スイスでもブルカ着用禁止の動き イスラム女性たちの反応は?
「顔や全身を覆う衣装着用禁止にイエスを」というイニシアチブ(国民発議)をめぐって、今スイスの政界は割れている。一方、夏のジュネーブ祭りに湾岸諸国から来る、顔や首を覆った女性観光客の考えは、はっきりしている。もし、将来このイニシアチブが可決され、ブルカやニカブの着用がスイス全体で禁止されれば、他の国に旅行に行くというのだ。数人のイスラム女性に話を聞いた。
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スイス国民投票、ブルカ着用禁止を可決
フランス、ベルギー、オランダの公共の場数カ所、イタリアの数都市、スイス・ティチーノ州に続いて、スイスでも全国レベルで公共の場における(全身を覆う)ブルカや(目以外の顔や髪、首を隠す)ニカブが着用禁止になるかもしれない。
今年3月に提案の文書が認められ、国民投票にかけるために必要な10万人分の署名集めが進行中のイニチアチブ「顔や全身を覆う衣装着用禁止にイエスを」が可決される可能性が高いという分析があるからだ。
連邦議会の下院(国民議会)では先月26日、このイニシアチブとほぼ同じ内容の連邦法の成立を目指す「連邦議会の議員発議」が可決されたばかりだ。これが上院(全州議会)で可決されるか否かは不明だが、たとえ連邦法が成立したとしても、国民投票に必要な10万人分の署名が集まれば、全国レベルでのイニシアチブに対する国民投票は行われる。
湾岸諸国からの旅行者は重要
アラブ諸国、特に湾岸諸国からの旅行者の数はスイスで増加の一途をたどり、ジュネーブでは特に著しい。この旅行者たちが、スイスで一番お金を落として行ってくれる人たちであり、その額は一日平均500フラン(約5万4000円)に上る。湾岸諸国からの旅行者は、人数も多いが、高級ホテルの滞在日数においても一番長い。彼らはまた、スイスでは自分たちの食事の好みや生活スタイルに合ったサービスが受けられることも知っている。
しかし、もし国民投票でイニシアチブが可決されれば、全てが変わるだろう。スイス全国の公共の場での、ブルカやニカブの着用が禁止されるからだ。
毎年夏に開催されるジュネーブ祭りには、湾岸諸国からたくさんの旅行者が訪れる。女性たちのほとんどがスカーフを被り、ほんの少人数だが、真っ黒な衣装に頭からすっぽり覆われ、覆われていないのは目だけという女性たちもいる。彼女たちは、こうした衣装の禁止を目指すスイス全国のイニシアチブをどう思っているのだろうか?また今年7月からスイス・ティチーノ州で施行された、ブルカやニカブの公共の場での着用を禁止する州法をどう思っているのだろうか?湾岸諸国からの旅行者に直接聞いてみた。
個人の自由
夫同伴で、サウジアラビアの女性がジュネーブ祭りの遊園地で遊ぶ4人のわが子を見つめている。家族はティチーノ州法の施行のうわさを聞いた。しかし、スイスのジュネーブに出かけるという旅行プランは変えなかった。「でも、もし将来スイス全体でニカブの着用が禁止されれば、スイスに来ないことは明らかだ」と女性ははっきりと言う。彼女は中卒の最終学歴を持っている。
もう少し遠くで、サウジアラビアから来た2人目の女性に質問した。息子3人と夫と一緒にシャワルマを食べている。やはりティチーノ州法施行のうわさを聞いたこの女性は、嫌な感じがしたと言う。「昨年もジュネーブに旅行に来た。しかし、今年ティチーノ州法の存在を聞いたとき、本当にジュネーブに来るか躊躇した。スイス全体でニカブの着用が禁止されているかと勘違いしたからだ。これからスイスの他の所を旅行するが、ティチーノ州だけは避けるつもりだ」
免疫学の修士号を持っているこの女性は、もし全国レベルでこうした禁止を謳うイニシアチブが可決された場合は、スイスにはもう来ないと言う。さらに、そもそもこうしたイニシアチブが国民投票にかけられる可能性に驚くという。「スイスの経済にとって、観光業は大切なセクターのはず。それに、スイス国民は観光客をいつも喜んで迎えてくれ、他の国とは違う。そんな国でこのようなイニシアチブが提案されたことに驚いている」
「ブルカやニカブの着用が禁止されると、湾岸諸国からの旅行者はこの国から消えるだろう」と言うのは、3人目の女性だ。この女性もサウジアラビアからの旅行者だが、この人は、「国の経済にとって問題となるような、そんなイニシアチブが可決されるわけがない」と言い切る。
この女性はIT関係の修士号を取得する準備をしているという。「イスラム教は、世界中に広がりつつある。その結果、スカーフを被った女性は世界中に存在するだろう。そんな中で、スイスがニカブの着用を禁止したら、湾岸諸国からの旅行者だけでなく、他の国からの旅行者もスイスに来なくなるだろう」。そして、こうしたイスラムの女性たちは隣国のオーストリアに行くだろうと付け加える。
ジュネーブでよく知られたショッピングセンターの中で、カタールから来たという、やはり大卒の女性は、買い物かごにチョコレートを次々に入れながら、こう話した。「フランスで2010年にスカーフの着用を禁止する法律が施行された後、フランスには行かなかった。同じ理由で、今年ティチーノ州ルガーノには行かない。スカーフの着用は、個人の自由の問題に関わることだ。これに関しての、あらゆる禁止は認めがたい」
私たちは普通の女性
最初に質問したサウジアラビアの女性の夫は、スイス全体に広がる可能性のあるブルカやニカブの着用禁止について、こう言う。「僕の考えでは、これは、イスラム教に対する『戦争』であり、ムスリムに対する圧力だ。ムスリムに対し、シャリーア(イスラム法)の実践を妨げ、スカーフの着用を諦めるよう強制するものだ。それとも、スイスに来るのを思いとどまらせるものだ」。妻のほうは、さらに強くこう言う。「スイスは自由の国であるはずだ。スカーフ着用は禁止されるべきではない」
2人目の女性は、ブルカやニカブの着用禁止を謳う国レベルでのイニシアチブは、スイスの過激な政党が自分たちの政治的利益のために利用しているのだと言う。
3人目の女性は、このイニシアチブについて「恐らく、欧州の首都で起きた一連のテロ事件がイスラム教の名で行われたため、スイス人はスカーフを被った女性に対する恐れの感情を抱いたのかもしれない。しかし、思い出して欲しい。スカーフを被っていようと、私たちは普通の女性であり、世界の他の女性たちと何ら変わるところはないということを」
この女性の考えは、カタールやアラブ首長国連邦から来た女性からも支持されている。
聖なる戒律
だが、外国から夫の赴任に付き添いで(ないしは単身で)サウジアラビアに渡る女性たちは、頭から全身をすっぽり覆う黒い「アバヤ」と呼ばれる服を見につける義務がある。それは、伝統や慣習に対する敬意からだ。
ではなぜ、スイスの伝統や慣習に合ったニカブやブルカの禁止法に対し、スカーフを被ったイスラム女性たちは敬意を払わないのだろうか?
「サウジアラビアは、イスラム法が支配する国だ。顔をスカーフで覆う義務は、聖なる戒律の一部だ。それはサウジアラビアだけでなく、他の国でも同じだ。なぜなら、神は遍在しているからだ。顔を覆うことで、女性たちは神の声に従うのだ。それは、世界のどこにいても同じことだ」と、質問した女性の1人が言う。
2人目の女性は、こう答えた。「スカーフを被ることは、宗教上の問題であって、伝統や慣習とは何の関係もない」
ジュネーブホテル協会のイネス・クロイツァー事務局長は、現在署名集めが進められているイニシアチブ「顔や全身を覆う衣装着用禁止にイエスを」に関する質問に対し、「当協会は、政治的問題に対して一切のコメントを避ける」と書面で回答した。
これに対しスイス観光連盟は、2015年10月の公式発表でイニシアチブに反対の立場を表明している。「我々は、顔や全身を覆うことを国レベルで禁止するということに対し反対の立場を表明する。なぜなら、スイスは寛容で開かれた国だという評判を世界で得ているからだ。さらに、スイスに来る(アラブ諸国からの)観光客は、明らかにほんのわずかな期間しかスイスに滞在しないと予想できるからだ」(スイス観光連盟のマルク・フェスラー氏)
フェスラー氏に、全国レベルでのイニシアチブの行方を聞いたところ、(可決される否かの)予想は難しいと答えたうえで、こう話した。「だが、ティチーノ州でブルカ、ニカブの公共の場での着用禁止法が今年7月に施行された後の動きを見ると、問題はほとんど起きていないようだ。ホテル側は、アラブ諸国からのお客に対しティチーノ州法の内容を説明している。すると彼らはこの法律を尊重するようだ」
(仏語からの翻訳&編集・里信邦子)
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