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牛のメタンガス排出を抑える飼料添加物、スイス農家が試験的導入

農夫と牛
農夫のトーマス・ファーヴルさんは、「気候変動対策や環境を守るためにできることは全てしているのに、公害だと非難される」と不満を漏らす Luigi Jorio / swissinfo.ch

牛は牛乳と肉を生産するだけではなく、強力な温室効果のあるメタンガスも排出する。飼料に添加物を加えることでメタンガス排出量を減らし、より持続可能な畜産農業を促進できるかもしれない。だが動物に長期的な影響はないのだろうか?

トーマス・ファーヴルさん(34)はスイス西部フリブール州のなだらかな丘陵地帯にあるル・クレ村で家族農場を営む農夫だ。「気候変動対策や環境を守るためにできることは全て行っているが公害だと非難される」と、多くの若手農場経営者と同様に不満をにじませる。白い毛に赤い斑点のあるモンベリアード種という混血種を中心に約50頭の牛を飼育し、年間15万リットルの牛乳と数百キログラムの食肉を生産する。牛乳はスイスの有名なチーズ「グリュイエール」の原料となり、肉は直売している。

ファーヴルさんの農場は22ヘクタール(22万平方メートル)の典型的な中規模農場だ。牛は納屋と牧草地を取り囲むフェンス内で飼育されている。8月下旬のその日は、山の上の高地でもまだ数頭が放牧されていた。牛が食べるタンポポの牧草を指差しながら「この牧草地一面が炭素を吸収する。つまり気候変動対策に貢献している」と話す。

草原と牛
ファーヴルさんは22ヘクタールの広さの中規模農場を経営する swissinfo.ch

ファーヴルさんが取り組む温室効果ガス排出・吸収量収支の改善努力は牧草だけではない。昨年冬からは、ガスの排出を抑えるための特別な添加物を牛の飼料に入れて与えている。牧草や干草、濃厚飼料などに加えるもので、「他にも同じ取り組みをしている農家を知っている」と言う。

同氏は微力ながらも地球規模の問題解決に取り組んでいる。メタンは強力な温室効果ガスだ。今後数年間で温室効果ガスの総排出量を大幅に削減できなければ、地球温暖化を1.5度までに抑える目標を達成できない外部リンクだろう。

牛1頭から最大120キログラムのメタンガス

メタン(CH4)は二酸化炭素(CO2)に次いで気候変動に最も影響を与える。CO2と比べると、大気中での浮遊時間は短いが、温暖化に与える影響は20年間で80倍以上に上る。

メタンガスの約6割は、農業活動(特に畜産業)、廃棄物処理、石炭・石油産業の副産物として人為的に排出されている。大気中のメタン濃度は産業革命以前と比べて2倍以上に上昇した。

牛などの反芻(はんすう)動物の消化器官には4つの胃があり、メタンは1つ目の胃(ルーメン)に生息する細菌によって作られる。メタンは主に植物の繊維の発酵段階で生成し、牛が息を吐いたりゲップをしたりするときに口から排出される。おならにもメタンは含まれる。土中で肥料が分解される過程でも発生する。

牛1頭が1年間に排出するメタンガスは70〜120キログラム。肉や牛乳の生産用に世界中で飼育されている牛は、他の家畜と合わせるとCO2換算で年間約31億トン外部リンクのガスを大気中に放出している。世界中の家畜をまとめて1つの国として換算すると、中国と米国に続き世界で3番目に温室効果ガス排出量が多い国となる。

スイスの温室効果ガスインベントリー(温室効果ガス排出・吸収量)によれば、メタン排出量の83%を農業部門が占める。スイスは昨年、メタンの排出量を2030年までに2020年と比べて30%削減外部リンクする目標に100以上の国や地域と共に合意した。肥料管理や家畜飼料の改善により達成が見込まれる数値目標で、特に重要なのが後者だ。

連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)のムッチャン・ニゥー助教(動物栄養学)は「添加物は飼料と並んで牛のメタンガス削減戦略に極めて重要外部リンクな役割を果たすだろう」とswissinfo.chに話す。

メタンを減らし牛乳を増やす添加剤

飼料添加物には、腸内メタン生成に関わる酵素の働きを阻害するタイプと、腸内環境をメタン生成に不利な条件に変えるタイプがあり、成分として精油や硝酸塩類、タンニン、天然植物抽出物などを含む場合がある。

ファーヴルさんが使用している添加剤は、クローブ、ノラニンジン、コリアンダーの種子をベースに作られている。スイス企業アゴリンが開発し、畜産飼料を製造する企業UFAが販売を行う。使い方は簡単。従来のミネラル混合飼料にこの添加剤を加えるだけだ。

飼料
メタン生成抑制剤は従来のミネラル顆粒に混ぜて使う Luigi Jorio / swissinfo.ch

米国やオランダ、スペイン、英国では、この添加剤の効果に関する調査外部リンクが実施された。限られた頭数を対象とした数週間という短期間の実験ではあるが、アゴリン製の添加剤がメタン総排出量を10〜20%減らすことが示された。アゴリンの技術責任者ベアトリス・ツヴァイフェル氏は、同製品は既に欧州の乳牛の飼料の約5%に使われていると説明する。

ファーヴルさんはこの添加剤を無償で受け取る代わりに、添加剤で達成された排出量の削減権をスイス農業協同組合フェナコ(Fenaco)に譲渡している。フェナコはUFAの株主でもある。フェナコは今秋から国際市場で通用するCO2削減証明書外部リンクの発行を開始し、この証明書を売ることで排出量を相殺できる仕組みだ。

フェナコによれば、スイスの乳牛のガス排出量はCO2換算で年間約190万トンだが、このうち「数十万トン」を削減できる可能性があるという。最近の研究外部リンクでは、この植物抽出物ベースの添加剤は乳量をわずかに増やすとも報告されている。

牛にエサを与える農夫
ファーヴルさんはメタン生成を抑える添加物の入ったミネラル顆粒を毎日100〜150グラム家畜の飼料に加えている Luigi Jorio / swissinfo.ch

動物の健康への影響は?

しかし問題はそう単純ではない。スイス連邦経済省農業研究センター(アグロスコープ)のジョエル・ベラー氏は、メタン生成を抑制する添加剤の投与は比較的新しい取り組みで、実績はまだ限定的だと指摘する。同氏は「メタンガス排出量を長期的に著しく減少させることは、同一種の動物の小規模グループを対象にした実験でしか確かめられていない」とswissinfo.chにメールで回答した。

昨年末に出版された、食品添加物の有効性に関する評価報告書外部リンクでは、メタンガス排出量を10%以上削減することが確認された添加物は10種類中3種類(3-ニトロオキシプロパノール、カギケノリ属の海藻類、硝酸塩類)のみだと結論付けている。

測定器を付けられた牛
メタンとCO2の排出量を測定する機器を取り付けられた牛 Agroscope

ベラー氏は、牛の健康に与える長期的な影響についてはまだ分かっていないとも指摘する。今年7月に発表されたレビュー論文外部リンクには、植物油や油糧(ゆりょう)種子の使用はルーメンの機能と乳成分に悪影響を及ぼす可能性があり、硝酸塩類は動物の健康に影響を与える可能性があると述べられている。同氏は「天然飼料の繊維、特に草や干草の繊維を最適な形で利用するためにルーメンで働く細菌を添加物が攻撃したり阻害したりする可能性もある」と話す。

前述のETHZのニゥー氏は「短・長期的な影響は投与量にもよるため、慎重に調べなければならない」と言う。牛に与える飼料中の濃厚飼料の割合など、牛の餌についての他の要素も考慮することが重要だと強調する。また、牛の寿命を延ばし、ガス排出量の少ない牛を遺伝子解析によって選抜すれば、牛乳1リットル当たりのメタンガス排出量を減らせるだろうという。

肉の消費を減らす

これらのアプローチでうまくいかなければ、動物保護団体やグリーンピース外部リンクなどの環境団体が主張するように、牛の頭数を大幅に減らし、肉や乳製品の消費量を減らすしかない。もちろんこれは、農夫のファーヴルさんにとっては歓迎できない解決策だ。

現時点では、メタン生成を抑制する添加剤が家畜のガス排出量を減少させているかどうか断言はできないとファーヴルさんは言う。この夏の猛暑やヒートショックを始めとする様々な要因が家畜の代謝機能に影響を与えている可能性もある。確実に言えるのは、牛乳の味は変わらないことだ。そして何より「牛たちは元気だ。これが大事だ」と強調した。

英語からの翻訳:佐藤寛子

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