【解説】2023年スイス連邦選挙を読み解く8つのポイント
22日に実施されたスイス総選挙では環境政党が大敗し、保守政党が議席を増やした。大変動が起きにくいスイス政治だからこそ、わずかな変化に有権者の政治的意図が浮かび上がる。8つのポイントを解説する。
1)「緑の波」の終焉
スイスでも他の欧州諸国でも、環境政党は魅力を失っている。緑の党(GPS/Les Verts)と自由緑の党(GPL/PVL)の敗北は、欧州連合(EU)内の他の環境政党が経験した受難に追随した。2024年6月に行われる欧州議会選挙でも、環境政党は衰退する可能性が高いことを世論調査は示す。
スイスの2019年の前回総選挙では、環境問題が世論を席巻した。気候変動デモが組織されるなど、左派陣営の動員力の源になっていた。今年はそうならなかった。
異常気象が増加し、気候変動は依然としてスイス国民の最大の関心事の1つに挙がる。だが暑い10月はスイス国民にとって重要ではない。気候変動が喫緊の課題とは言え、有権者の間には無力感が生まれているのかもしれない。
結局は、緑の党が気候変動問題を「魅力的」なものにできなかったということに尽きる。むしろ気候活動家の過激な行動があだとなり、国民の多くは共感できず、怒りさえ覚えている。
2)移民問題を味方につけた国民党
北アフリカから大量の移民が流れ着いたイタリア・ランペドゥーザ島の映像が世界中を駆け巡り、2023年総選挙では難民政策が再び脚光を浴びることになった。これは保守右派・国民党(SVP/UDC)にとって追い風となり、同党は選挙戦の大半を得意の論点である移民との闘いに集中させた。
ウクライナから受け入れた難民は6万5千人。難民申請は今年に入っても増え続け、1~6月だけで1万2188件と前年同期比43%増えた。国民の間で高まりつつある懸念を、国民党は最大限に活用した。
国民党は人口が1千万人の大台突破への不安を煽るポスターや新聞広告を展開し、政府の人種差別対策委員会(EKR/CFR)から批判された。だが国際情勢が不安定な時期にあって、こうした分かりやすいレトリックは支持層を投票所に駆り立てる効果が十分にあった。
国民党はまた、昨年末に就任したばかりのエリザベット・ボーム・シュナイダー移民担当相(社会民主党=SP/PS)という理想的なスケープゴートに目を付けた。使い古されてきたこの必勝戦術により、国民党は2019年に喫した敗北を帳消しにし、2015年に記録した最多得票率に次ぐ大勝利を果たした。
3)移民問題を味方につけられなかった急進民主党
右派・急進民主党(FDP/PLR)も選挙戦の間、「堅実だが公正」というスローガンを掲げ移民政策を優先課題の1つとした。同党は国民党とは異なり、欧州の熟練労働者を惹きつけるために人の移動の自由を維持しなければならないと訴える一方、「社会保障狙いの移民」と「難民のもたらす混乱」と闘うべきだと主張した。
同党はこうした主張により、孤立主義的な国民党の独壇場を許すまいとしたが、無駄に終わった。この争点に関しては、国民党の提示した解決策の方が有権者にとって信頼できるものに映ったようだ。
完全雇用を達成した今、急進民主党は決定的な動員力を欠いていた。クレディ・スイスがライバル行UBSに買収された不始末も、歴史的にスイスの金融業界と密接な関係にあった急進民主党のイメージダウンにつながったことは間違いない。
その結果、近代スイスの建国政党だった急進民主党は低迷し、長期的な衰退から這い上がることはできなかった。1980年代初頭には有権者の4分の1近くに支持されていた同党は、現在では7分の1強の支持しか得られていない。
4)専売特許のない社会民主党
社会民主党(SP/PS)は今回の選挙戦で原点に立ち戻った。インフレの再来と、総選挙のわずか1カ月前に強制加入の医療保険料が来年さらに大幅値上げすると発表され、社会保障が中心的争点に再浮上した。これにより、社会民主党は緑の党が失った左派票の一部を奪還した。
医療保険料は移民問題をおさえて有権者の関心事のトップに躍り出た。だが社会民主党は一部の中産階級に募る不満から多少支持を増やしたに過ぎない。
移民問題といえば国民党が、気候変動といえば緑の党が連想されるほどには、社会民主党は医療保険に関する専売特許を得ていない。
個人の自由に大きな重きを置くスイスでは、社会民主党が提案した医療保険の一本化や所得比例の保険料への移行は、大多数の有権者から過剰な国家干渉とみなされた。社会民主党は左派陣営の中では指導的な役割を果たしているが、新しい支持層の取り込みに苦戦している。
5)中央党の飛躍
スイスの政治がひっくり返るとは言わないまでも、歴史的な瞬間となった。中央党(Die Mitte/Le Centre)が下院の議席数で急進民主党を上回り第3党に立った。
これにより、同党は計算上閣僚ポストを1人から2人に増やす権利がある。1959年以来、連邦内閣を構成する7人の閣僚ポストを上位3政党に2ポストずつ、第4党が1ポスト議席を配分する不文律「マジック・フォーミュラ」が存在するためだ。
それは現職閣僚の中で最も不人気なイグナツィオ・カシス外相(急進民主党)が任期を心配しなければならないことを意味するのか?おそらくそうはならないだろう。スイスには、総選挙後の12月に議会両院で行われる閣僚選挙で「現職の閣僚は落選させない」という不文律があり、過去175年間で例外は3回しかないからだ。
中央党の前身・キリスト教民主党(CVP/ PDC)は、緑の党に僅差で敗れた4年前の総選挙でこの不文律に救われた。2021年に人民民主党(BDP/PBD)と合流して中央党に改名し、勢力を伸ばした。
確実に言えるのは、中央党が新議会でさらに発言力を高め、中道勢力のなかで揺るぎない政治力を固めていくということだ。ゲルハルト・フィスター党首のもと、過去の低姿勢から脱却しようとしている。
国民議会(下院)で、過半数を持たない急進民主党と国民党の重要な同盟相手でもある。下院で最も重要な勢力であることは間違いない。全州議会(上院)全46議席では中央党と急進民主党が最多議席を獲得したが、一部の州では投票数の過半数を得た候補者がいなかったため、決戦投票が必要になる。決戦投票は11月に実施され、過半数ルールではなく最多票を得た候補者が当選する。
6)世界的危機でも冴えない投票率
スイスは民主主義の模範国でありながら政治に飽きている―こうした揶揄は随分前から出ていた。今回の総選挙の投票率は46.6%と前回の45.1%を上回ったものの、過去数十年と同じように有権者の過半が投票しなかった。世界的な危機に見舞われ、国内は購買力の低下に直面しても変わらなかった。
その主な原因は、おそらくスイスの制度に内在する惰性にある。ある政党が議席を3%も伸ばせばスイス政治においては大激震とみなされる。議会の勢力図はほぼ不動で、安定の砦とされる連邦内閣にいたってはなおことだ。
投票しなかった有権者たちは、多少左や右にブレようが、議会が気に入らない決定を下そうものなら国民投票という手段で制止できると考えている。
7)淡泊な選挙戦
スイスの選挙戦は、他国でみられるような思想・政策のぶつけ合いとはかけ離れたもので、精彩を欠いた。
各政党は持論を繰り返し得意分野に留まるばかりで、対立候補の縄張りに踏み込まないよう控えめな論戦を張った。クレディ・スイスの破綻や対欧州連合(EU)関係を論じる党は皆無だった。
だがそれこそがスイス総選挙のスタンダードだと言える。移民問題で激戦を交わした2015年、福島原発事故からの教訓が大争点となった2011年の選挙戦が例外なのだ。そうでなければ、スイス総選挙は得てして淡泊な戦いだ。
それはスイスの直接民主制が持つ特徴を反映している。連邦レベルで国民投票が年に4回行われるスイスでは、各政党は選挙以外に持論を展開する機会が十分にある。
8)存在感を増す在外スイス人
選挙人名簿に登録されている在外スイス人は22万人を超える。いつかスイスに戻ることを想定する国外居住者は増え続けている。
彼らが投票や選挙に参加することは正当なことだ。だが全ての在外スイス人が選挙権を行使したいわけではない。投票率は国内居住者を大きく下回り、平均25%程度しかない。
在外スイス人有権者の数は過去30年間で3倍以上に増え、理論上は下院で6議席を得られる集団に成長している。各政党は在外スイス人の票を奪い合うようになった。社会民主党、国民党、急進民主党、中央党はかねて国際支部を持ち、在外スイス人向けの選挙戦略を立てている。それにより票数を稼いだ候補者もいた。
自由緑の党(GPL/PVL)は6大政党の中で最後に国際支部を設けた。同党の目指す政策が在外スイス人の投票傾向に重なっていることを踏まえた決定だった。在外スイス人は環境政策に積極的で、リベラルな社会と開かれた外交政策を支持している。
在外スイス人は自分の価値観に従って投票する傾向が強く、特定の政党への忠誠心も高い。それもまた政党にとって魅力的な点だ。
今年は総選挙をにらみ、議会で在外スイス人のための議案が多く提出された。在外有権者の支持を獲得するために、まさにラストスパートをかけたと言える。
編集:Mark Livingstone、独語からの翻訳:ムートゥ朋子
※2023年10月25日、連邦連邦統計局(FSO)は総選挙における各政党の得票率を修正したのを受け、23日までに配信した当記事本文を修正しました。議席配分に変更はありません。
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