欧州ソブリン債務危機の渦中で
スイスの債務残高は、ほかのヨーロッパ諸国と比べるとさほどではない。しかしスイス国立銀行(SNB/中銀)はまだ欧州債務危機から逃げ切れてはいない。
先週ルツェルンで開かれた「第21回ヨーロッパ・フォーラム」では「債務危機からの脱出法」が今年のテーマとして選択された。カンヌでのG20サミットの数日後に開催されたこのフォオーラムは大きな話題にならなかった。
外れた目算
プリンストン大学で経済史を教えるハロルド・ジェームズ氏は、17~18世紀のスペインやフランスの王制時代から、19~20世紀のドイツの皇帝やヒトラーの時代に至るまで、返済能力を超える債務を負ったヨーロッパの国の数は、一般人が考えるよりはるかに多いと語る。
「ヨーロッパの問題は、1980年代にヨーロッパがドルという基軸通貨を持った金融大国アメリカのようになりたいと望んでいたという事実と関係がある」とジェームズ氏は指摘する。
「しかし欧州連合(EU)とは異なり、アメリカは統一された連邦国家であることが忘れられている。EUの通貨統合は、加盟国が自国の予算や税金面における責任を果たさないまま実施された」
ギリシャなど債務危機の渦中にある南ヨーロッパのEU周辺諸国がユーロ圏に加盟した主な動機の一つは、自国の通貨に比べてユーロのほうが低金利だったことだとジェームズ氏は言う。「結果的には、これらの国はユーロの導入によって国債発行による借り入れをさらに増やしてしまった」
ユーロ圏への統合のための通貨や金利の収れんは、加盟国の経済にとって効果的と当初考えられていたが、逆の結果に向かった。
債務の山
OECD(経済協力開発機構)は先ごろスイスを(全くではないが)「浄化された租税回避地の一つ」と評した。しかし加盟国の評価委員会のメンバーであるウィリアム・ホワイト氏はスイスを評価している。「世界的な債務危機の一環として、スイスは歓迎すべき例外だ」
また、ホワイト氏は同様の債務を抱えているアメリカや日本に目を向け、EUの債務問題をヨーロッパ全体というより世界的な問題としてとらえている。「ヨーロッパでは、各国の金利からより低い共通の金利への収れんが、債務の山の増加という結果になっただけだ」
欠陥
ルツェルンでは、その設立時における通貨同盟の欠陥もまた債務の原因として挙げられた。欧州中央銀行の役員ユルゲン・シュタルク氏と、スイス中銀の副総裁トマス・ヨルダン氏は、金融面と財政面における協調政策が確立されない限り、通貨同盟がまともに機能することはないと確信する。
しかしシュタルク氏は、そのような欠陥にもかかわらず、ユーロが実際に脆弱な通貨になったことは一度もないと言う。「これはスイスから見た様相、あるいはスイスフラン高からの視点かもしれないが、国際的に見てユーロは安定を保っている」
さらにシュタルク氏は、ユーロはEU加盟国に物価の安定と金利の低下をもたらしたと付け加えた。
スイス中銀は9月に為替市場に介入し、為替レートの上限を1ユーロ=1.2スイスフランに設定した。これによってスイスの輸出産業と観光産業に携わっている人々は少しは夜眠れるようになった。
債務抑制
スイス中銀のヨルダン副総裁は、ユーロの導入は経済成長を促進したが、加盟国の債務も増えたと言う。「打撃を受けた加盟国の経済規模との関連で言えば、今日の債務の規模は1929年の世界恐慌ときより大きい」
スイスの場合、債務問題を解決するという強い政治的コンセンサスがあったとヨルダン氏は説明する。しかし、ユーロを支えるために採用した金融政策と為替政策によって、スイス経済もまた打撃を受けたと認める。
2001年、スイスは「債務抑制」を導入した数少ない国の一つだった。これは景気のサイクルに応じて、政府が歳入と歳出のバランスをとるよう憲法によって義務付けられた制度だ。
この債務抑制の効果については議論が続いている。連邦経済省経済管理局(EFV/AFF)の局長フリッツ・ツルブリュック氏は、債務抑制を怠ったとしても法的な制裁措置はないと明かす。「例えば、社会保障部門全体は債務抑制の影響外にある。スイスではこれが債務対策の弱点の一つになっている」
実体経済
ルツェルンで行われたフォーラムには、民間部門唯一の代表者として、土木・建築・工業用化学製品の製造販売と研究開発を手掛ける「シーカ(Sika)」の社長ヴァルター・グリュブラー氏が出席した。
1997年のアジア通貨危機、1998年のロシア経済破綻、2000年のITバブル崩壊、2008年のリーマン・ショック、そしてついには大規模な金融危機と、グリュブラー氏は、ここ数十年間に起きた金融危機と債務危機はすべて銀行部門に端を発していると強調する。
実体経済そのものには問題が無かったにもかかわらず、銀行が実体経済を景気循環の後退局面に押し込んだとグリュブラー氏は語る。「(本来ならば)過去数年の間に、実体経済は成長というまれな機会に恵まれていたはずだ」
さらに同氏は、債務問題と金融危機のせいで、技術や生産性における進歩がまだ十分活用されていないと付け加える。
また、債務問題を克服するには、銀行だけではなくヘッジファンドなど金融部門におけるほかの内部当事者を規制する必要があると語った。
政治、経済、科学、文化などヨーロッパの各界の代表者が出席し、スイスと欧州連合(EU)にとって重要な問題について異分野間の対話を促進する国際的な場。
1年に2回ルツェルンにあるルツェルン・カルチャー・コングレスセンター(KKL)で開催される。
1996年の開設以来、この種のイベントとしては最重要のものとして認められている。
今年のフォーラムの開催演説で、エヴェリン・ヴィトマー・シュルンプフ財相は、数カ国が発行した国債は、めまいを起こすに十分な額に上ると発言した。
さらに、ここ数年間の金融・財政政策は「歴史的」で、専門家でない人間にはほとんど不可能なものだったと語った。
その結果、個人が大きな犠牲を払うことなく債務問題を解決できるかどうか懸念が広がった。
ヴィトマー・シュルンプフ財相は、国際的に見てスイスの国家財政は健全だが、輸出を基盤とする経済と金融の中心地があるという特徴のため、混乱に直撃されたと語った。
(英語からの翻訳、笠原浩美)
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