米大統領選 スイスのビジネスにうまみの多い候補者はどちら?
スイスと米国の貿易は近年盛況だ。米大統領選の投票日が3日に迫るが、トランプ現政権か、より融和的な可能性を秘めるバイデン氏のどちらがスイスにとって有利なのか。
米国とのスイスの貿易関係はかつてないほど良好だ。スイスの対米輸出は2017年から昨年末までで20%増加した。うち半分は製薬・化学部門だ。精密機器、機械、電気製造も昨年、対米貿易は拡大し、他の欧州向けは縮小した。米国市場における時計の売上も、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)以前は好調だった。
一連の脱税事件で米司法省から厳しい訴追を受けたスイスの銀行でさえ、米国に好意的な姿勢を取り始めている。スイスの名門プライベートバンク、ピクテは最近、ニューヨークに資産管理事務所を開設した。
トランプ大統領は、スイス・米国商工会議所に自らの価値を証明した。 同会議所のマーティン・ナヴィル会頭は「トランプ氏は貿易に友好的な人物だ。ただし、それが互恵的に行われる場合に限る」と評する。言い換えれば、当事者双方にうまみがなければならない。中国はトランプ氏のやり方に異を唱えるかもしれない。だがナヴィル氏は「スイスにとっては非常にうまく機能している」と話す。
新政権がもたらすものは?
ナヴィル氏は、民主党候補の対抗馬ジョー・バイデン氏は未知数で、同氏の通商政策すべてが有望なわけではない、とみる。バイデン氏はさらなる環境配慮型の経済、税負担の再分配、高額になりうる医療改革を前面に押し出すが、これが米国経済にブレーキをかける可能性があると懸念する。
ザンクト・ガレン大学の貿易専門家シュテファン・レッゲ氏も、バイデン新政権が誕生した場合、その貿易政策の効果には疑問符が付くと指摘する。
レッゲ氏は「バイデン氏の貿易政策の全容ははっきりしない。スイスに対する変化がほとんどなかったとしても、私は驚かない」と話す。
バイデン氏の貿易政策には詳細が欠けるが、大統領に選出された場合、トランプ氏の中国に対する攻撃的なスタンスを踏襲する可能性が高いーー。レッゲ氏はそう予測する。その一方で「バイデン氏は欧州で同盟国を作りたいように見える」と指摘し、 「トランプ氏は強く一方的なアプローチを取るが、バイデン氏は米国の経済目標を達成するため、他者との協調をより好むように見える」
欧州連合(EU)へのより柔和なアプローチは、スイスが対米貿易紛争で潰されない一助となる可能性を秘める。スイスは米国の鉄鋼・アルミニウム輸出に対する関税ですでに打撃を受けている。バイデン氏が世界貿易機関(WTO)との協力により友好的であることが証明されれば、貿易紛争も和らぐかもしれない。
銀行と法人税
フラン急騰を防ぐというスイス国立銀行(スイス中銀、SNB)の方針もまた、潜在的な論争の1つのテーマだが、これは米ドル安でいくらか影を潜めたようだ。また、雇用の国内回帰を目指しトランプ政権が米国企業に設けた税制優遇措置は、現時点でスイスにはほとんど影響を与えていない。
ナヴィル氏によれば、2017年にスイスのバイオテクノロジー企業アクテリオンを300億ドル(約3兆1200億円)で買収した米ジョンソン・エンド・ジョンソンなどの企業は、スイスを離れる意図は全くない。9万人超を雇用する1千社以上の米国企業が、2018年末までに750億フランをスイスに投じた。スイス企業は米国に2860億フランを投資している。スイス企業はほかのどの国よりも米国に多額の資金を投じている。米国投資において、スイスは5番目に重要な投資元だ。
自由貿易協定の衰退
スイスは、在スイスのエド・マクマレン米国大使が貿易政策のけん引役になると期待した。同大使は実際、米スイス間の自由貿易協定(FTA)に向けた新たな試みを支援している。ただ、米国が関心の先を中国・アジアに向け、それも立ち消えた。レッゲ氏はこうした動きは今後も継続するとみる。スイスがこれまでの農業関税に対する要求を取り下げない限り、米国にうまみは乏しいと話す。
レッゲ氏は「よっぽど野心的な取引を提示しない限り、米政府はその政治的資源を交渉に投入しないだろう」と指摘する。「しかし、農業・食品の関税撤廃は、スイスでは依然として非常に賛否の分かれる問題だ」
もう1つの潜在的な問題は、増え続ける米国の対スイス貿易赤字だ。特にトランプ氏が再選されればその傾向が続くとみられる。トランプ政権の最初の3年間でスイスの輸出は20%増加したが、米国からの輸入は横ばいだった。スイスの税関統計によると、スイスの貿易黒字はこの恩恵を受け、2017年の210億フランから昨年末は283億フランに増えた。
議会と新型コロナウイルス
3日の大統領選の結果とは別に、重要な要素がもう1つある。それは米国議会の構成だ。新政権の貿易政策の規模とスピードは、どちらの政党が過半数を占めるかによって、弾みが付くか、妨害されるかに分かれる。
また、今も続く新型コロナウイルスのパンデミックの速度と規模も、次期大統領の方針に影を落としそうだ。スイスの対米輸出は今年3月に過去最高の47億フランに達したが、失業者や破産企業の増加につれ、その数字は急落した。
ただ現時点では、大統領選の結果よりも、少なくとも短期的に見れば、両国の政府がいかにパンデミックを封じ込められるかが米スイス貿易関係により大きな影響を与えそうだ。
(英語からの翻訳・宇田薫)
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