスのフランス語圏では大好評を博したが、ドイツ語圏やドイツでは違った。アニメ作品が言葉と文化の壁を突破することは難しい」と同調する。
プロデューサー側の問題
ギヨームさんは、スイスのアニメ制作のもう一つの障害として、アニメ映画の経験を持つプロデューサーの不足を挙げる。プロダクションは独立した存在ではなく、作品を作り出すプロセスの一部とみなされるべきだと確信している。「作品を作るには、良いプロデューサーがいて、十分な資金があって、全プロセスを統括し、適した人材を雇う必要がある。その分野ではまだまだ大きな改善の余地がある」
アニメを扱ったことがほぼ無かったチューリヒの映画製作会社ジョイント・ベンチャー(Dschoint Ventschr Filmproduktion)外部リンクは、バルカン半島を舞台にしたアニメ・ドキュメンタリー映画「クリス、ザ・スイス(Chris the Swiss)」のプロデュースで、新しい世界に飛び込んだ。この作品はファントシュ・アニメ映画祭で上映された。プロデューサーのセレイナ・ガバトゥーラーさんは、「私たちは新しいものを歓迎する。この作品のテーマは重要だと思った」と話す。クロアチアでは撮影に適したアニメスタジオが見つからなかったため、現地でゼロから撮影所を作ったが、後になってクロアチア政府により閉鎖された。クロアチアに投資した全額を返済すると約束されてはいるが、今のところ進展はない。
ノウハウを共有する
ブロッホ・シュタインマンさんは、誰でもジョイント・ベンチャーの経験から教訓を得ることができると思っている。「『クリス、ザ・スイス』や『ぼくの名前はズッキーニ』の製作で得られた経験を共有できれば素晴らしい。ズッキーニを製作したジュネーブのリタ・プロダクションズやジョイント・ベンチャーは、海外にもコンタクトを持ったビッグな制作会社だ。だが彼らでさえアニメ作品を作ることの難しさを学ばなければならなかった」
そういった経験やノウハウの共有が、可能になりつつある。このほどFOCALは、アニメ制作のスキルを向上させる目的で「アニマプロッド(ANIMAPROD)外部リンク」という新しいプログラムを発足させた。2019年には、アニメーション、フィクション、ドキュメンタリーの各分野のプロ制作者を対象にセミナーが開催される予定だ。ギヨームさんもその企画に参加した。「フランスやドイツからプロデューサーを雇うことなどできない。それぞれの国にはそれぞれのシステムがあるからだ。スイスの事情を分かっていて、どこから資金を調達し、それをどう使うかを知っている必要がある」(ギヨームさん)
好きでやる仕事
一方で、短編映画は補助金で賄われることも多く金儲けの冒険でもない。短編アニメの制作者は様々な映画祭を回って賞を取ることを目指し、かなり倹約的な暮らしをしている人も多い。ステファン・ヴィッキさんやクラウディス・ジェンティネッタさんのように、自分でプロデュースしている監督がほとんどだ。ヴィッキさんは、製作費から自分の給料をねん出できないこともあると話す。この仕事はお金のためでなく「好きでやっている仕事」だと言う。
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ジェンティネッタさんの短編作品「セルフィー(Selfies)」は、ファントシュ・アニメ映画祭で受賞したが、製作のための補助金申請の準備には1年もかかったという。「どの作品を作るときも資金調達が心配の種だ。でも僕は13歳のころからアニメを作ってきた。他の仕事など考えられない。お金があろうとなかろうと僕はアニメーションを作る」
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「ぼくの名前はズッキーニ」の余波
ブロッホ・シュタインマンさんは、アカデミー賞に「ぼくの名前はズッキーニ」がノミネートされたことは、スイスのアニメ制作者の環境に大いにプラスになったという。「これまで他の文化活動に出資していたスポンサーに、アニメというジャンルの存在を知ってもらうことができた。アニメの存在感が増した」
では、これまで見てきたような様々な困難があったとしても、スイスはアニメ映画を作るのに適した国なのだろうか?ブロッホ・シュタインマンさんは、自信を持って答える。「スイスでは映画製作に対してかなり寛大な支援がある。ドイツに比べると、スイスのアニメ制作者はより多くの資金提供を受けている。人というものは欲張りなもので、みんなもう少しだけと言って欲しがる。でも金庫にあるお金は限られているというだけの話だ」
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