為替操作国認定を意に介さないスイスフラン
米国は昨年12月、スイスを為替操作国に指定した。外国為替市場では6年近く前から予想されていたことで、遅すぎる決定と言ってもいい。
スイス国立銀行(中央銀行、SNB)は2015年1月、通貨フランの対ユーロ相場に設けていた上限を突如撤廃し、通貨市場を大混乱に陥れた。高官が上限を維持する方針を繰り返した日からわずか数日後のことだ。不意打ちの決定に銀行や投資家は大損害を被り、証券会社が破産し、訴訟が何年も続いた。
SNBの肩を持つならば、撤廃するギリギリのところまで上限を維持するしか手段がなかった。
だが非公式には、業界幹部は怒りに燃え、撤回はまさに為替操作そのものだと非難した。SNBが相場上限の維持を確約したからこそ、投資家は1ユーロ=1.2フランの上限は超えないことを前提に大博打を打つことができた。SNBが撤退を決めた後、投資家は一斉に賭けから引き揚げ、ユーロ相場は暴落、フランは40%近く高騰した。
それでも米財務省は3カ月後に発表した為替報告書でSNBの行動に理解を示し、悪行に走る中央銀行の一味と名指しすることを控えた。
だが昨年は様相が違った。新型コロナ危機を受けて投資家が安全資産に群がったため、再びフラン相場が高騰し、為替介入を発動せざるを得なかったSNBに対し、任期間際の米トランプ政権は厳しい姿勢を突き付けた。スイスを為替相場の不正操作国として正式に指定したのだ。
米連邦準備制度理事会(FRB)が世界に流した資金は数兆ドル規模なのに、スイスが単独で行った推定980億ドルの為替介入は多すぎる――米財務省の目にはそう映った。
「財務省の許容水準は狭く、スイスは手足を縛られてきた。だが基準項目や実際の指定については、エメンタールチーズよりも多くの抜け穴がある」。英キャピタルエコノミクスの欧州担当シニアエコノミスト、デヴィッド・オクスリー氏はこう話す。
オクスリー氏によると、昨年のスイスの対米貿易黒字の増加(認定基準の1つ)は、主に米国がスイスの金を購入したことが原因だと米財務省自身が認めている。為替報告書は、米国がかなりの黒字を計上しているサービス部門を無視している。
だが致命的だったのはフランに介入するというSNBの決定だった。中央銀行は為替相場を市場に委ねることへの合意とコミットメントがあり、為替介入をすればある種の烙印を押される。金融政策立案者は通常、主要金利の引き下げなど他の選択肢を使い尽くした場合にのみ、為替市場への直接介入という手段を頼る。
スイスは長年、細部を気にせずに動いてきた。他の政策手段が不足しているためだ。主要政策金利はマイナス0.75%と主要10カ国(G10)国家の中で最も低く、国内債券市場は比較的狭い。市場の緊張が高まると安全通貨のフランに買いが殺到するという宿命を負う。
パンデミック後の政策決定においては、他の主要中央銀行の一部も不愉快な選択を迫られる可能性がある。FRBによって放出された余剰マネーがこの1年間でユーロ相場を10%近く押し上げ、欧州中央銀行(ECB)の頭痛の種を蒔いた。
米財務省の決定が発表されたその日に、SNBがすかさず「外国為替市場により強力に介入する意思がある」と断言したことは驚くに値しない。
そうしなければならない理由がある。2020年にリスク資産が大幅に回復した後も、フランは2015年まで設けられた上限よりも対ユーロで1割近く高い。一方、ドルは過去1年間で大きく下落し、他の主要通貨バスケット価格に対して7%以上値下がりした。フランに対する2020年の下落率は約9%に及ぶ。
米財務省から強力な二の矢が放たれるとみるアナリストはごく少数だ。20日に大統領に就任したジョー・バイデン氏は前任者に比べ対立的な貿易政策を取らないとみられている。アナリストたちは、操作国認定を受けてフラン相場への風向きが変わる可能性は低いと指摘する。
「操作国指定はSNBを二重に侮辱している。政策立案者は競争で有利に立とうとしただけで、それがうまく行っていないだけなのだから!」(オクスリー氏)
Copyright The Financial Times Limited 2021
(英語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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