ローザンヌバレエ、齊藤亜紀さん「プロのダンサーになるには視野を広く持つことが大切」
今年でローザンヌ国際バレエコンクールの審査員を務めるは4回目という齊藤亜紀さん。ベルギー王立フランダースバレエ団の現役プリンシパルだ。「白鳥の湖」などで見せた、ヴィム・ヴァンレッセンさんとの息の合った踊りには定評がある。ローザヌバレエで入賞した際に、ベルギー王立アントワープバレエ学校の校長に望まれて入学。その後も望まれて今のバレエ団に入りプリンシパルにまで登りつめた。「いい出会いといいチャンスをいただいて、私はすごく幸せです」と語る齊藤さんに、若いダンサーが将来プロとして活躍するためのアドバイスなどを聞いた。
齊藤さんは16歳のとき全日本バレエコンクールで1位になった。すると両親は「1位をいただいたのだから、もういいじゃないか。バレエの道は厳しいし、やめて大学に行ったら?」と言ったという。だが、どうしても続けたくてローザンヌバレエに行って審査員に将来性を見極めてもらうという条件で両親を説得。ところが入賞し、奨学金をもらってアントワープのバレエ学校への留学が決まった。
「だから、ローザンヌバレエは私にとって人生のドアを開けてくれたようなもの。審査委員という形でここに恩返しができるのは、すごくうれしい」と齊藤さん。
コンクール期間中の過ごし方についてのアドバイスも、自分の経験から「審査員は生徒の潜在的可能性を見ようとしているのであって、どれくらいできあがっているのかを審査するのではない。だから失敗を恐れる必要はまったくなく、それよりも自分がどれだけ踊りが好きかといった点や、自分の内面にあるものをできる限り出すことに集中したほうが、リラックスしていいところを見せられる」と語る。
スイスインフォ: 最近は、ここに来る前に他の海外のバレエスクールに留学し、そこからこのコンクールに参加する生徒や、ここには来ずにそのままスクールからカンパニーに入る生徒もいます。そうした中で、このローザンヌバレエの存在をどう捉えますか?
齊藤亜紀:いろいろなダンサーがいるように、チャンスの見つけ方もそれぞれ皆違うと思います。だから、どこかに留学して経験を積むのもいいと思うし、ローザンヌだけがチャンスではない。ここはプロのダンサーになるための通過点の一つでしかない。
でもローザンヌがすごくいいところは、舞台で踊ってそれだけを判断されるのではなく、生徒と先生の受け答えの仕方や、その人がリハーサル中にどう成長していくかなど、その人の将来性に重点を置くという面白い点だと思います。
賞をもらい羽ばたいていく人もいるし、バレエ団の校長やディレクターと会って、チャンスをもらう人もいて、ここに来て何も得ずに帰るということは、まずないと思います。
ここでたとえ声がかからなくてもいろんな国の若いダンサーと出会える。私も16歳のとき、他のダンサーを見てもう本当に感動してしまって、あっ、こういうアプローチの仕方があるんだ、こういうダンサーになりたいなと、たくさんのことを学びました。だから、ローザンヌは特別な存在だと思います。
スイスインフォ: ところで、ここで決勝出場者に選ばれたり、入賞したりする生徒は英国ロイヤルバレエとか、いわゆる大きなところを目指すことが多いのですが、どう思われますか?
齊藤: 何を求めたいかだと思います。大きなバレエ団にいくのがその人の夢だったら、それはそれでいいと思います。
私の場合は、アントワープのバレエ学校の校長先生がたまたま当時のローザンヌバレエの審査員をしていて、どうしても来て欲しいと言われ「望まれているところに行ったほうが幸せになれる」と思ったのです。
次に今のバレエ団でハーフ・ソリストの契約をあげると言われた。それは10代の私にとっては大きなチャンスだったし、入った後で他に行けるかも知れないと思い、まずは入った。そこでたくさんの役をいただいき、プリンシパルにまで登りつめ、そこでまた他のところへ行けるかなと思っていたら、ウィリアム・フォーサイスの作品や「眠れる森の美女」など、たくさんの演目を持ってくるから残って欲しいと言われた。
結局、いろんな人に可愛がられ、アーティストとして成長したかったので、子どものころからの夢だった「オネーギン」まで踊れて、ヴィム・ヴァンレッセンという自分をそのままぶつけられるパートナーにも出会えて、本当にラッキーでした。
だから、バレエ団を選ぶときもどういうところがどういうレパートリーを持っていて、自分がどういうダンサーで、向こうがどういうダンサーを求めているかを知ることが、これからのダンサーにとっては、大切な選択方法だと思います。
スイスインフォ: 齊藤さんは、スクールからバレエ団に入るときも望まれての入団ですが、一般にバレエ団に入るためのアドバイスは、何でしょう?
齊藤: 視野を広く持つことが一番大切なのではないかと思います。
生徒のときは、こうしなさいと言われたことを受け入れ消化して舞台に出るというのが、生徒と先生の関係。ところがプロになると、「あなたはどう踊りたいのか?」と聞かれるし、どうすれば自分らしさを出せるかをアピールしなければならない。
いろんな、スタイルの違うマッツ・エックやウィリアム・フォーサイスといった振付家の作品やマリシア・ハイデが振り付けた「眠りの森の美女」まで、ときには自分ではできないと思うようなものも踊らなければならない。だから、視野を広く持ち、いろんなことを受け入れられる大きな器の人になるということが、多分プロになるにはすごく大切だと思います。
スイスインフォ: では次に、プリンシパルになるための、ないしはプリンシパルであり続けるためのアドバイスは?
齊藤: 自分がどういうタイプのダンサーかを自分でよく知ることは、すごく助けになると思います。
その上で、疑問を持つことが大切です。例えば、自分がどう踊るかだけではなく、作品をどう作っていくかという点で、人とのコミュニケーションがすごく大切になるので、常に疑問を持つというか、このアプローチに相手はどう応えてくれるかな?自分はどういう風にこの演目を作りたいのか?といった具合に、常に疑問を持つことが大切だと思います。
プリンシパルになるとうまく踊れるのがあたりまえで、ある意味孤独になっていく。群舞にいるときは、みんなで「白鳥の湖」をどう踊るかと考えるのですが。
それでも上から下の人まで、チームワークで一つの作品を作るのですから、いろんなコミュニケーション力が必要になる。振付家とのコミュニケーションも重要ですし。テクニック的なことだけではなく、人間として常に自分に対していい疑問を持って成長していくのが、多分すごく大切なんじゃないかなと思います。
スイスインフォ: ヴィム・ヴァンレッセンと素晴らしいコンビを組んでおられますが、よいバレエパートナーとの出会い、つまり「運」もプロとして活躍する場合に大切なのでは?
齊藤: ヴィムとの出会いはすごく偶然で、ローザンヌで賞をもらいバレエスクールに入った初日に彼に会いました。同じクラスだったので、16歳のときからお互いを知っていて、次に同じ時期にバレエ団に入った。別に自分たちのほうから「一緒に踊りたい」と言ったわけではないのですが、ちょうど背丈が合うのと、学校で同じ先生について育ったので、音感が同じだったり、アーティスティックな面の解釈がすごく似ていたりします。
3年間学校で一緒にパ・ド・ドゥの練習もし、彼とは難しいステップも直ぐにできるんですよ。もちろん、世の中に素晴らしいパートナーはいますが、他の人とは、「ちょっとこわいな」と思うことがある。でもヴィムとだったら安心感がある。目をつぶっていても踊れるくらい(笑)。
振付家にとっても、作品を作っていくプロセスで、我々の飲み込みが早いので、もっと難しいことができるだろうと要求も高くなる。そんなWin-Winの関係です。
ベルギーでもよく聞かれるのですが、目指して作ったパートナーシップではなくて、偶然のものなのです。
スイスインフォ: 最後に、齊藤さんの例えば「バッハのソナタno5」で見せられた、あの素晴らしい表現力の秘密は何なのか、教えていただけませんか。
齊藤: 私の場合は、バリエーションよりもパ・ド・ドゥが好きなのです。理由は、踊っている(ヴィムという)パートナーとの化学的反応というか、一緒に何かを作り上げて、1たす1が2ではなく、3や4になるというのが好きなプロセスなのです。
だから、ヴィムが本番に出るときに言うのが、「We feel each other(お互いを感じ合って踊ろう)」なんです。本当にお互い、あうんの呼吸でやる。
リハーサルもディレクターに止められるくらいの量をします。うまくいくことがリハーサルではない。できてできてその後で失敗するところまでリハーサルして、「じゃなんで今までうまくいって、今回失敗したのか」と分析して、それで完璧になったら、まだもう少しよくなるはずだと、もうちょっともうちょっととやっていく。それの繰り返し。そこまでいったら、本番は「we feel each other」なんです。
だから彼が早く動きたいときは、それが感じられるし、私がジャンプでちょっと大きかったりすると彼もそれを感じる。お互いのタイミングを感じることによって、1たす1が3や4になる。それを多分お客さんも感じてくれて私たちを評価し、好んでくれるのだと思います。
齊藤亜紀さん略歴
1974年7月1日盛岡に生まれる。7歳からバレエを習い始め、1991年ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップを受賞。
同年、ベルギー王立アントワープバレエ学校に留学。1994年にベルギー王立フランダースバレエ団に入団。2004年からプリンシパル。
2002年,2003年、2007年、2017年の計4回ローザンヌ国際バレエコンクールの審査員を務める。
ダンスパートナーであるヴィム・ヴァンレッセンさんと齊藤さんのために特別に振り付けされた「白鳥の湖」での踊りは定評がある。
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