超高額医薬品の開発資金の調達は、製薬業界にとって大きな課題だ。患者に合わせた治療を行う新世代の個別療法は、医療保険制度にさらに大きな負担をかけようとしている。スイスの製薬会社ノバルティスが編み出したのは、世界規模の再保険会社との提携という新しい資金調達モデルだ。
このコンテンツが公開されたのは、
ノバルティス外部リンクのヴァス・ナラシンハン最高経営責任者(CEO)はフィナンシャル・タイムズの取材にこう述べた。「命に関わる病気が治るような医薬品の開発資金を、これまでと異なる方法で調達すべく、現在『頭の体操』をしているところだ。将来、医療費の大幅な低減につながる可能性はあるが、これには膨大な先行投資が必要となる。致命的な疾病をもつ子供の治療費を第三者が引き受ける『再保険モデル』も検討中だ」
このモデルは、保険業界や製薬業界にとって魅力的な案件となりそうだ。ノバルティスなどの製薬会社は自社の成長をけん引すべく、細胞・遺伝子治療への特化を推し進めている。だが、それには途方もない資金が必要となる。
一方の再保険会社は、通常の保険会社の補完役を務める企業。高額の治療に対する保健当局や公費負担の低減を支援すれば、新しい収入源になるかもしれない。リスク資本の供給競争は激化しており、スイス・リーやドイツのミュンヘン再保険などの大手と言えども安心をしていられない状況だ。
再保険企業がお金を蓄え、国を超えて色々な製薬会社が開発資金に充てる。そんな仕組みができれば、製薬会社の資金調達は楽になる。再保険会社はすでに、雇用者が従業員にかける健康保険の補完役ともなっており、製薬分野への進出にも意欲を見せている。
「これは治療法を、引いては変革をもたらすものだ。変革が起きれば、ノバルティスにしかできない医薬品を求める患者のニーズに応えることができる」と、ナラシンハン氏は語っている。
世界銀行は2017年、西アフリカでエボラ熱が流行したのを受け、再保険会社とタイアップして、今後の世界的大流行に備える保険制度を立ち上げた。狙いは、突発的な大流行に直面した途上国に迅速に資金を提供することにある。またスイス・リーも、スイスのもう一つの製薬大手ロシュと組み、約10年前から中国でがん治療の再保険を提供している。
新世代の治療は注射1本で済むかもしれないが、それにかかる費用は莫大だ。製薬会社と再保険会社の間で議論されている資金調達案は、今はまだコンセプトを検討している段階に過ぎない。しかし、この「再保険オプション」は、英国のような国営の医療制度だけでなく、民間の保険をベースにした制度にも応用できそうだ。
「今年遺伝子治療を5回、その後も一定のペースで実施すると考えると、新しい解決策を生み出すには医療制度と連動させる必要がある」とナラシンハン氏は述べている。
ノバルティスは、白血病の治療薬「キムリア」でいち早く「成功報酬」モデルを採用した。この薬を投与した子供の9割は病気が再発しなかった。米国では治療後30日以内に小児に寛解(病気の症状が一時的あるいは継続的に軽減した状態)が見られなかった場合は、正規の投与価格である47万5千ドル(約5千万円)を請求しないこととした。だが、ナラシンハン氏によると、これまでの投与数はまだごくわずかだ。
同社はまた、脊髄性筋萎縮症に投与する遺伝子治療も開発している。脊髄性筋萎縮症は稀な遺伝子疾患の一つで、2歳まで生きる患者はほとんどいない。臨床試験では、生後数カ月の子供に1回投与し、4年後に正常な成長の回復が観察された。
ノバルティスは、この冬に開いた投資家向けの催しで試算を発表した。それによると、このように非常に稀な疾患に対する医療制度の負担は10年間で推計200万ドルから500万ドルになる。
新しい資金調達モデルは、新しい治療薬がもっと多く開発されない限り出てこないと、ナラシンハン氏は予測する。しかし、この先10年間の展望に関しては、次のような期待も抱く。「ノバルティスなどの製薬会社が治療薬や変革をもたらすことができれば、医療制度にも変化が起こり、このような支払いの仕方も定着するのではなかろうか」
Copyright The Financial Times Limited 2018
(英語からの翻訳・小山千早)
続きを読む
おすすめの記事
豊か過ぎるスイス 医薬品が高いのは誰のせい?
このコンテンツが公開されたのは、
プレーヤーたちがどんどんコストを吊り上げ、最後に残った者が負ける。スイスの医療制度が「ババ抜き」の様相を呈してきた。たとえば高額なバイオ医薬品の使用。これを割安なバイオシミラー(バイオ後続品)に置き換えれば何百万フランという節約効果があるのに国の対応は生ぬるい。そこには、病んだシステムを象徴するかのような「意欲の妨げ」が存在する。
もっと読む 豊か過ぎるスイス 医薬品が高いのは誰のせい?
おすすめの記事
「死の病」結核の根絶目指し、グローバルに結束する研究者たち
このコンテンツが公開されたのは、
世界保健機関(WHO)によれば、昨年、結核による死亡者数は160万人に上った。これは、エイズとマラリアによる死亡者数の合計よりも多い。スイスとブラジルの研究者たちは結核菌遺伝子の謎を解き明かし、主な抗結核薬に耐性を持つ多剤耐性結核と闘おうとしている。
もっと読む 「死の病」結核の根絶目指し、グローバルに結束する研究者たち
おすすめの記事
スイスの個別化医療、その現状は?
このコンテンツが公開されたのは、
製薬・化学薬品の研究で定評のあるスイスは、「個別化医療」や「プレシジョン・メディシン(精密医療)」と呼ばれる先駆的な医療技術の研究開発分野でも優れている。こうした医療の現状を探った。
もっと読む スイスの個別化医療、その現状は?
おすすめの記事
スイスバイオテクノロジー業界に変革の嵐
このコンテンツが公開されたのは、
メルクセローノ本社の閉鎖発表は、スイス西部のレマン湖周辺で一大ニュースになり、労働組合のウニア(Unia)にも衝撃が走った。 この閉鎖によって、ジュネーブ市では過去最大の解雇が発生することになる。 経営の効率化 ド…
もっと読む スイスバイオテクノロジー業界に変革の嵐
おすすめの記事
ノバルティス、スイスで2000人の雇用削減
このコンテンツが公開されたのは、
製薬大手ノバルティスは25日、今後4年間でスイスで働く従業員2200人を削減すると発表した。1500人近くは製造部門、700人は総務部門だという。
もっと読む ノバルティス、スイスで2000人の雇用削減
おすすめの記事
貧しくて重病、そして医者にも見離され
このコンテンツが公開されたのは、
【シリーズ「スイス医療制度の問題点」】スイスでは、医療費を支払えない人のブラックリストを作成している州がある。リストに載っている患者の治療は緊急時しか受け付けていないが、この制度への賛否は分かれる。該当者にインタビューした。
もっと読む 貧しくて重病、そして医者にも見離され
おすすめの記事
ノバルティス、国内で450人を新規雇用へ 新薬承認で
このコンテンツが公開されたのは、
製薬大手ノバルティスは、細胞・遺伝子治療薬の生産現場に3年間で9千万フラン(約100億円)を投資する計画を発表した。ヨーロッパでの新しい治療法の提供を目指す。
もっと読む ノバルティス、国内で450人を新規雇用へ 新薬承認で
おすすめの記事
なぜ裕福な国スイスでワクチンが不足しているのか?
このコンテンツが公開されたのは、
スイスでは今、16種類の主要ワクチンが在庫不足に陥っており、医師たちは対応に迫られている。世界で最も裕福な国の一つに数えられるスイスが陥ったワクチン在庫不足の原因、そしてこれまでの国の対策について探った。
もっと読む なぜ裕福な国スイスでワクチンが不足しているのか?
おすすめの記事
求む!医薬品犯罪調査のプロ
このコンテンツが公開されたのは、
サイバー犯罪、過激派の運動、恐喝、脅迫、贈収賄の対策に関わったことはあるだろうか?答えがイエスなら、その経験を買われてスイスの製薬業界から仕事のオファーが来るかもしれない。
スイスの製薬業界が探しているのは、スーパー警察官でもなければボディガードでもなく、テロ対策専門家でもない。不正に利益をかすめ取っている偽造医薬品撲滅の助けとなる人材だ。例えばスイスの製薬大手ノバルティスは、情報アナリストと、「医薬品犯罪の調査を行い、偽造業者と違法取引業者を裁判にかけられる状況を作り出す」といった職務を担う、中国拠点のグローバルセキュリティー地域統括責任者を募集している。
別のスイス製薬大手のロシュも、「不正調査および法医学検査を実施し、チームのリーダーを務める」調査員および内部調査マネージャーの募集広告を出し、犯罪調査のプロを探している。
もっと読む 求む!医薬品犯罪調査のプロ
おすすめの記事
製薬会社 スイスの大学に巨額の資金提供か
このコンテンツが公開されたのは、
ロシュ、ノバルティス、メルクセローノ、医薬業界のロビー団体「インターファーマ」など、ほぼすべての大手製薬会社や関連団体の名前が、スイスの大学と交わされた極秘の契約書に登場する。 スイスの大学は、教育および研究の独立性…
もっと読む 製薬会社 スイスの大学に巨額の資金提供か
おすすめの記事
ノバルティス、抗がん剤事業に注力 その背景にあるものは?
このコンテンツが公開されたのは、
命を救う抗がん剤は製薬会社が努力しなくても売れると思われているが、成功するためには市場動向を見極め、特定の疾患領域に的を絞らなければならない。 一つの例が乳がん治療薬だ。ヨーロッパでタイヴァーブの名で発売されているG…
もっと読む ノバルティス、抗がん剤事業に注力 その背景にあるものは?
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。