スイス国立銀行(中央銀行、SNB)の何かが臭い。性差別のにおいがする。
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SNBで金融政策の執行を司る第3局は、男性優位社会の最たる部署と言える。46人の管理職のうち女性はたったの4人。いずれも所属先のトップを補佐する次長の立場だ。割合にして9%に過ぎない。
昇進で置き去りにされる女性たち
SNB全体で幹部145ポストのうち117ポスト、81%が男性に占拠されている。欧州中央銀行(ECB)は上級管理職の男性比率は69%、米連邦公開準備理事会(FRB)は57%だ。
SNB幹部の女性比率は改善しているのか?答えは否だ。
SNB内の昇進システムでは女性が置き去りにされている。SNBでは2000年以降、57人の生え抜き行員が幹部に昇進したが、うち84%は男性だ。部長・局長クラスに就いた女性は過去20年でたった3人だった(男性は25人)。
「フルタイム信仰」が男性を有利に
これには2つの原因がある。
第一に、男性は考査において、女性を男性に対してよりも批判的な目で見る傾向がある。専門用語で「ジェンダー・バイアス」と呼ばれる効果だ。男女差別だとして担当部署に訴えることもできる。だがSNBにそうした部署は存在しない。
第二に、SNBでは男性の圧倒的多数(87%)がフルタイムで働いているのも有利な点だ。一方、女性行員は半数以上、数字にして55%がパートタイムで働いている。この家父長的な雇用配分が男性を利するのは、フルタイムの幹部は同じフルタイム勤務の候補者をパートタイムの女性より高く評価する傾向にあるからだ。これは心理学で「内集団バイアス」と名付けられている。
つまり男性の手で為される採用・昇進プロセスは男性を有利にしている。男性支配が自己増殖しているのだ。
さながら「ボーイズクラブ」のリサーチカンファレンス
もう1つSNBの男性社会が顕著に表れるのは、毎年9月に開かれるSNBリサーチカンファレンス外部リンクだ。
カンファレンスの招待客となるのに最も重要な要素は研究の質だ。質的に優れた研究は特に米国の大学で量産されている。米国では現在、経済学教授のうち男性は約75%。だがSNBのカンファレンスの招待客のうち男性は94%に上る。
つまりSNBは女性より男性が多く働いているだけではなく、男性によって男性を体系的に有利にする秩序が作られているというわけだ。この不都合な真実に、SNB幹部はどう対処しようとしているのか?
才ある女性は離職
実質何もしていない。
SNBでは女性応援プログラムを作り上層部における男女差別解消への目標を立てているが、幹部は現状に危機感を抱いていない。幹部の女性比率が圧倒的に高いECBでさえ、将来50%に高める目標を掲げているのとは対照的だ。
SNB幹部が男性社会を放置し続ければ、才能ある女性が行内で活躍する場がなく流出してしまうという問題を引き起こす。スイスの中銀バンカーとしてキャリアを積みたい女性にとって不公平な状況だ。
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バーゼル大学機会均等推進局課のベアーテ・ベッケムさんは、「たくさんの有能な女性ポスドク研究員が大学を去ってしまう」と話す。
次の統計は、バーゼル大学においてこの離職傾向が顕著なことを示している。
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性差の強い職場環境はスイスの金融政策にも良くない影響を及ぼす。意図的であってもそうでなくても、行員がその能力ではなく性別(つまり男性)によって昇進していけば、中長期的には中央銀行が適切な金融政策を運営する能力を失っていくことになる。
FRBで男女平等顧問を務めるアマンダ・バイエル外部リンク・スワースモア大学教授は、「解決策を見つける1つ目のステップは、問題が存在することを認めることだ」外部リンクと話す。
swissinfo.chはSNB広報に対しコメントを求めたが、「この問題については回答しない」との返答だった。
※本記事はファビオ・カネッジ氏がソフィー・ギニャール氏の助力を得て執筆しました。
(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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