© Keystone / Gaetan Bally
ジュネーブで開かれていた世界保健機関(WHO)の年次総会で、3週間の激しい交渉の末、加盟国が医薬品価格の透明性改善を目指す決議を採択した。ただ当初の目的の1つだった、製薬会社に「薬価の秘密」を開示させることは実現できなかった。
このコンテンツが公開されたのは、
2019/05/31 11:29
決議外部リンク はイタリアが提案。当初の案は、WHOと各国政府に対し医薬品価格、研究開発費、臨床試験データ、特許情報の4つの分野で透明性を高めるよう求めていた。
この決議案が注目を集めたのは、幾重ものベールに包まれた「薬価設定の秘密」に切り込んだからだ。どこの政府が特別な取引から利益を得て、また企業が高額な薬価によってどれくらいの収入を得ているのかという、企業にとっては触れられたくない問題提起がなされ、これが政府や企業に圧力をかけた。
おりしもスイスの製薬大手ノバルティスが、脊髄性筋萎縮症(SMA)を1回の投薬で治療できる遺伝子治療薬「Zolgensma外部リンク 」を出し、その価格が210万ドル(約2億3100万円)という史上最高額だったことも話題に拍車をかけた。日本では最近、1回の投薬で3349万円かかる白血病治療薬「キムリア外部リンク 」が話題になったばかりだ。
おすすめの記事
おすすめの記事
薬価設定の透明性をどうするか 高まる圧力に悩む製薬業界
このコンテンツが公開されたのは、
2019/05/21
20日、スイス・ジュネーブで始まった世界保健機関(WHO)の総会で、イタリアから出された決議案が注目を集めている。それは高額な薬価設定や医薬品市場の透明性を高めるよう求めた内容だ。日本でも高額な白血病の新薬が話題になったが、この決議案は旧来の医薬品業界に風穴を開けるのか。
もっと読む 薬価設定の透明性をどうするか 高まる圧力に悩む製薬業界
薬価、臨床試験データ、研究開発費の開示を求めた決議案では、後者の2つの議論が難航した。
議論の段階で一部の国々から圧力がかかり、最終的な決議は当初案から修正が加えられた。透明性向上に一歩を踏み出しながらも、青天井の薬価によって医療システムに過度の負担がかからないようにする―という本来の目的からはかけ離れた妥協案となった。
加盟20カ国が賛同した決議は「加盟国が、それぞれの国・地域の法的枠組みおよび内容に従い」、薬価の情報を広く公共で共有し、データ共有の面でもサポートしていくことを求めた。
激しい議論
WHOの関係者によると、決議の採択までに激しい議論が行われた。
透明性の精神の下、非公開のセッションの多くが公開外部リンク され、一部政府のコメントや提案などが明らかになった。これが一部代表団に追い打ちをかけ、強力な製薬関連ロビイスト寄りだと批判されている政府に更なる圧力となった。
交渉の途中で、40以上の市民団体が、各国政府に元の決議を支持し、詳しい交渉内容を公開するよう求める公開文書外部リンク を出した。
この問題は各国の大手メディア外部リンク も注目。米大統領選の候補者たちにも飛び火した。その1人のバーニー・サンダース氏はツイッター上で、ドナルド・トランプ大統領が決議の採択を阻止し、当初の約束通り大手製薬会社に立ち向かわなかったと非難した。
大手製薬会社を抱える国々は、妥協案で決着をつけたいがために足を引っ張ったと非難された。スイス、ドイツ、英国、日本、米国は製薬会社に研究開発費の開示を迫らなかった張本人だと名指しで批判された。
スイスは薬価の透明性を強く求めてきたが、国内の大手製薬会社にコスト開示を義務付ける措置については難色を示した。結局コスト開示は決議に盛り込まれなかったため、スイスも決議に賛同した。
WHOのテドロス・アダノム事務局長は「全会一致」の支持を得られなかったことに遺憾の意を示したが、この「歴史的合意」を歓迎した。ドイツと英国は、最終的な決議に参加しなかった。
根本的な問題は未解決
スイスの非政府組織(NGO)「パブリック・アイ」のパトリック・ドゥリッシュ氏も薬価の透明性向上を強く支持していた一人で、今回の決議を歓迎したが、それによって製薬業界がすぐに変わるという見方には懐疑的だ。
ドゥリッシュ氏はスイスインフォに「これは重要な一歩で政治的な勢いがあるという証だ。しかし戦いはこれからも続く。薬価がどのようにして決まっているかはいまだ不透明だからだ」と話した。
慈善団体MSFのゲレ・クリコリアン氏は「歓迎すべき第一歩」としたが、製薬会社はさらなる情報開示を求められるべきだと述べた。
同氏は「企業が課す値上げ、製造コスト、臨床試験コスト、投資における企業の負担分がどれくらいなのか、また納税者や非営利団体の費用負担について、私たちは知る必要がある」と述べた。
ノバルティスやロシュが加盟する国際製薬団体連合会外部リンク (IFPMA)は書面で「薬価にのみ焦点を当てるのは、全体像として見た薬のアクセスに関する問題の複雑さには遠く及ばない」と述べた。
同連盟は、薬価の透明性が患者の薬へのアクセスにどのような影響を与えるのかについて、十分な対話や調査の時間がなかったことが、今回のプロセスにおいて致命的だったと語った。
このストーリーで紹介した記事
おすすめの記事
スイス金融当局が組織再編 リスク管理部門を新設
このコンテンツが公開されたのは、
2025/04/02
スイスの金融市場監督機構(FINMA、日本の金融庁に相当)は1日、監督体制を強化するため組織を再編したと発表した。クレディ・スイス危機への反省から、立ち入り検査機能を増強する。
もっと読む スイス金融当局が組織再編 リスク管理部門を新設
おすすめの記事
スイスで凍結されたロシア資産、1.25兆円に 所有者の特定進む
このコンテンツが公開されたのは、
2025/04/02
スイス連邦経済管轄局(SECO)は1日、これまでに国内で凍結したロシア資産は74億フラン(約1兆2500億円)になったと発表した。資産の所有者の特定が進んだことで、昨年4月から1年で16億フラン増えた。
もっと読む スイスで凍結されたロシア資産、1.25兆円に 所有者の特定進む
おすすめの記事
スイス住民の12人に1人が貧困ラインを下回る
このコンテンツが公開されたのは、
2025/04/01
スイス連邦統計局が31日発表した最新調査で、2023年のスイスの貧困率は前年比ほぼ横ばいの8.1%(約70万8000人)だったことが分かった。
もっと読む スイス住民の12人に1人が貧困ラインを下回る
おすすめの記事
ミャンマー地震、スイス開発援助団体が緊急支援
このコンテンツが公開されたのは、
2025/03/31
ミャンマー中部を震源とする大地震の発生を受け、スイスの開発援助団体は29日、緊急救援物資などの供与を行うと発表した。
もっと読む ミャンマー地震、スイス開発援助団体が緊急支援
おすすめの記事
スイスで29日に部分日食
このコンテンツが公開されたのは、
2025/03/26
スイスでは29日に部分日食が観測される見込み。午前11時20分頃に月が太陽の前に重なり始める。
もっと読む スイスで29日に部分日食
おすすめの記事
ベルン大、チベット語コースの募集停止
このコンテンツが公開されたのは、
2025/03/25
ベルン大学は、2025年度秋学期からチベット語コースの学生募集を停止する。同大はチベット語が学べる唯一のスイスの大学だった。
もっと読む ベルン大、チベット語コースの募集停止
おすすめの記事
UBS、スイスからの本社移転を検討か 一部報道
このコンテンツが公開されたのは、
2025/03/21
スイス政府が検討している国内銀行の規制強化案が実現すれば、UBSはスイスからの本社移転を検討すると、米ブルームバーグ通信が20日報じた。
もっと読む UBS、スイスからの本社移転を検討か 一部報道
おすすめの記事
スイス国立銀行、0.25%利下げ
このコンテンツが公開されたのは、
2025/03/20
スイス国立銀行(スイス中銀、SNB)は政策金利を0.25%引き下げると発表した。
もっと読む スイス国立銀行、0.25%利下げ
おすすめの記事
スイス、子どものSNS利用禁止を検討 影響調査に着手
このコンテンツが公開されたのは、
2025/03/19
スイスは、ティックトックやインスタグラムなどがもたらす弊害から子どもや若者を保護するため、SNSの利用禁止を検討している。
もっと読む スイス、子どものSNS利用禁止を検討 影響調査に着手
おすすめの記事
スイス中銀、フランの買い手から売り手に転じる 2024年報告書
このコンテンツが公開されたのは、
2025/03/19
スイス国立銀行(中央銀行、SNB)が18日発表した年次報告書によると、2024年はフランの「買い手」から「売り手」に転じた。インフレ圧力が緩み、フラン安を食い止める必要性が薄れた。
もっと読む スイス中銀、フランの買い手から売り手に転じる 2024年報告書
続きを読む
次
前
おすすめの記事
薬価設定の透明性をどうするか 高まる圧力に悩む製薬業界
このコンテンツが公開されたのは、
2019/05/21
20日、スイス・ジュネーブで始まった世界保健機関(WHO)の総会で、イタリアから出された決議案が注目を集めている。それは高額な薬価設定や医薬品市場の透明性を高めるよう求めた内容だ。日本でも高額な白血病の新薬が話題になったが、この決議案は旧来の医薬品業界に風穴を開けるのか。
もっと読む 薬価設定の透明性をどうするか 高まる圧力に悩む製薬業界
おすすめの記事
スイスが非常用物資を備蓄しているのはなぜ?どんなもの?
このコンテンツが公開されたのは、
2019/04/30
スイスは食料や医薬品などの非常用物資を大量に備蓄している。珍しいのは、その役割が民間企業に課せられている点だ。もともと戦争や災害時を想定して備蓄していたが、最近ではそれも変わりつつある。この仕組みはどのようにしてできたのだろうか。
もっと読む スイスが非常用物資を備蓄しているのはなぜ?どんなもの?
おすすめの記事
なぜ裕福な国スイスでワクチンが不足しているのか?
このコンテンツが公開されたのは、
2017/09/20
スイスでは今、16種類の主要ワクチンが在庫不足に陥っており、医師たちは対応に迫られている。世界で最も裕福な国の一つに数えられるスイスが陥ったワクチン在庫不足の原因、そしてこれまでの国の対策について探った。
もっと読む なぜ裕福な国スイスでワクチンが不足しているのか?
おすすめの記事
研究も子育ても バーゼルで両立に挑む日本人女性
このコンテンツが公開されたのは、
2017/10/23
化学・医薬分野で世界の先端を行くスイスでは、約7万人が研究者として働く。その3割超は女性研究者で世界のトップ研究者が集まるスイスに活躍の場を求める日本の「リケジョ」も少なくない。女性研究者にとって最大の「壁」とされる育児との両立にも果敢に挑む。
もっと読む 研究も子育ても バーゼルで両立に挑む日本人女性
おすすめの記事
スイス製インプラントは大丈夫なのか?
このコンテンツが公開されたのは、
2018/12/11
インプラントの不具合や安全基準の緩さを明らかにしたリポート「インプラントファイルズ」が公表され、急成長を続けるスイス医療機器業界に波紋が広がっている。メーカーや業界団体側は「安全基準はこの10年で改善した」と主張するが、それは果たして十分なのか。
もっと読む スイス製インプラントは大丈夫なのか?
おすすめの記事
ノバルティス、高額医薬品開発の資金調達に「再保険モデル」を検討
このコンテンツが公開されたのは、
2019/01/31
超高額医薬品の開発資金の調達は、製薬業界にとって大きな課題だ。患者に合わせた治療を行う新世代の個別療法は、医療保険制度にさらに大きな負担をかけようとしている。スイスの製薬会社ノバルティスが編み出したのは、世界規模の再保険会社との提携という新しい資金調達モデルだ。
もっと読む ノバルティス、高額医薬品開発の資金調達に「再保険モデル」を検討
おすすめの記事
禁断の「薬」、ヘロイン
このコンテンツが公開されたのは、
2014/02/14
武装したガードマンが、密封されたケースを装甲輸送車に乗せて運ぶ。このような厳重体制で輸送されるのは宝石や金の延べ板だけではない。スイス政府が過去20年、重症のヘロイン中毒患者に配布している「医療用ヘロイン」も同じだ。ここまで神経を尖らせるのには、訳がある。
もっと読む 禁断の「薬」、ヘロイン
おすすめの記事
スイスの医療保険制度、貧困の一因か?
このコンテンツが公開されたのは、
2017/06/21
スイスの医療保険制度は、世界で最も優れたものの一つとして知られている。だが、 医療問題が多くの国で議論される現代において、スイスの同制度は低所得層にも高所得者にも適したものなのだろうか?
もっと読む スイスの医療保険制度、貧困の一因か?
おすすめの記事
スイスの病院でモルヒネ使用が増加
このコンテンツが公開されたのは、
2019/01/09
スイスの外来治療におけるモルヒネ消費量は、2017年に7割増加した。スイス最大の健康保険会社ヘルサナがバーゼル大学病院と医学薬学研究所と共同で調査を行った。
もっと読む スイスの病院でモルヒネ使用が増加
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。