消えた外国人観光客、スイス観光業へのダメージ深刻
新型コロナウイルスの影響でスイスの観光業は悲鳴を上げている。今夏に向けて様々なアイデアで地元客の掘り起こしを図ってはいるが、国内客だけでは外国人観光客の穴埋めはできない見通しだ。平常に戻るまでには数年かかるとされる。
ユングフラウヨッホ(標高3581メートル)で「セルフィ」(自撮り)を撮る日本人観光客。モントルー・オーベルラン・ベルノワ鉄道(MOB)のパノラマ列車に乗るインド人家族。ロープやハーケンを手にツェルマットの街中を歩く北米人登山者。ルツェルンのシュヴァーネン広場の時計店の前でバスを降りる大勢の中国人観光客――。こうした光景も今夏のスイスではみられなくなるだろう。
新型コロナウイルスの感染拡大で世界中の国境が封鎖され、航空交通の大部分が停止したことで、世界中の観光業に大きな影響が出ている。国連世界観光機関によれば、新型コロナウイルスの影響で今年の世界の観光客数は6~8割減少する見通し。これほどの大幅な減少は1950年の統計開始以来、初めてのことだ。
スイスでも入国制限を行っているが、その一部が解除されたとしても今年の夏はスイスの観光業にとって他国同様に非常に暗い見通しだ。今月15日には隣国ほか残りのシェンゲン協定国との国境制限が解かれる予定で、観光業関係者には多少の安心になるかもしれない。だが、それだけでは夏のバカンスシーズンを救うのには不十分だろう。
「短期的な影響ですら、すでに深刻な状態」と語るのは、スイス政府観光局広報担当のヴェロニク・カネル氏だ。「夏シーズンの予想は今もまだ非常に慎重。予想稼働率はホテル部門が24%、ホテル以外の宿泊施設部門が42%だ」と続ける。
ヴァレー応用科学芸術大学の研究によれば、国内総生産(GDP)の2.9%を占めるスイスの観光業は今年、最大87億フラン(約9860億円)の損失を被り、観光業関連企業の4分の1が倒産する可能性がある。
都市への影響大
しかし新型コロナウイルスの影響は国内でも地域によって異なる。ルツェルン、ジュネーブ、チューリヒなどの都市では今春、出張や会議目的のビジネス客の減少でダメージを受けたが、今後はさらに厳しい状況になりそうだ。連邦工科大学チューリヒ校景気調査機関(KOF)によると、これらの都市では今夏の宿泊者数が約5割減少する見通しだ。アルプス地方は2~3割の減少が予想されている。
インターラーケンやツェルマットなどの人気の観光地を除けば、アルプス地方は都市部に比べて外国人観光客への依存が少ない。また感染への不安やソーシャルディスタンシング(社会的距離)が続いていることを背景に、スイスでは夏のバカンス先を人口密度の高い都市部よりも、人気の少ない山の牧草地にしたいという人が多くなっている。
スイスでは冬よりも夏の方が外国人客への依存度が高く、宿泊者数の半数以上を外国人客が占める。行政だけでなく、新型コロナウイルスの影響を受けている各業界は地元での旅行を頻繁に呼びかけているが、スイスや近隣諸国の旅行客だけでは遠い国からの旅行客の穴埋めはできないだろう。「(遠い国からの旅行客は)欧州からの旅行客に比べ数は少ないが、スイス滞在時に使う金額が最も多い」と、ヴァレー応用科学芸術大学のニコラ・デレトロ教授は指摘する。
こうした「お得意様」の不在で打撃を受けるのはホテル、レストラン、山岳鉄道に限らない。例えばルツェルンの時計店では、売上高の約9割を中国などからの団体客が占める。
ジュネーブでは中東からの観光客が高級ホテルやブティックから消え、景気に深刻な影響が出そうだ。特に8月はこうした富裕層客がレマン湖畔にバカンスに訪れる時期とあってダメージは大きくなるとみられる。
中期的な影響
専門家の予測では、欧州以外からの観光客が戻ってくるのは来年以降。そして観光業が18年の活動レベルに戻るにはさらに長い時間がかかるとされる。「スイスの観光業は今後もしばらく新型コロナウイルスの影響を受けるだろう。すべて順調にいったとしても、23年か24年までに正常な状態に戻る可能性は低い」とカネル氏は言う。
海を越えた地域からの観光客がどれだけ早く、どの程度戻ってくるのかは、主に航空業界に左右されるとニコラ・デレトロ氏は考える。「人の行動様式が変化するとは考えにくい。一方で、航空券の大幅な値上げは大陸間の国際観光に決定的な影響を与える可能性がある」
すでに現在でも遠方地域への観光は増加傾向にある。「特にアジア太平洋地域でその傾向が強い。日本人は以前は欧州や米国をバカンス先に選んでいたが、今はアジア諸国やオセアニアを選ぶことが多い」とデレトロ氏は指摘する。
スイス政府観光局は今夏、ゲストカード、宿泊パッケージ、無料で利用できるアクティビティなどを用意して国内客の掘り起こしに力を入れている。同局のヴェロニク・カネル氏は「今こそ付加価値のあるクオリティーを提供して地元客をひきつけるチャンスだ」と話す。
特に人気があるのは一風変わった宿泊施設、キャンピングカー、キャンプ場、家族向けの休暇村だ。スイスでの休暇は高くつくというのが一般的な意見だが、それほどお金をかけずともスイスで休暇は過ごせるとスイス政府観光局は主張する。
とはいえ、地元民が夏休みをもっと国内で過ごそうと思うようになるまでには、まだ時間がかかるかもしれない。「スイス人客をひきつけるためには、山岳地方がさらにアイデアを出す必要がある。景観の美しさだけには頼れない」と、ヴァレー応用科学芸術大学観光研究所のニコラ・デレトロ氏は言う。
一方、山岳地帯では夏・秋の観光シーズンはスキー観光が盛んな冬に比べてかなり軽視されてきたが、コロナ禍を機に活性化が図られる可能性がある。だがそれには山岳観光の関係者間で協力関係を強化する必要がある。
「視野の狭い考え方はやめなければならない。顧客の興味に応じた観光モビリティ(サイクリング、ハイキング、温泉など)を提供すべきだ。そして短期滞在プランに集中する必要がある」とデレトロ氏は語る。
それでも、スイスは今後も遠方の人気旅行先として上位に並ぶだろう。「海水浴のために地球の裏側にまで行くことはいずれ時代遅れになるだろう。しかし多くのアジア人観光客にとって、スイスは一生に一度は訪れたい国であることは間違いない」とデレトロス氏は推測する。
(独語からの翻訳・鹿島田芙美)
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